1-3-39 ネズミを探す青年
夜が明けてすぐ、ガイル達は灰色の服を身にまとって街の中に溶け込んだ。
街もまだ目が覚めたばかりで人通りは多くない。稀に通り過ぎる人は皆、同じ方向に向かっていた。
「この時間帯なら…市場とかか?」
「市場!?気になる!見に行こう!」
「あっ、おい、ちょっ……はぁ」
先に駆け出したハルテアに続き、ガイルとトルテも走り出す。
立ち止まった先を覗いて見れば想定通り、賑やかな市が立っていた。この灰色の街では珍しい、新鮮な青菜や魚介類が並んでいる。
「こんなところで時間を食うわけにはいかないのに…ハルテア、満足したか?……ハルテア?」
「ねぇ、あそこにいるの、誰かな?」
ハルテアが指さした先を見つめる。
上下真っ白な衣服を身につけた人物だ。肩の長さまで伸びた金髪が風に揺れている。
その人物は、小走りでその場をうろうろとし、時折人にぶつかっていた。
「この街の人じゃないのかな?」
「分からない。けど、追いかけて話しかけてみよう!」
白い服の人物に気づかれない程度に距離を取りながら後を追う。
その人物は市場を離れたあと、住宅街らしき場所をしばらく走ったかと思えば、鍵のかかっていない倉庫のような建物に不法侵入したり、時には塀に上って何かを探したりしている。
「何を探しているんだろ?そろそろ話しかけてみない?」
「そうだね」
白い服の人物が塀を降りたところで、ハルテアが飛び出した。
「こんにちは!」
「うわっ!こんにちは!」
驚き、つんのめりながらも、その人物は挨拶を返す。
「何かを探しているように見えたんですが、何かお手伝いしましょうか?」
「えっ、手伝ってくれるの!」
「はい!あたし達、探偵…の卵なので!」
「あたし、たち…?」
「ボクらのことだね」
「わぁっ!猫さんが喋った!初めて見た!触っても良い!?」
トルテとハルテアが許可をするより早く、白い服の人物はトルテのことを撫でた。
「うわぁ、モフモフだ…!あったかくて、真っ白で、うぅ、可愛い…!」
「でしょー?トルテはすっごく可愛いんだよ!」
一歩下がったところでガイルは白い服の人物を観察していた。
警戒心の無い人物だ。男にも女にも見えない中性的で、危険な雰囲気は纏っていない。手指にはたこのようなものが見えるが、あれはおそらく武器由来のものではないだろう。とすると、楽器か何かだろうか。
「あ、そうだ!探し物を手伝ってくれるんだよね。探しているのは、ネズミなんだ!」
「ネズミ…どんな特徴があるの?」
「とくちょう…………」
「色とか、大きさとか」
「…ごめん、分からない」
「なんでネズミ探しなんかしているんだい?」
「トルテ?どうしてそんなことを訊くの?」
「ネズミを必要とする目的が分かれば、ある程度品種が絞り込める。品種が絞り込めれば、生息域を推定することもできる」
「おぉー、なるほど!さっすがトルテ!で、えーと、君!目的は聞いてない?」
ハルテアが白い服の人物をびしっと指さした。
「うーん…ルグテースさんからは、重大なおつかいだ、とか、センターの周りをうろちょろしてる、とか…あと、三匹だってことくらいしか聞いてないな」
「ゔっ、あまりにも情報が無い…!」
「いや、全く無いわけじゃないよ。君、センターと言ったね?」
「うん」
センターと言えば、おそらくルティが囚われている場所のことだ。
白い服の人物の腕の中で、トルテがガイルをちらっと見つめる。
「実はボク達もセンターに行きたかったんだ。ただ、センターっていうのが具体的に何をする機関なのかボクらはあまり知らない。それを教えてくれれば、ボクらもネズミ探しを手伝うよ」
「全然良いよ!えっとね、センターは…何か難しいことを調べたり研究したりする人が集まる建物なんだ。自分みたいな被験者はわかりやすく白い服を着るけど、他の人は皆灰色の服を着ているよ。自分は、音楽を教えてもらっているんだ。…これくらいしか知らないけど、何か役に立つかな?」
「少しは、ね。もう一つ質問したいんだけど…」
「なになに!?」
「ルティ、と名乗る少女について心当たりはあるかな?」
「ルティ!自分の隣の部屋で、書物の解読をしてるって言ってたよ!」
ルティはやはり、センターにいるらしい。
「ルティがどうしたの?」
「彼女は、今はわけあってセンターにいるようだけど、ボクらの仲間なんだ」
「じゃあ、君が白猫のトルテ?そっちの女の子がハルテアで、男の子がガイル!?」
「……俺達のこと、知ってたのか」
「一昨日聞いたんだ!君達の冒険のこともね!たとえば──」
白い服の人物が長話を始めそうだったので、二人と一匹は慌てて話を止めた。
「どうしたの?」
「えーっと、えっと、そうだ!まだあなたの名前を聞いてないなーって!」
苦し紛れの理由だったが、白い服の人物は納得したらしい。
「自分は、オークルっていうんだ!」
「ありがとう。ついでに話を戻そうか。ネズミ探し、だったよね?」
「そうそう」
