2-1-1 初めての列車
エルードの谷を出発してからおよそ一週間後。
一行はようやく、エルガル駅に到着した。
駅舎は小さく質素だが、多くの人が集まっている。
乗車チケットの受付をしている窓口に代表して、ルティとガイルが向かった。
「こんにちは。座席の購入をいたしますか?」
「ああ。一人分、頼む」
「承知しました」
ルティ、ガイル、ハルテアの分のチケットはノアラターンでレヴィーナから受け取っていたが、その後に仲間に加わったオークルの分のチケットが無かったのだ。
受付嬢がチケットを一枚差し出してくれたので、代金のムアを支払う。
「はい、たしかに。こちらはアーバルトまでの片道切符となりますので、往路を利用する場合は、そちらの窓口で申し出て下さい」
「ありがとうございます」
ハルテアとオークル、トルテはというと、駅舎に備え付けられた小売売店で商品を物色していた。
「これとかどうかな?」
「うーん、かわいいけど…あんまり無駄な買い物は控えるようにって言われているからなぁ…」
「あたしはあたしのお金があるからね。オークルも、アーバルトについたら、ムア稼ぎを少しやってみたら?そのウクレレで、多少は稼げそうな気がする!」
チケットを購入したルティとガイルは、小売売店にいた二人と一匹に近づいた。
「何してるんだ?」
「何か面白いものないかなーって」
「あんまり変なもの買うんじゃないぞ」
「必要なものも買ってるってば!」
「例えば?」
「オークルの分の手袋でしょ、ハンカチに、替えの靴下とか!」
「意外としっかりしてたな…」
「ハルテア、他にも籠に入れたものあっただろう?」
「うわっ、トルテ、それは言わない約束…!」
ルティが籠を覗き込むと、エルガル駅のマスコットキャラクターを模したぬいぐるみが入っていた。
「…これも買うの?」
「だってかわいいんだもん!あたしのお金から出すから!」
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめるハルテアが可愛らしい素振りを見せる。
それに対してガイルはため息をついただけだった。
「そろそろ列車が到着する時間だ。ホームに行くぞ」
「えっ、もう!?買ってくるね!」
ハルテアがレジに向かい、他の者は荷物を纏める。
やがて一行は改札を抜け、ホームに立った。
横に長いホームに合わせて屋根が作られており、雨の日でも快適に利用できるように工夫が凝らされている。
そして、ホームのすぐ向こうには、鉄でできた列車のレールが、どこまでも長く繋がっていた。
ルティとオークルは、二人揃って同じようにその光景に圧倒されていた。
「ルティ、オークル。驚くのは良いが、もう少し位置をずらしてくれないか。他の客の迷惑になる」
「あ、ごめん」
ルティの田舎、ディルナッケ城はヨールライ大陸の中央北西側にある小さな田舎の城だ。城、とはいっても、その周辺が国だったのはルティが生まれる千年ほど前のことなので、今では田舎街に備え付けられた城、程度でしかないのだ。
ルティにとっては、駅の線路一つ取っても、都会に足を踏み入れたような感覚だった。
「すごいね…!」
「うん…!」
「中継地点のハピア駅の方がもっと豪華で見応えがあるよ!」
「そうなの?」
「うん。ハピア駅は、周りの街よりも駅舎のほうが有名なくらいだから。もちろん、アーバルトも負けちゃいないけど!」
ハルテアはトルテのそばにしゃがみ込み、何やら細長いバスケットを出していた。
「ハルテア、それは?」
「猫用の移動用バスケットだよ」
「何、それ?」
「ボクみたいに話せる猫はまだいないからね。普通の猫はボクより自由気ままで、どこで何をするか分からなかったり、周りの景色を怖がったりしちゃうんだ。
人のためにも猫のためにも、必要なものなんだよ」
トルテはそう言ってから、バスケットの中に潜り込んだ。
「まぁ、本当は宿を出るときには入っていた方が良いんだけどね」
ハルテアはバスケットの扉を軽く閉め、他の荷物と一緒にしっかり抱えた。
「間もなく列車が参ります!ホームの内側に下がってください!」
駅員がそう叫び、人々がその指示に従う。ルティとオークルはガイルとハルテアに腕を引っ張られ、内側へと移動した。
ホームに入ってきたのは、黒くてピカピカに磨かれた列車だった。その蛇のように長く連なる車体は一本の鎖で連結されており、流れるように共に走るのだ。
扉が開かれ、ホームにいた人々が列車へと入っていく。
ルティ達もそれに続いた。
列車に乗り慣れているというハルテアを先頭に入口から中に入り、細い通路を進む。
「この列車は、中継駅のハピア駅まで四日間走るものだから、あたし達の使う部屋は決まっているんだ」
そう言ってハルテアは、廊下の途中にあった部屋の扉を開けた。
褐色の木製でできた扉を開けると、真紅のクッションが左右にぴったり並べられた座席が現れた。
壁の中央にはめ込まれたガラス窓の向こうには、エルガル駅の周りを囲む住宅街と雑草が見えている。
「とりあえず、ここが、四日間あたし達が使う部屋。番号、覚えておいてね」
ハルテアに言われて、扉に刻まれている番号──六〇二──を記憶する。
それから四人で中に入り、荷物をおろした。
「個室なのに、トルテはバスケットの中に入れたままなの?」
「間違えてこの部屋に入ってきちゃう人がいるかもしれないだろう?そんな時に驚いちゃうかもしれないから、ボクはこのまま…ハピア駅で一度降りるまではバスケットの中にいるよ」
