1-2-30 未来のための布石
翌朝、目覚めたばかりのガイルを起こしたのは意外な人物だった。
…いや、人ではないのだが。
「おはようございます、お元気かしら?」
洞窟の外から聞こえてきたのは、青鯨の声だった。
ガイルは最初、変な夢でも見ているのかと思ったが、それはたしかに現実だった。
「よく俺らを見つけられたな」
「そうですわね、色々とわけがあるんですが。まぁとにかく、やっと合流できましたわね」
「この辺りに飛ばされたのか?」
「ええ。氷の迷獄には入れないし、ここで待つしか無かったんですよ」
話していると、トルテが伸びをしながら起きてきた。ハルテアはまだ眠っている。
「ふわぁ…おはようガイル。おや、鯨さんじゃないか。合流できたね」
「ええ、おはようございます白猫さん。もう少しして彼女も起きたら、戻ろうかと思いますわ」
「たしかに、目下の目的地は氷の迷獄だったし、ボクらが前に進むと決めたのも、鯨さんを探すためだったからね」
「ハルテアを起こすか?」
「いや、今日は魘されているようには見えないし、このまま寝かせてあげよう。なに、朝食を食べる頃には起こすさ」
朝の日課と並行して朝食の準備をしていると、ハルテアが起きてきた。
が、その顔は浮かない表情をしている。手には、ルティから貰ったというペンを握りしめていた。
「おはよう、ハルテア。どうしたんだ?」
「うん…ねぇ、ルティ、無事かな?」
「ハルテア、何か悪い夢でも見たのかい?」
「ううん、夢じゃなくて…直感!なんだか、ルティが突然遠くに行っちゃったような感じがしてさ」
「ボクたちもかなり遠くまで来たからね。そのせいじゃないのかい?」
「いや…俺も、昨日から同じことを考えていたんだ。ただの気の所為なら良いんだけどって」
「あら…同時に同じ心配事?そのルティって子、大切な仲間なのね」
「当然だよ!」
ハルテアが元気にそう言う。
彼女が、ルティの凄さを今にも語りだそうとする時だった。
「ちょっと待ってちょうだい。…どうして、あの子の反応が近づいているのかしら?」
「あの子って?」
「わたくしの相方の子よ。黄色の鯨なの。わたくしより泳ぐのが二倍くらい速くて、わたくしより身体が大きい自慢の妹分なんだけど…今はお休み中のはず」
「なんだか嫌な予感がするな。…ハルテア、トルテの分も荷物をまとめておいてくれ」
「あれ、朝ごはんは?」
「今は摂れそうにないな」
予感に従い、荷物を慌てて纏める。皇子の護衛をしていた過去にも似たような感覚を抱いたことがあった。その度に、何者かによる襲撃が起こっていた。
…まさか、誰かに狙われているのか。
ガイルがその思考に気づいた時だった。
「そこを動くなよ」
威圧的な声と、銃を構える音が同時にした。
…………………………………………………
ガイル達は滝を背に、正面に寝泊まりした洞窟を見る形で立っていた。
今その洞窟の手前には、揃いの灰色の制服を着た武装集団がずらりと並んでいる。その数はざっと数えただけでも数十人はいるだろう。
上空には黄色の鯨が優雅に空を飛んでいた。その瞳は困ったような、縋るような目をしている。
先頭に立った男が、銃口をガイルに向けて喋りだした。
「フィルガレ大陸、青の帝国の第一皇子の元護衛、ガイルだな」
「へぇ、よく知ってるね。見たところ、俺の刺客っぽくはないけど」
「お前個人の刺客でないことは確かだ。あくまで我々はとある調査のためにお前たちに接触するために来た」
「殺気が隠しきれていないのに、調査するだけ、なんて嘘をつかなくてもいいんだぞ?」
相対する男からは、ガイル含め、ハルテアにもトルテにも殺気が向いていた。
銃口を向けられている今禄に動けないが、刀の柄に手をかけているから、万が一撃たれたとしても仲間を守ることはできるだろうが。
「そうか。ならば殺す前の最後の問答といこうか。
最初の質問だ。ルティレットの書物について、どのくらい知っている?」
「ルティレットってのは、ルティのことで合ってるか?もしそうなら、答えは、ほとんど知らない、になる」
ルティが書物の解読をしていることも、その理由も知っているし聞かされているが、なんとなく彼女が一部しか伝えていないことを肌で感じていた。その一部のみというのが、彼女が隠したからなのか、彼女自身も捉えきれていない書物の秘密があるからなのかは本当に分からないが。
「二つ目の質問だ。青の帝国第一皇子は何を企んでいる?」
