2-1-3 探偵の追う事件
ダディ・ポットとルティ達が部屋に入り、ハルテアがバスケットの扉を開けると、トルテが中から飛び出してきた。
「ダディ・ポット!久しぶりだね」
「ああ、トルテ!元気にしてたようだね!」
ダディ・ポットがトルテを抱き上げ、トルテが嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。
「ハルテアを見守っていてくれてありがとう」
「ボクのご主人サマだからね、放ってなんておけないよ」
「それでも、ありがたいものはありがたいのさ」
「ところで、今度は一体何を追いかけているんだい?」
トルテを床に下ろしたダディ・ポットは、座席に座って足を組んだ。
その表情は真剣そのものであり、彼が仕事モードに入ったことを伺わせる。
「今回の依頼はファルトケルトの屋敷で連続的に起こっている少女誘拐事件に関するものだよ」
「ふぁるとけるとって何?」
「ヨールライ大陸の南東に位置する郊外の街だ。麦類の栽培に特化している場所で、風車…大きな羽のついた塔のような建物が有名なんだ」
「そう。そこの領主であるマーグラ家の屋敷では、領主一家の自宅というだけでなく、地域の学校も兼任していてね。一定の年齢以上の子どもたちが、勉強のために屋敷を利用しているんだ」
「そこで、誘拐事件が起きたの?」
「ああ。二週間ほど前から、合計で七人の女子生徒が誘拐された。いずれも中等部に進んでもおかしくないような年齢の子たちでね。うち二人は誘拐時の目撃情報があったのだけれど、残りの五人は目撃情報すら上がっていない」
「他に分かっていることはあるの?」
「手持ちの資料だけではたしかなことは言えないんだ。残された家族や教員なんかの証言も十分とは言えないし、あまり公にできる事件でも無いから、到着するまでは情報が制限されていてね」
彼の言葉に、オークルが首を傾げた。
「公にできないってことは、基本的には秘密ってこと、だよね?何で自分達には話したの?」
「君達は、君達の秘密をずっと抱えているだろう?それはつまり、秘密を秘密のままにすることができるということだ」
「まぁたしかに、必要が無ければわざわざ自分から秘密を公にしたりはしないな」
お互いの信頼を勝ち取るためだったり、仲間になる過程で伝えたりと、ルティ達の間では秘密の共有が行われてきたが、それを意図的に他者に公開したことは無かった。
「それに、ハルテアやトルテの知恵も借りたかったからね。もちろん、君達も何かアイデアがあれば出してくれると助かるよ」
「そうは言ってもー…情報が少なすぎるというか…?」
「被害者の共通点から絞り込めないなら、犯人の要求から逆算するのはどうかい?」
「もちろんそれは試してある。犯人からの声明や身代金の要求などは何一つ届いていないそうだが、目撃情報から推測できることがあってね」
「ふんふん。例えば?」
「おそらく、犯人は青の帝国の者だ」
「……あの人ならやってもおかしくないかもな」
ガイルがぼそりと呟いた言葉に、ダディ・ポットが反応した。
「青の帝国の者に心当たりがあるのかな?」
「まぁな。俺、そこの出身…というか、皇子の元護衛なんだ。内部事情は、ちょっと古いものになるけどまぁまぁ知ってる」
「君は特定の人物について連想しているようだけれど、意見を聞かせてくれるかな?」
「皇帝の娘、第二王女は同姓の配下を持ちたがることで有名だった。皇帝は第二王女にかなり甘かったし…けどそうすると、何で自国からじゃなくてわざわざ隣の大陸に喧嘩を売るようなことをするのか、説明がつかない。…やっぱり気のせいかもしれない。余計だったかな」
「いや、一意見として聞いただけだからそこまで問題ではないよ。
しかし、今のところ有力な説になりそうだ、が…」
「どうしたの、父さん?」
「私は探偵という都合上、まっすぐファルトケルトに向かわなければ怒られてしまうし、暫くはそこに滞在しなければならない。
もし、現場の証拠が君の言う第二王女のことを指していたとしても、諸々の手続きやらなんやらで、実際に青の帝国に足を向けられるのは最速でもふた月は後になってしまうだろうね」
「ふた月…」
小児時代のふた月は、大人のそれよりも長く感じられるものだ。その間に、彼女達が絶望することなく生きていられるかは、正直に言えば全く分からなかった。
「…その事件の調査に加わることはできるか?」
「ガイル?」
