1-2-32 お互いの願い
書架のフロアに戻ってくる頃には、夕暮れになっていた。
帰ってくる途中でベリオーロも目覚め、一行はロビーに集う。
「ルティレットさんがここを発つ前に、わたくしに手紙を残して行かれたのです。それによると、部屋にも手紙を残してある、と」
ベリオーロのその言葉により、ガイル達はルティが使っていた個室に向かった。
誰も使っていなかったかのように整然と整えられている個室。そこに誰かがいた痕跡としてあるのは、机の上の手紙だけだ。
「さっそく、読んでみよう」
ハルテアの言葉に、便箋を開いて中身をたしかめる。
"みんなへ
私の身勝手で勝手に離れてごめんなさい。
でもきっとこうすれば、みんなは傷つけられることがないはず。
前に二人には話したけど、私も悪い人に追われているの。彼らが、私の居場所を突き止めてしまった。
もうじき彼らがここに来てしまう。
だから私は、みんなを置いていくことを決めたの。
勝手でごめんなさい。いつかまた会える日が来ますように ルティ"
「ごめんばっかりじゃないか、ルティ…」
沈黙が部屋を重たく覆う。
ルティは、きっと仲間である自分たちを意図的に遠ざけたのだ。それはおそらく、手紙に書いてある通り、ガイル達を傷つけさせないためだろう。
だからといって、ルティだけ傷ついて良い理由などない。
「ルティ、今大丈夫かな…?痛いこととか、されてないかな…?」
「分からない。書物の解読をさせられてるって話だけど、それだって決して良くない状況のはずだ」
「放ってはおけないね。そうだろう、二人とも?」
「ああ。明日の朝、エルードの谷に向かって出発する。走れば、昼には到着するはずだ」
夕食後各々の個室に別れ、ガイルは部屋で銀の栞を取り出した。
ルティがかけたおまじないの効果はまだ全て分かっているわけではない。が、軽く聞いた内容によれば、術者を見つけることができる相互的な魔法らしい。
きっと、明日エルードの谷に行ったらガイル達の助けになるだろう。
「ルティ、絶対助けてやるからな…」
ガイルの言葉に呼応するように、栞が光る。
「ガイル、それは…?」
「ん?あぁ、たまに光るんだよ、これ」
トルテの問いに答える。そういえばルティは、トルテにはおまじないをかけたアイテムを渡せなかったと言っていた。トルテのリボンはエルテがあげたものだから、おまじないを掛けるのをやめたという。
「ルティがかけてくれたおまじないの栞だ」
「よく見せてくれるかい?」
ベッドに栞を置いて、トルテが見やすいようにする。
トルテはベッドの上でしばらく栞をつついたり尻尾で撫でたりしたあと、言った。
「これ、ただのおまじないよりちょっと強力なものだね」
「分かるのか?」
「ハルテアのペンも見せてもらったからね。このおまじない、ハルテアのよりかなり強いよ。守りたい、守ってほしいって力が強いんだろうね」
「ルティはこれをくれた時、ルティ自身にも必要なおまじないだって言ってた。そういうことなのか?」
「さぁね。ハルテアじゃないし、未来を読める人はそうそういない。ルティだって、魔法使いではあるけど、預言者ではないからね。
大事にしたほうが良いよ、その栞も、ルティが願う思いも」
「当然だ」
……………………………………………
翌朝、出発の準備をしてロビーに集まる。ハルテアも自ら起きてきて、準備は万端だった。
「そろそろ出発されるのですか」
「ああ。色々と世話になった」
「こちらが招待したのですから、この程度の世話などわけありません」
「そういえばそうだったね。ほんの数日前のことのはずなのに、なんだか遠い昔みたいだよ」
「無理もないでしょう。真の書庫は奥が深くどこまでも広い。小さな冒険も、大きな旅路になるものです」
「ベリオーロは、大丈夫?」
「大丈夫と申しますと?」
質問したハルテアが困ったようにこちらを見てくる。
「なんていうか…一人で大丈夫かなぁって…それだけ」
「でしたら問題ありません。わたくし、万象の司書になると決めた幼い頃からずっと、こうなることを知っていましたし、覚悟もとうにできております」
「へぇ、強いんだね」
「強い?わたくしが?つい先日も、武器に振り回されていましたが?」
「志が強いってことだろ。さぁ、もう行こう」
ロビーの背面にある扉に向かう。
扉のすぐ前で立ち止まり、ベリオーロに一礼した。
「いってらっしゃいませ。
万象の図書館、ヒラテルヒアは、いつでも皆様のご来館をお待ちしております」
扉が閉まり、本物の外気に触れる。
雨が降ったばかりなのか、空気中に雨上がり特有の匂いが満ちている。下草に露がたっぷり盛り上がっており、地面も少しぬかるんでいた。
「ちょっと走りにくいけど、全速力でとばしていこう!」
ハルテアの言葉に、ガイルとトルテが続く。
目指す先は南西の方角にある、エルードの谷だ。
………………………………………………
ルグテースの前には、一人の若い男が立っていた。
表情は恐れで強張り、今から落とされる雷を予期して震えている。
「なぜ彼らを見逃した?」
「す、すみません…」
「報告では、隊長である貴殿が一番に気絶したそうだな」
「………」
「…これは、繰り上がりを行うしかないだろうな」
「っ!例の処理だけは、どうか…!」
「安心しなさい。あの処理は、もっとふさわしい対象にのみ行う。貴殿には失望したが、あの処理にはふさわしくないからな、普通に除名処分だ」
「除名…処分……?」
男の表情が安堵のそれに変わる。
ルグテースは内心思った。ああきっとこの男は、文字通りに受け取っているのだろう、と。
除名処分が、実は死ぬより恐ろしい処分であることは、彼はまだ知らないのだ。
服のポケットから四枚のカードを取り出す。
「好きなものを好きなだけ選べ」
「はい…?」
「さぁ」
促されるまま、男が三枚のカードを選ぶ。ルグテースの手元には一枚のみ残った。
「手続きがあるのでな、貴殿にはしばらく別室にいてもらう。彼らについていきなさい」
男の周りに、数人の灰色の長衣を纏った男が集まる。
「さようなら、だ」
…………………………………………………
書物に向き合っていたルティは、突然聞こえてきた悲鳴に顔を上げた。
防音設備のしっかりしているこの部屋にも聞こえるレベルの悲鳴だ。何かあったのだろうか。
「集中しなさい、ルティレット。あれは何でもないのだから」
何でもないわけなどないが、ルティは従うしかなかった。
心の内では、仲間のことを心配していた。
どうか、皆無事でいますように。
それから、どうか。もし、叶うならば。
あの冒険の続きが、皆と一緒にできますように。




