2-1-2 ダディ・ポットの名推理
茶色のポンチョを着た男は、入口で彼を見ていたルティ達には気づいた素振りも見せず、己が役割に──いざこざの取りまとめに──集中していた。
「まずは状況を纏めましょう。午前十一時四十七分、ティアナー嬢はここで食事を摂ろうとして着席した。注文した料理が蟹の料理だったため、指輪が汚れないようにとそれを外し、机の上に置いた。
途中で一度ジョンソンさんに話しかけられ顔を上げ、会話に興じた後、食事を終え、そして、指輪が無くなっていることに気づいた」
「ええ、そうよ!だから、この人が盗んだに違いないと言っているでしょう!!」
「いや、おれは盗んでないって!」
ティアナーと呼ばれた赤いドレスの女性が、ジョンソンと呼ばれた青いスーツを着た若い男性を指さす。
ジョンソンは両手を頭の上に上げ、己が無実であると訴えていた。
「たしかに必ずしも彼とは限らないでしょう。なので、その時この車両にいた人に集まってもらった。
ティアナー嬢に、ジョンソンさん、それからコポック給仕係と、アデンソンさんの四人、それからちょうどそこに通りがかった私の五人」
「ぼくは注文された品をお届けしていました」
と答えるのは、黄色いベストを着た少年、コポック。
「わしはただそこで新聞を読んでいただけだがね」
と言ったのは、白いコートを身につけた老人のアデンソンだ。
「ええ、そこで一つ尋ねたいことがあるのです。アデンソンさん、貴方は何を注文されましたか?」
「わしは紅茶を一杯。ごく普通のダージリンだよ」
「砂糖やミルクの類は入れましたか?」
「少しね。わしは苦いものが苦手なんだ」
「その器は自前のもののようですが?」
「ああ。茶器づくりの名人に作ってもらったものでね。わし特製のものなのだよ」
「その器、随分と──お茶が淹れにくそうですね?」
「…何が言いたい?」
「いえいえ。ではあなたにも質問したいことが。よろしいですか、給仕係のコポックさん?」
「うん。いいよ」
コポックは手に持っていた盆を抱え直した。
「貴方が運んでいた料理は、どんなもので、誰に運びましたか?」
「その女の人の蟹料理と、そこのおじいさんの紅茶だよ」
「何か困ったことはなかったですか?」
「ううん、特にないよ」
茶色のポンチョを着た男は納得したように頷くと、四人に向き合った。
「さて、私には答えが見えましたよ。犯人は貴方ですね?アデンソンさん?」
「なぜわしだと思うんだね?」
「まず、貴方の所持している茶器はたしかに名人によって作られたものですが、これは飲用ではなく観賞用のものです。
次に、コポック給仕係がダージリンティーを届けた時、彼は何も困らなかった。もし、貴方のその茶器に注ごうとしたなら、注ぎにくくて零したり、量の加減が分からずに困ったりするでしょう。
それから、貴方は新聞を読んでいた。この車両は無料で新聞を読めるように置いてありますが、新聞は貴方の座っていた席とは反対方向に置かれている。そしてその間には、ティアナー嬢の座っていた席がある。
ちょうどジョンソンさんが話しかけた後、彼が去った時に入れ替わりですれ違えば、容易に指輪を盗むことができますし、その茶器に隠せば目立たない。
私の推理が正しければ、その茶器の中に…ほら、あった」
茶色のポンチョを着た男は右手を茶器の中に突っ込み、銀色の小さな指輪を取り出してみせた。
「わたくしの指輪だわ!」
ティアナー嬢が喜びに叫ぶ。
「はぁ…まさかこんなにも早く見抜かれるとはね」
アデンソンはそう呟いて、諦めたように項垂れた。
「少しは娘の病を治す足しになるかと思ったんだが」
「どういった事情であれ、罪は罪。次の駅にはしばらく止まりますし、そこで警備隊に引き渡しますよ」
「分かっているとも。悪いことをしたのは事実だ」
茶色のポンチョを着た男はティアナー嬢にきれいに拭いた指輪を渡すと、ルティ達のほうに歩いてきた。
「いやぁ、ここまで粗のある事件に立ち会ったのは久しぶりだよ。ハルテアには、つまらないところを見せたね」
「ううん、すごかったよ!父さん!」
「この人がハルテアのお父さんなの?」
「そうだよ!あたしの自慢の父さん!探偵なんだ!」
「それも、ヨールライ大陸の中でも特に有名な名探偵だよな」
ハルテアの紹介にガイルが合わせる。彼はすでにヒラテルヒアの奥地で彼女の父について聞いていたのだ。
「娘の友人だね。初めまして、探偵のダディ・ポットだ。よろしく頼むよ」
「初めまして、ルティです」
「ガイルだ」
「オークル!」
ダディ・ポットと三人はそれぞれ握手を交わした。
「みんなは食事しに来たのかな?」
「うん。ちょっと早く来たけど、父さんが頑張っているうちに時間になったから」
「おや。すると、ここで待たせるのも悪いね…うん?今から食べるのかい?」
「そうだよ」
「ふむ。そうだ、もし良ければ一緒に食べないか?久しぶりに親子で。もちろん、友達も一緒に」
「え!やったー!皆はそれでも良い?」
「もちろん」
こうして、ルティ達とダディ・ポットで一つの机を──椅子は一つ持ってきた──囲むことになった。
「知らない料理と知らない食材ばっかりだ…」
「オークルはどういう味付けが好きとかってある?」
「うーん…分からない…」
「そうだよね、ずっとセンターにいたってことは…あの味のしないものしか食べてなかったってことだから…」
ルティはあまり食事に好き嫌いが無い方だが、あの料理と呼べるか分からない料理は苦手だった。
「あたし達と一緒に街でご飯食べたときは、パンが大好きだったよね。ピザとかあるかな?」