「おそらくだけど、おおよその推測は立ったんだ。ただ、相談したいからそこでちょっと待っていてくれるかい?」
「いいよ!」
オークルの腕からするりと逃げたトルテが、ガイルとハルテアを連れて建物の影に移動した。
「多分、オークルが言っているネズミってのは、ボクらのことだろうね」
「やっぱりな…けど、悪意があるようには見えなかった」
「オークルはネズミの特徴を知らなかった。聞かされていないのか理解していないからなのかは分からないけれど、分からないままにさせておいたほうが良いだろうね」
「この後はどう動くの?」
「まずオークルにネズミ探しを手伝うことを伝える。ネズミを探すふりをしながら、オークルからセンターの情報を貰おう」
「そのままセンターに入って、ルティを助け出せないかなぁ?」
「まだ難しいだろうね。とにもかくにも、情報収集だ。オークルから離れないようにしよう」
一行がオークルのもとに戻ると、何を相談していたのかを聞かれたが、それは秘密にしながらネズミ探しの協力を申し出た。
「じゃあ、一緒に探そう!」
「ボクは猫だから、ネズミ探しは得意なんだ」
そう言ってトルテが早速、路地裏に飛び込んだ。
「ボクの推測が正しければ、ネズミは人の寄り付かない場所に行って、建物の中に入る道を探すだろうね」
「なぜ建物の中に?」
「建物の中には、必要なものがあるからだよ。食べ物しかり、情報しかり……狩場とかも、ね」
「あれ?トルテ、お腹空いているの?」
「ハルテア、さっき宿で朝食を食べたばかりだろ。あくまでトルテの例えだよ、例え」
トルテが言っていることは、ネズミの生態でごまかした内容の、ハルテアやガイル達のことだ。
オークルにバレるわけにはいかないので、ハルテアがボロを出さないようにガイルが止めた。
「探しながら、センターのことについて、君が知っていることをボクらに教えてくれないかな?」
「良いよ!」
トルテが先頭に立って、ネズミを探すふりをしながら、オークルに質問を投げかける。
オークルはトルテの一歩後ろを歩きながら、センターのことをあれこれ教えてくれた。
例えば調査研究されている内容のうちオークルが知っているものだったり、オークルが教えてもらっている音楽のことだったり、中には、オークルが立ち入ったことのあるフロアや部屋の内部構造まで、オークルはぺらぺらと喋ってくれた。いや、もしかしたらトルテが聞き出すのが上手かったからかもしれないが。
太陽が頂上に昇る頃、一行は再び市場に戻ってきた。
午前の市が終わり、昼の活気の中、店仕舞いをするものもあれば、午後の市の準備をしている店もある。
飲食店の並ぶ場所に来ると、お腹を空かせた客のために料理が振る舞われていた。
「この匂いは、なに…?」
「これは料理だよ。色々な種類が並んでいるみたいだ。オークルは何か、聞いたことのある料理はあるかい?」
「りょうりって?」
「おや……温めたり冷やしたり、加工といって、切ったり混ぜたりされた食べ物のことだよ」
「初めて知ったよ!料理…うん、覚えた!」
「オークル、ご飯についてあんまり知らないの?じゃあ、あたし達が教えてあげなきゃね!まずはー…」
「ハルテア、選ぶのはいいけどほどほどにしておけよ。ハルテアは俺より沢山食べるからな…」
「だって、頭使うとお腹が空くんだもん!」
結局、パンを二、三種類と、肉料理二種類、卵料理一種類、ガイルが選んだ野菜の盛り合わせを人数分購入した。
店や客の邪魔にならないところに移動し、立食いする。
「スパイスが効いていておいしい!」
「ちゃんと野菜も食べろ、ハルテア」
「分かってるよー」
「ふふ、どうせなら猫用のグルメも欲しかったところだけど、そればっかりは望みすぎかな。オークルはどうかな……、オークル?」
トルテが話しかける。オークルはパンを一口齧った姿勢のまま固まっていた。
「大丈夫かい、オークル?…まさか、小麦アレルギーだったかい!?」
「いや、アナフィラキシーが起きているようには見えない。オークル、息がしにくいとかあるか?」
「いいえ……」
オークルがぼんやりとしたまま動く。
と思うと、両目から大粒の涙が流れた。
「えっ、どこか痛むの!?舌噛んじゃった!?」
「いいや…!これは、なんていう感覚なんだろう…?」
「気持ち悪い、とかの症状には見えないけどな…?」
「むしろ、逆で…、あぁ、この感覚は一体!」
オークルは、食べながら泣いて、泣きながら笑っていた。
「…まさかとは思うけど、オークルって『美味しい』って知らないの?」
「美味しい…これが……!あぁ!」
オークルは感極まったのか、片手でしっかりとパンを握りながらハルテアを抱きしめた。
「美味しいってだけでここまで大袈裟な反応する人、初めて見たな…」
「とりあえず、ハルテアを解放してあげてくれるかい、ガイル?」
「分かってる」
ガイルは、オークルに抱きつかれて逃げられなくなっていたハルテアを救出した。