「俺が聞きたいよ。突然知らない神について言及したと思ったら、翌日には解雇されたからな」
なぜ、今このタイミングであの皇子の話が出るのだろうか。
「で、そっちは…ハルテアにトルテで合っているな?」
銃口がハルテアのほうへと向く。足元のトルテは完全に威嚇状態で、背中の毛が逆立っていた。
「お前にも最初の質問を繰り返そう。ルティレットの書物についてどのくらい知っている?」
「えっと…お母さんの手がかりってことだけ」
期待外れの答えが返ってきたからか、男の表情が歪んだ。
警戒態勢を解かずに、ガイルも質問した。
「お前らは誰で、何の目的でここに来た?答えろよ」
「センター所属の特別隊の者だ。ルティレットを回収し、お前達のような後を追ってくる可能性のある者を仕留めるために来た」
「素直に吐いてくれて助かる…待ってくれ、ルティを回収?どういうことだ?」
「冥土の土産だ、教えてやろう。ルグテース様の命によりルティレットはセンターの保護下で書物の解読に専念することになったのだ。現在、別働隊によって送り届けられているところだろう」
不安の理由が、分かってしまった。
ルティは、本当に遠くにいたのだ。彼らに攫われたのだ。
「さぁ、もう良いだろう。鉛玉を食らっておねんね──」
「うるさい」
男が油断した隙を縫い、抜刀して切り込む。命を絶たずに戦闘不能に追い込むには、一撃入れるだけで十分だった。
一刻も早くルティのもとに行かなくては。そのためには、目の前の集団を片付けなくてはならない。
背後にハルテアがいるが、彼女が同時に相手取れるのは多くても二人だ。この人数の前では不利だろう。
頭では冷静に考えられるのに、身体は刀を振り続けた。いずれも殺さず戦闘不能に。
息が上がるが、止まっていられない。止まれば、最悪の場合自分やハルテア達の命まで危うくなる。
銃声が鳴り響き、号令の叫びがこだまのように響き渡る。
「邪魔だ…どけよ!」
「ガイル、前っ!」
ハルテアの声がして、正面を見る。
と同時、白い竜が洞窟の向こうに着地し、武装集団を尾鰭で振り払った。
勢いは弱まることなく、飛ばされた者はそのまま滝の向こうに落ちてゆく。
まるで、竜も加勢しているようだった。
「て、撤退、撤退ー!」
誰かが叫び、武装集団が撤退した。上手く竜の横をすり抜けられた者達は吹雪の中へ消え、運の悪かった者たちは空の彼方に落ちていった。
それを見てすぐさま戻ろうと走り出したガイルだったが、すぐにその場にしゃがみ込むしか無かった。
アドレナリンが出ていて気づかなかったが、足首に銃弾がかすっていたのだ。遅れて痛みを感知し、鈍痛が走る傷口に触れる。
ハルテアが駆け寄ってきて、包帯を取り出した。
「ガイル、他に怪我しているところはない?」
「多分無いな。手当が終わったら、すぐに戻るぞ。ルティを助けに行かないと」
「彼女の居場所が分からないのに突っ走るのは君のよくない癖だね」
知らない声がして、顔を上げる。黒い髪に青い瞳の青年だ。白いフードを被っている。
「あ、観測者さん!」
彼が、以前ルティが出会ったという観測者なのか。
「ルティは今どこにいる?」
「エルードの谷にある灰色のセンターにいる」
エルードの谷は、エルガル街の隣にある街で、ノアラターンから見て南西の方角にある谷だ。荒れた地で、人も獣もほとんど近寄らない場所だと聞いていたが、そこに何か施設でもあるのだろうか。
「今すぐ向かうのはよしたほうが良い」
「…あんたに何が分かるんだ?」
「君たちの未来が。今向かえば、君は来たるべき日を迎えることができなくなるし、ルティは悲しみにくれ、絶望することになる」
「何を言いたいのか分からないな」
「そうだな、信じられないことだろうが…」
青年の声が頭に響く。ハルテアやトルテには聞こえていないようで、どちらも不思議そうな顔をしていた。
彼がガイルに伝えた未来の一部は、正直に言うならば信じられなかった。だというのに、嘘だと言い切ることも、なぜだか出来なかった。
「…というわけだ。それを避けるためには、もう一日待つ必要がある」
「それまで待てないって言ったら?」
「君達には依頼されていたことがあっただろう?それを優先すればいい。仕事があることは、幸せなことだ」
青年が顎で示したのは、白い竜のことだ。今は操られているような目をしていない。
青年が、全員に聞こえるように宣言した。
「君達全員が今優先するべきは、白竜の試練を突破することだ」