「ふむ…オークルくんは、特殊な環境で育ったのかな?」
「まぁ…?」
「かなり特殊な環境だよね、あそこは…」
「それで、パンが好き、と。とすると、この海老と青菜のグラタンパンとかはどうかな?」
「えび?あおな?ぐらたん?」
海老と青菜とグラタンについての説明をダディ・ポットがしている間に、ルティ達はそれぞれに注文したい料理を決めておいた。
「ご注文の品はお決まりでしょうか?」
「はい。これと…これと、これとこれ…あとこれを」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
給仕係が下がると、すぐにダディ・ポットが姿勢を正した。
「さて、ハルテア。お前の冒険を、ぜひ聞かせてくれ」
「うん。あ、でも話せないところもちょっとあるんだけど…」
「そこは問題が生じない程度に省いて構わない」
「分かった。まずはね…」
ハルテアは、注文した料理が到着するまでの間に、これまでの冒険を父に話して聞かせた。
カカ村での事件解決のこと。ノアラターンでの出会い。ヒラテルヒアの奥地での試練。それから、センターでの活躍。
「ほう。中々凄い冒険をしてきたみたいだな。私がお前くらいの年は、まだ推理小説にハマって自宅に引きこもっていたから、羨ましいよ」
「えへへ。それでね、今はアーバルトに向かっているんだ」
「今帰っても良いのか、ハルテア?母さんと仲直りできたのか?」
「ううん、できてない」
「ハルテア、お母さんと仲が悪いの?」
「すごく悪いってわけじゃないよ。あたしが駄々をこねているだけ。母さんはアーバルト大学の先生…教授をしているんだけどね。
あたしにもアーバルト大学に入学してほしいらしくて、探偵の真似事するより受験勉強しなさい!って言われてるの」
「私としては娘の夢を叶えたい気持ちもあるし、母さんの言うように安定したルートもとってくれたら嬉しいって思いもあるから、娘に任せることにしたんだけどね」
「どっちの意見も間違っていないのは分かっているんだけどさぁ。だから、どっちもすることにした!」
「え?ハルテア、受験勉強なんかしてたっけ?」
ルティとハルテアは出会ったその日以来、泊まる部屋は同一のものを使っていた。
ヒラテルヒアの個室だったり、ルティがセンターにいたりで必ずしも同じ部屋だとは限らなかったものの、それでもハルテアが夜中に勉強などしていなかったことはたしかだった。
「試験は得意なんだ。突然会話の中で言われると思い出せないだけだから。トルテが頭良すぎるんだよ」
食堂車に動物は立入禁止なのでトルテはここにはいない。故に、言いたい放題だった。
「トルテは頭の回転があたしより早いし、知識もどこで仕入れたのか分からないことばっかり。あたしが拾ってからは、ずっと一緒に生活していたのに、あたしより賢いんだもん!
元々の飼い主があたしよりずーっと賢い人なのかなって思ってたけど、エルテはあたしよりちょっと賢いだけで、トルテのほうが頭が良い理由にはなりきれなかったし、それに…!」
「まぁまぁ…ほら、料理届いたよ」
机の上には、ルティ達がそれぞれ注文した料理が次々と並べられていた。
「スプーンであれば、握れば使えるし、食べやすいだろう。こうやって持つんだ」
「こう?」
「そう。そうして、料理を掬って…口に入れる。熱いから、しっかり冷ましてから食べるんだよ」
料理が熱い、ということを知らないオークルは、ダディ・ポットに忠告されたにもかかわらず、冷まさずに口に突っ込んだ。
「オークル!水!水飲んで!」
ルティが慌ててコップを差し出すと、オークルがそれを飲み干す。
「熱いもの、湯気が出ているものは、ふーふーすると冷ますことができるんだよ」
ハルテアがそう教えると今度はオークルも料理を冷ましながら食べ始めた。
「すごい、色んな味がして…美味しい!」
「そうか、なら良かったよ。いやぁ、まるでハルテアやアビットの幼い頃を見ているかのようだ!」
「それ、あたしがいくつの時のこと言ってるの?」
「あれはたしか九歳の時──」
「細かく言わなくて良いからっ!」
ハルテアが照れてそう言った。
「アビットって?」
「あたしの弟だよ。今はアーバルトで母さんと一緒に暮らしてるの」
「ハルテア、兄弟いたんだね。私は一人っ子だったから、ちょっと羨ましいかも」
「手のかかる子だよ。甘えん坊だし、泣き虫だし」
「どちらも可愛い私の子ども達だよ」
ルティはふと、隣りに座るガイルの口数が少ないことに気づいた。
「ガイル?どうしたの?」
「あ…いや、その…仲良しなんだなって。二人が」
「親子だもん」
「親子だからって仲良しとは限らないからさ。俺のことは、ハルテアにも少し話しただろ?」
「あー、なるほどー…つまりガイルは羨ましがっているんだなっ!?」
「そうかもしれないな」
「こんな時にガイルが素直だ!?」
「ハルテアには俺がどんな風に見えているんだよ…」
やがて食事が終わり、ルティ達は食堂車を出た。
「すっごく美味しかった…!」
「ハピア駅に到着するのは今日を含めてあと四日だから、あと十回くらいは食事できるよ」
「あんなに美味しいものを!?あぁ、なんて、すごいんだ…!」
「ところでハルテア達が泊まっているのはどの部屋かな?」
「六〇二だよ」
「少しだけお邪魔してもいいかな。トルテにも会いたいんだ」
「良いけど、元々四人部屋だからちょっと狭いかも」
「構わないさ」
こうして、ダディ・ポットも一緒に部屋に帰ることになった。