「そっか。それにしても、クッションふわふわだね」
「長旅の間、ほとんどの時間を座ってすごすことになるからね。できるだけ快適に過ごせるように、設計されているんだよ」
そうして四人がちょうど座席に座った時、外の駅舎に立っていた駅員が叫んだ。
「間もなく発車いたします!ご乗車される方は急いで下さい!」
「ルティとオークルは、列車は初めてなんだよね。だったら、びっくりしちゃうかも!」
「今も結構びっくりしているのに、もっとびっくりすることがあるの?」
「まぁ、ちょっと待っていてよ。すぐに動き出すから」
ハルテアがそう言い終わるのとほとんど同時に、列車の全てのドアが閉じられた。
そして、列車が一方向に──中継駅、ハピアに向かって滑るように加速しだした。
ルティは、ただ座っているだけなのに、窓の外の景色がすごく速く流れるのを見て、仰天してしまった。
「な、何これ!?窓の景色が、勝手に動いてる…!」
「それはね、窓の景色が動いているんじゃなくて、列車のほうが動いているんだよ。感じない?微妙にだけど、ちょっとだけ揺れているの」
「本当だ…!」
「ハルテアとガイルも、初めての時はこんなだったの?」
「まぁ、俺は元々知ってたからな。乗ったのは今回含めても片手で数えられる程度だけど、予測はしていたからそこまで驚かなかった」
「あたしは多分、赤ちゃんの時から乗っていたから、よく分からないや」
「赤ん坊の時から…!?」
列車は徐々に加速し、窓の外を流れる景色もよりスピードが出たことを示している。
ルティとオークルは、ハルテアやガイルを質問攻めにしていたが、ある時、ハルテアが訊いてきた。
「そうだ、この列車、食堂車があるんだけど」
「食堂車?」
「そう。レストランが併設されてる車両ってところかな。それだけじゃなくて、他にも車内販売でお弁当を売ってくれる人もいるんだよ」
「車内販売…」
「それでね、二人に訊きたいんだけど、ご飯はどうする?食堂車で食べるか、車内販売のお弁当を食べるか」
「ううっ、どっちも気になる…!」
ルティとオークルは二人揃って散々悩み──といっても三分程度だったが──答えを決めた。
「食堂車にする!」
「オッケー!じゃあ後で時間になったら向かおうか」
そう言うハルテアの横で、ガイルがくすりと笑った。
「ハルテア、最初から食堂車にする予定だったのに、なんで選ばせたんだ?」
「え!?そうだったの!?」
「だって、車内販売にしまーすってなったら、予約キャンセルするだけだったから…」
「ガイルは何で知っていたの?」
「レヴィーナからチケットを受け取るときに、ハルテアが言っていたからな。ルティ、ずっとわけ分からないって顔してたから、こっちで進めておいたんだ」
「だって、列車乗るの初めてなんだもん…」
「責めているわけじゃないから安心してくれ」
「可愛いねー、ルティ!」
穏やかに、何事もなく時間が流れてゆく。
やがて、ハルテアの言う予約の時間が近づいてきていた。
「厳密に言えばまだちょっと先なんだけど、注文したり、食事が届くのを待ったり…っていうので意外と時間になってたりするから、ちょっと早いけど食堂車に向かおうか」
「分かった。食堂車はどこにあるの?」
「中央の三号車と四号車に跨っているの。あたし達は三号車だから、ちょっと歩くけどね」
再びハルテアを先頭に廊下を進む。
車両と車両の間を繋ぐ鉄板の上を通るときは緊張したが、それもどうにか乗り越えて食堂車に入った。
「ここは四号車だよ。造りは三号車と同じだよ」
食堂車の床は赤いカーペットが敷かれていて、温かみのある光が車内全体を照らしていた。
机と椅子はセットになっていて、白いテーブルクロスのかけられた丸テーブルに、オシャレな高価そうな椅子が四脚並べられている。それが、車両のあちこちに設置されていた。
「これ、列車のスピードでずれないの?」
「机は固定しているだろうな。椅子は、そこそこ重くしてあるんじゃないか?俺も食堂車は初めてなんだ」
「そうなんだ」
「二人はこの列車が初めてだから分からないだろうけど、一般的に駅と駅を結ぶ人を運ぶ列車には、食堂車なんて無いしほとんどの列車に個室は無いからな」
「そうそう。この列車がちょっと特別なだけだからね」
「そういうハルテアは大分慣れた様子だけどな。よく利用していたのか?」
「父さんの仕事について行く時とかに、ちょっとね」
「へぇ、ハルテアのお父さんって何の仕事をしているの?」
「そういえば、あの時はルティもオークルもいなかったから、知らないよね。あたしの父さんは──」
ちょうど、ルティ達が三号車に足を踏み入れた時だった。
「ですから、わたくしの指輪が消えたんですの!」
「まぁまぁ、ご婦人方、落ち着いて下さい」
「わたくしの大切な指輪ですのよ!これが落ち着いていられますか!」
「それを探して見つけてみせますから。とにかくまずは落ち着いて下さいな」
三号車の中央で、一人の女性が金切り声で喚き散らしていた。
女性は高貴そうな身振りをしていて、カーペットのような赤いドレスを身にまとっている。
そのそばにいるのは、青いスーツを着た若い男性が一人、黄色のベストを着た少年が一人、白いコートを身につけた老人が一人。
それから、茶色のポンチョを着た男性が一人立っていた。
「さて、まずは皆様にお話を聞きましょう。その後、貴方様の指輪を見事、探し当ててごらんにいれましょう」