「俺は、アーバルトに向かって所要を終わらせたら、帝国に戻るつもりだったんだ。もしあんたが良ければ、俺が帝国で被害者達を探したり、あるいは解放することもできるかもしれない」
「それだったら、あたしも一緒に行く!だって、あたし、探偵の卵なんだもん!」
「その申し出は非常にありがたい。とはいえ、私に決定権があるわけではないんだ。調査メンバーに名前を一つ増やすだけでも、書類を何枚か書かなくてはならないからね。君達は、アーバルトにどのくらい滞在する予定なんだい?」
「私が、私のやることを終わらせるまでだから…二週間くらい、でしょうか。…もうちょっと長くなるかもしれないけど」
「なるほど、二週間か。それだけあれば名簿を更新することもできるし、共同調査依頼も正式に君達に通達できるだろうね」
「じゃあ、その手紙を受け取ったら出発なんだね!」
ルティは、その調査に自分もついて行きたい、とは言い出せなかった。これはあくまで、ガイルとハルテアが受けた依頼だ。
ルティが旅をする理由はあくまで、書物の解読作業を終わらせられることだ。
なんとなく、そこでルティの旅は終わってしまうのだろうと考えていた。
「というわけでだ、ハルテア、手紙は自宅に送るから、母さんと仲直りしておくように」
「ええーっ、なんでそうなるの!?」
「その方が楽だからな!」
「もう、父さん!」
ダディ・ポットはけらけらと笑い、窓の外を見た。
「さて、そろそろ私も自分の部屋に戻ろう。何かあったら、二〇一と書かれた部屋をノックしてくれ。部屋にいたら、すぐに出ると約束しよう」
「父さんが部屋の中にいるイメージがあんまり湧かないんだけど…」
「そしたらその時は列車のどこかで事件解決している途中なのだと思って待っててくれ。じゃあな」
ダディ・ポットはそう言って立ち上がり、部屋を出ていった。
「ハルテアのお父さんって、本当に忙しい人なんだね」
「まぁね。父さんが母さんと出会う前から、結構有名な探偵だったみたいだし」
「そういえば、何で彼の名前がダディ・ポットなの?父親の魔法瓶が、何かあったの?」
「そのままの理由なわけないだろ…」
「ううん、わりとそのままだよ」
「そのままなのか…」
「父さんがあたしよりちょっと年上の年齢だったころに、探偵としてのコードネームを考えていたの。その時に、あたしのお爺ちゃん…父さんの父さんに当たる人の大切にしていたポットを蹴り飛ばして割っちゃったんだって」
「随分とおっちょこちょいな人なんだね」
「だよねー。その後結構怒られたみたいなんだけど、それを教訓にして、コードネームに使っちゃおー!ってなったみたい」
「ハルテアにもコードネームみたいなのってあるの?」
「ううん、あたし、まだ探偵の卵だから」
ハルテアが突然、大きなため息をついた。
「どうしたの?」
「んー…母さんと仲直りするってことは、ちょーっとは受験勉強してますよーってしないといけないでしょ?ワーク、ちょっと進めておかなきゃなーって」
ハルテアはそう言って荷物の中からノートを数冊取り出した。
「列車に乗っている間はたしかに暇だからさ…ちょっとだけやんないとな…」
「ハルテアは勉強が苦手なの?」
「苦手って言うよりかは、面倒っていうか…大体の科目は平均的にはできるんだけど、得意科目が無いんだよね。推理とか格闘とかあるなら良かったんだけど」
「一般的な高等教育に推理と格闘があったらほとんどの人が困るだろ…」
「はぁ…めんどい…」
ハルテアの横で、オークルがワークを覗き込んだ。
「これ、何?」
「運動方程式だよ」
「エム…エー…このエー、矢印ついてるね…それからイコールと、エフ…こっちにも矢印ついてる…?」
「アルファベットは、式を構成する要素の略記だったり頭文字だよ。矢印はベクトルっていって、大きさと向きをあわせもつ量のことをさしているの」
「全然分からない…」
「オークルはまず、初等教育から始めるべきだからな…」
「ガイルは分かるの?」
「基礎的な教育は受けているからな」
「ルティは?」
「私は、物理はちょっと苦手なんだ。国語とか外国語とか…歴史とかなら得意なんだけど」
「いいなぁ、得意科目があって!」
「自分はまず、得意も苦手も分からないよ」
「じゃあ、私とガイルで教えようか?教材らしいものが無いからちょっと理解しにくいかもしれないけど」
「え、良いの!?」
「あたしもそっちを受けたい──」
「ハルテアは受験勉強頑張ってね」
「ルティ!?」
こうして、ルティとガイルがオークルに勉強を教え、ハルテアは母親と仲直りするためだけの受験勉強をすることなった。




