1-2-29 願う夜
壁に刻まれた数字を頼りに通路を歩く。
氷の迷獄、という名前の通り、通路の両壁は氷でできた牢になっているようで、他には何もない。
分かれ道に来るたび、数字の刻まれている通路を選ぶ。
しばらく進むと、ようやく「十七」と刻まれた場所にやって来た。
「ここを左に曲がるんだったよな」
「右に曲がるな、だからそうだね」
「あっ、ちょっと待って、ここ!」
ハルテアが叫び、左手にある牢の中に飛び込んでいく。よく見れば、中に本棚が設置されていた。先ほど見たのとそう変わらなさそうだ。
「やっぱり、さっきと同じだ!ちょっと待ってて、並べ替えるから!」
少しすると、ハルテアが戻ってきた。
「解読完了!次はね、二十四の角を前に進むな絶対!だって!」
「それじゃあ、向かおうか」
再び番号に従って道を選ぶ。
単純な法則に従って先を行くと、今度は二十四と刻まれた通路に出た。
「嘘…十字路なんて聞いてないよー!」
ハルテアが叫ぶ通り、道は右にも左にも正面にも続いていた。先程の掲示の通りなら正面に進むのは悪手だが、左右どちらに進むべきか分からない。
「困ったな、まるで鏡合わせだね」
左右どちらの道にも「二十五」と数字が刻まれており、本棚がどちらの部屋にも置かれていた。中に並べられている本の数まで同じだ。
「適当に進んで道に迷うより、ここでしっかり調べたほうがいいだろ」
「そうだね、両方調べようか」
左右に分かれて部屋と本棚を調べる。部屋そのものに手がかりは存在せず、やはり本棚にのみ情報があるようだ。
本棚には四冊の本が並べられている。一冊引き抜いてページを捲って行くと、白紙の中に二つだけ文字が書かれていた。
「…くじ?なんのことだ、これ…」
他の本も調べるが、どれも異なる文字が書かれている。
ハルテアが示した法則に従うなら、これは並べ替えて一つの文を作れるはずだった。
手持ちの本でできる文章は、次の通りだった。
"くじのかみぎがれ"
「これじゃ、何のことだか分からないな。並べ方が違うのか?」
「おーい、ガイルー!そっちはどうー?」
ハルテアが呼びに来た。腕の中に、ガイルが持っているのと同じような本を四冊持っている。
「よく分からないんだ。ハルテア、ちょっと一緒に考えてくれないか?」
「おっけー!っていうか多分、一緒にしないと文章にならないと思うんだよね、これ」
ガイルが持っていた本を全てハルテアが奪い去り、文字の書かれたページのみを開いて床に並べる。
彼女はそれを見ながら順番を変えていき、やがて、
「できた。これでいいよ」
"ひゃくじゅうのかどをみぎにまがれ"
「百獣…なわけないよな。百十か…遠いな…」
今二人がいるのは二十五番目のエリアだ。ここまで一時間ほど経過しているが、この通りであればおよそ四倍の時間がかかる計算になる。
「根気よく進むのも良いけど、こっちに地下道があったんだ。来て!」
ハルテアが調べていたほうの部屋に行くと、床の中央に穴が空いており、軒下のような空間が広がっていた。
「さっきちょっとだけ下に行ってみたんだけど、下にも数字が刻まれている柱があったの。そこを曲がればきっと、出口だよ!」
「ふぅん。とりあえず、向かってみるか。トルテは?」
「先に下に降りてるよ」
穴を飛び降りる。
青い氷で周囲を囲われた広い空間だ。柱が等間隔に並べられており、一番近い柱には二十五と刻まれている。先のほうは通路になっており、その近くにトルテがいた。
二人が通路の近くにやってくると、トルテが言った。
「さぁ、先に進もう。雪が積もっているから、足元に注意して」
出口が近いのだろうか、通路の片隅に白い雪が積もっていた。滑らないように注意しながら進むと、最後の柱──百十と刻まれた柱が現れる。
「ここを右に曲がるの!」
通路を右に曲がると、凍りついた両開きの扉に当たった。
「これ、壊せるかな?」
「ありったけ力を込めればできなくはないだろうけど…他に道は無いのか?」
「あっ、確かに!目の前にこうして出られそうなものがあると、そっちに注意が向いちゃうよねー!」
二人で周囲を見渡す。
