1-2-外 万象の司書
──ヒラテルヒアの万象の司書。
それは、ヒラテルヒアという無限の図書館を知る者にとって、憧れの対象である。
常に図書館と共にある存在で、文字通り知識の海を泳ぐ探索者でもある。
ヒラテルヒアの長い、永い歴史の中で、司書は何百何千と生まれているが、そのどの人をとってしても、彼らは皆優れた知恵を持っていた。
司書の試験を受けるのも簡単なことではない。
司書になる者には、知識の選定がかけられる。
年齢も性別も、生まれた場所も血筋も関係なしに、ただ知識があるか否かのみで振り分けられる。
知識があることを認められて初めて、最初のチケットを手にすることができるのだ。
当代の司書が亡くなると、世界中から司書の候補者が集められる。
知識があると認められた、たった千人の候補者達。
その中で司書になれるのは、ほんの一人だけ。
試験監督者は、白竜そのひとだ。
「孤独に耐え、知識を示すもの。そして、慈愛をもって職に当たることができるもの…その者のみが、ここに残ることが許される」
最初の選定で知識は試された。
次に試されるのは、慈愛。
候補者達は、言葉の通じない魔物と相対することになる。
迷う魔物に道を正しく示せる者が、次のチケットを手にすることができる。
最後の試験は、孤独に耐えうるか。
候補者は、この三つ目の試験で一人に決まる。
ヒラテルヒアの司書になる者は、選ばれたその日から死ぬまでずっと、孤独になる。
群れで生活しなければならない人の身において、死ぬまでの孤独は苦痛だ。
それでも耐えられる人だけが、再び白竜の前に立つことができる。
「…今代の司書は貴様か」
白竜は、目の前に立った少女を見下ろした。
「貴様、名は何という」
「わたくしは、ベリオーロと申します」
この日から、ベリオーロは、孤高な司書になったのだった。
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久方ぶりの客人がやって来て、ベリオーロは生まれて初めての冒険を経験した。
その帰り際に、図書館の記録を閲覧することもできたので、より一層胸の高鳴りを抑えるのが大変だった。
あの少年少女には目的があるため、ベリオーロには多くを語らずに図書館を去って行った。
再び沈黙が図書館を支配していた。
(孤独に耐える…とは、こうした突然の出会いと別れにも動じないこと、なのでしょうか…?)
試験に合格したあの日、ベリオーロは、孤独に図書館を支えることを覚悟したはずだった。
今まではそれが誇りだったし、それはきっとこれからも変わらないだろう。
けれどなぜか、心がポッカリと空いたような、不思議な感覚がしていた。
(これは…何なのでしょう。…まさか、寂しい?)
しかし、言葉にしてみても、しっくりこない。どうやら寂しいわけではないらしい。
どちらかといえば、この感情は…欲望だ。もっと、もっと、と願う欲望。
それが知的好奇心なのだと気づくのに、さらに一時間かかってしまった。
ベリオーロはふと、壁にかけなおしてある槍を見上げた。
普段戦うことのできないベリオーロでも、あの非常事態では、槍を扱うことができた。
なんとなくまた、槍に手を伸ばす。
壁から外した槍は、昨日持ち上げた時よりずっとずっと重く、振り回すなんて到底できそうにもない。
なのになぜか、またもう一度、戦えるようになりたい、と考えてしまう。
知識というものは、頭で考え身につけるものだけではない。
身体を使うことによって初めて身につく知識というものもあるのだ。
まだ若いベリオーロにとって、そして孤独にヒラテルヒアを守る司書であるベリオーロにとって、今圧倒的に足りていない知識こそが、身体を動かすことによって得られる知識だ。
…とは思っても、槍を使いこなせないのはまず間違いなかった。
ベリオーロは、何か良い案はないかしら、と、青鯨のもとを訪れることにした。
「ワクワクすることがしたいのかしら?うーん…それなら、ぱっと日帰りツアーに連れて行ってあげましょうか?」
彼女の申し出を受け入れ、司書になって以来初めてのヒラテルヒアツアーに参加する。
幼い頃はよく訪れていた場所だというのに、成長して、視野が広くなってから見た景色は、昔とはまるで違っていた。
同じ野原でも、洞窟でも、氷の迷宮でも、滝でも…風の匂い、空気の冷たさが、違うものに見える。
「さぁ、ここで一度休憩にしましょうか」
花の温床に到着し、ピクニックにする。
「知っているかしら?この花、蜜がとっても甘いのよ」
「そうなんですか?」
青鯨がおすすめする花を一輪摘み取って、蜜を吸ってみる。
「…!」
甘い。いや、甘ったるい。
ここは本の心象風景であるはずなのに、味がはっきりと伝わってきた。
おそらく、ここにある本のどれかに、この花について細かく描写しているものがあるのだろう。
「甘いでしょう?」
「ええ、とても」
ベリオーロは今まで、一人部屋に閉じこもって書物に向き合い、貪るように知識を蓄えていた。
これからはもっと、足を伸ばして実践的な知識を蓄えるのも悪くないと、そう思った。
「あら?あそこにいるのは…」
青鯨の言葉に顔を上げると、白竜がこちらに飛んでくるところだった。
「わたくし達に何か用事でもあるのでしょうか?」
そう思って待っていると、じきに白竜が降りてきた。
今日の彼には、鯨達に対する敵意は無い様子だった。
「こんにちは。今日は良い日差しが差していますね」
「ここで出会うとは。たしかに悪くない天気だが…」
「何かあったのですか?」
ベリオーロが尋ねると、白竜は、いや、まだだが、と言って続けた。
「もうじき、ここを一度離れる時が来る」
「それは、いつからいつごろまで?」
「それは我にもはっきりとはせん。図書館の記録はお前に渡したところだし、ちょっと足を伸ばそうと思っている」
白竜も、冒険をしたい気分なのだろうか。
「わかりました。その時が来ましたら、図書館のことはわたくしに任せて行ってきて下さい」
「助かる」
白竜をピクニックに誘ったのだが、彼はまだやることがあるからと、再び飛んで行ってしまった。
「さぁ、そろそろ戻りましょうか?それとも、もう少しだけ先に行く?」
「お願いしてもいいかしら?」
「もちろん。さぁ、行きましょう」




