1-3-41 どろんこ作戦?
それからしばらく、三人と一匹はあらゆる可能性を吟味し、見取り図を作りながら作戦を立てた。
ほとんどがオークルの記憶に依存する形で計画しなければならなかったため、いくつかのエリアには空白があったが、全員で立てた作戦には大きな影響はなさそうだった。
「これは、全員が協力しないといけないし、同時に、それぞれが頑張らないといけないよ」
「分かってる」
「あたしも!」
「自分は自分にできることをやる!」
日は傾き始め、影が長く伸びてくる。
作戦の実行は、センターの人々が退勤し始める時刻。そして、動くのはガイルとオークル、トルテだ。
「ハルテアは明日になるまでどこか安全なところを探して隠れていてくれ」
「分かってるって!…ガイル、ルティをお願いするね。ちゃんと助けてあげてね!」
「もちろんだ。任せておけ」
ハルテアが本格的に動くのは明朝なので、ここで一度別れて行動する。
彼女の姿が見えなくなった頃、ガイルとオークル、トルテはその場から移動し、人気の少ない路地に移動した。
「ここなら、誰も寄り付かなさそうだね」
「本当にやらなきゃだめ?」
「やるなら徹底的にやらないと。加減はなしで良いよ。さぁ、思う存分やってくれ!」
「えぇ……うぅ……」
オークルが躊躇うのも無理は無かった。
作戦はこうだ。
誰かが囮になり、潜入するガイルから確実にルグテースの目を逸らさなければならない。
であれば、オークルが誰かを捕まえて帰るほうが良いということになり。
ハルテアはおそらくルティと同じフロアには連れて行かれないと想定されたため、トルテがその役を担うことになったのだが。
「怪我している演技くらいならボクにもできるけど、オークルが捕まえる役をするなら泥だらけになるレベルじゃないと言い訳しにくいだろうからね。君もボクも相応に泥んこにならなきゃなのさ」
「だからって、こんな真っ白な毛皮を泥だらけにするのは…!」
「あとで洗えば大丈夫だって何度も言っているだろう…?」
最初はトルテは本当にオークルにボコボコにされることを想定していたらしいが、動物虐待になる、とハルテアとガイルに全力で阻止され、折衷案として泥だらけ作戦が選ばれて今に至る。
「お互い泥んこになったら、この場でぐるぐる追いかけっこだ。泥も乾くし、汗もかく。その状態でボクが怪我した演技をすれば、君がボクを全力で捕まえたように見えるだろう?」
「これでも大分マシな方に作戦を立てたんだ、とりあえずトルテと一緒に泥遊びしておいてくれ」
ガイルは地面の一角を指さした。
森と街の境目であるこの場所は、ぬかるんだ泥がそこそこ落ちている場所だった。
「ほら、ガイルの潜入作戦にも影響してくるんだ。さっさとやろう、たっぷりやろう!」
「トルテ、なんか楽しんでないか…?」
「生まれつき白いからね、泥遊びは実は初めてなのさ!だからだろうね!」
さっそくトルテが泥の中にダイブし、全身に泥を被る。それからオークルのところに戻り、身体をすりすりした。
「ほらやろうよ。楽しいよ?」
結局トルテもオークルも泥遊びを始め、白かった服も毛皮も茶色に汚れた。
その後狭い路地で追いかけっこを行い、まるで全力で逃走劇をした後かのよう…に見えた気がした。
「これである程度は誤魔化せるはずだよ。さぁガイル、そろそろ時間だ」
「あぁ。そっちも、頼んだよ」
日が本格的に傾き、夕暮れが迫る。どんよりとした黒っぽい灰色の分厚い雲の隙間から夕日が差し込んでいる。結局雨は降らなかったが、この天気ならあれを持ってきている人が多いだろう。
センターの正門に移動し、退勤する人々を死角から観察する。
どの人も同じような灰色の服を着ている。性別や年齢はバラバラで、ガイルと同じくらいに見える人もいる。
そしてほとんどの人が──持っていない人もいたが──あるものを持っていた。
それを確認してから、ガイルは正門を飛び出し、センターの敷地内に突入した。
「ん?おい、どうしたんだ?」
想定通り警備員が声をかけてきたので、事前に用意しておいたセリフを言う。
「傘を忘れたんだ!それだけだよ!」
そのまま警備員の立つ横を走り去り、建物の中に入る。
ここまでは作戦通りだ。
あとは、次の作戦に差し掛かるまで、ガイルは地下三階で潜伏しなければならない。
オークルが教えてくれたように左手の廊下を進み、地下に続く階段の扉を開ける。
ルティであればきっとまだ、ガイル達が助けに来れるように、結界にも隙を作ってくれているだろう。
何の抵抗も感じず扉をくぐり抜ける。
幸い廊下にも階段にも人の気配はまるでしない。
慎重に進み、やっと地下三階にたどり着く。
(明日の朝、ハルテアが潜入して、上階でボヤを起こす。そうしたら、ほとんどの注意が地下から逸れるはずだ)
階段のすぐそばには、あまり使われていなさそうな倉庫がある。鍵もかかっていなかったので、中に入り、作戦の実行を待つため、大きな箱の中に潜り込んだ。
……………………………………………………
ルティが目覚めると、枕のそばにトルテがいた。
寝ている間にオークルに洗われたのか、濡れそぼった雑巾のような状態だったが、泥はすっかり落ちている。
すやすやと眠る猫の身体を癒そうと、起こさないようにそっと傷口を探した。
トルテの様子からして、足を怪我しているかもしれないと思い視てみる。
が、怪我らしいものはまるで無かった。内出血の類でもなさそうだった。
はっきりと物を考えられない状態のルティは、トルテに怪我がないことに安堵しただけで、これが演技の結果であるということには気づかなかった。
「おはよう、ルティ。気分は…どうかな」
オークルが声をかけてきた。
ルティは頭の中で言い聞かせる。トルテを連れてきたのはオークルだけれども、オークルにトルテを連れてくるように指示したのはおそらくルグテースだ。オークルに怒鳴ったり、叫んだりするのはお門違いなのだ、と。
「良くはないけど…ものすごく悪いってわけでもない」
昨日免除された書物の解読も、今日からまた再開する。
ガイルとハルテアの無事が確認できていない以上、どうしても注意は散漫するだろうが、仕方がないだろう。
「私、先に部屋に入ってるから。オークル、トルテのこと…お願い」
「うん、任せて」
顔を洗い、部屋に繋がる扉を開く。既に鍵は開いていて、いつでも出入り可能な状態だった。
「ルティ!」
「オークル…?」
「きっと、なんとかなるから。折れないで!」
オークルが言っていることの意味の半分も理解できた気がしないが、なんとか頷く。
それから部屋に入り、机に向かった。
…………………………………………………
ルティがいなくなった寝室で、オークルはトルテをそっと揺り起こした。
朝の温もりにしばらくウトウトしていたトルテだったが、やがて今いる状況を理解し、四足で立ち上がった。
「ルティは、どうだった?」
「相当やられてた。ルグテースさんに、皆捕まったって言われたのがかなりきつかったみたいだよ」
「うーん…やっぱり、やりすぎたかなぁ?」
「あとで皆で一緒に怒られよっか」
トルテは寝室でそのまま居残る。
オークルは自分の部屋に移動し、中央に置かれていたウクレレを手に取った。
たしかに言われたわけではないが、オークルは密かに胸の内で感じ取っていた──今日、きっと、オークルの世界が変わる。昨日までの世界は、オークルにとってきっと過去のものに変わり、新たな、想像もできないような世界がオークルを待っている、と。
果たしてこの予感は、当たっていた。