床には雪が積もり、足首まで埋まってしまっている。壁も天井も分厚い氷に覆われていて、ヒビのはいりそうな場所はない。
なんとなく足元の床をどけると、レバーのようなものが現れた。
ハルテアと協力してレバーを動かすと、凍っていた扉が音を立てて開き、迷獄の外に出た。
相変わらずすごい吹雪だが、幸い、正面に細い洞窟があるのが見えた。
ガイル達は洞窟に駆け込むと、吹雪の入ってこない奥まで進んだ。
真っ直ぐの洞窟を奥に進み続けると、雪の影も形もない場所に出てきた。
耳をつんざくような轟音が鳴り響き、鋭く尖った岩が辺りにごろごろ転がっている。
「滝だー!」
ハルテアが大声で叫ぶが、その声もかき消す轟音が滝から発される。
会話がままならないので、ハルテアを連れてもう一度洞窟に戻った。
「外は大分暗かった。多分もう夜だ。今夜はここで一夜明かして、それから先に進む道を探そう」
「ええっ、もうそんな時間なの!?うー、お腹空いてきた…」
「それじゃあ、食事にしようか」
持ってきた保存食を齧り、休息をとったあと、ハルテアとトルテが丸くなって眠る。
その横でガイルは、懐から銀の栞を取り出した。
妙な胸騒ぎがするが、ルティは元気にしているだろうか。結局今夜は戻れそうにないが、ベリオーロには心配をかけさせているかもしれない。それに、飛ばされていった鯨はどこまで飛んでしまったのだろうか。竜を操る者の目的は何なのだろうか。
「ここで考えてても仕方がない…か」
眠るハルテア達を起こさないように呟く。燻る焚き火の光を反射する銀の栞は、これをガイルに渡した人が、どこか遠くにいることをぼんやりと伝えているようだった。
おまじないの効果だろう。
ガイルは半分願いながら考えた。きっと、ここから離れた個室で、ルティは解読作業をしていてくれているだろう、と。
「すぐに帰れると良いけどな…」
懐に銀の栞をしまい込み、寝袋に潜り込む。そのままガイルは眠りに落ちた。
……………………………………………………
銀の栞が、送り主の居場所を伝えているのは本当のことだった。ガイルは勘違いしているだけで、ルティはもう図書館の外に出ているし、もっと遠くまで行っていた。
図書館の中には数十人の武装した人々が集まっており、彼らは書架のフロアを探索していた。
「お前が司書か。ここにいたやつはどうした?」
「やつ、とは誰のことでしょうか」
「少年が一人、少女が一人、猫が一匹だ」
「知っていますが、答えることはできません」
「なぜだ?」
「司書とは、書と人の出会いを助ける者であり、人と人の出会いを助ける者ではないからです」
ベリオーロがきっぱりと答える。彼女は己の役割に誇りを持っており、守るべきものを守ろうとしていた。
「隊長、鑑識班からです。彼らの行き先が判明したと」
「そうか。で?」
「図書館の奥地に向かった模様です。案内します」
隊長と呼ばれた男が去り、閉ざされた扉の方へと向かう。あの先には、行方不明になった青鯨の代わりである黄色の鯨が代理で飛んでいる。きっと彼らは黄鯨に乗って、客人を追いかけるだろう。
武装集団の目的がわからず、ベリオーロは動けずにいた。ただ、彼らは客人のことを知っていたようだ。
…彼らの身に何も起こらなければ良いのだが。
「嫌な予感がしますね…」
ベリオーロはそう呟き、武装集団の目に触れないように注意しながら、自室へと戻った。
自室の机の上には、図書館内の魔素を追いかける装置がある。観測されている範囲に限定されているのでほんの一部でしかないが、彼らの手助けをするのであればこれで十分だろう。
装置を操作し、客人の居場所を探る。昨日の朝、客人の少年が素振りをしている時に簡単なマークをつけておいたのが功を奏した。
彼らは首落ちの滝付近にいるようだ。
「司書にのみ開示された特殊な経路。あれを使いますか」
壁にかけられていた槍を手に取り、隠された道へと進む。
ベリオーロ自身はあまり戦えないが、いざという時にはこの司書の槍が補助してくれるだろう。
願わくば、今この瞬間が、ベリオーロが「立ち上がるべき時」でありますように。




