1-3 旅に出る理由を探して
「俺が生まれたのは、フィルガレ大陸でも、貧しい村だった。
母親は俺を生んでからすぐに亡くなって、親父は俺を育てるのに苦労したみたいだ。
俺が五つの時、村に国勤めの戦士がやって来た。戦士は俺を見つけてすぐ、親父に取引を持ちかけたんだ。その後、俺はすぐに帝国の城へと連れて行かれた。
皇子と面会したあと、俺は護衛として色々なことを叩き込まれた。勉強、剣、乗馬とか、本当にたくさんのことを。
一年前、俺も皇子もそれぞれに成長した頃、皇子が俺を連れて隣国の市場にこっそり向かったんだ。
俺が、道から外れたことに気づいた頃には、立派な迷子になっていた。
通ったこともない道を歩いているうち、空が暗くなって、夜になった。
暗くなってから、皇子が何かに追われるように走り出したんだ。俺も慌てて後を追ったよ。
そしてようやく捕まえたあと、なんで突然走り出したのか聞いたんだ。
そしたらさ、
『お前には、あの方の姿が見えないのか?お声が聞こえないのか?』
俺が生まれた国では、宗教に制限はなくて、皇子は特に何も信仰していなかった。
だからなおさら、突然ああいったことに驚いたんだ。知らないうちになんか宗教に目覚めたのかって。
「あの方って誰だ?どんな声がした?」
『エヌプス様を知らないのか?お前もなのか?』
俺がそれまでに勉強した、国の信仰対象の中にそいつの名前は無かったはずだった。
『本当にお前はエヌプス様を知らないのか…?』
怪しい気配を皇子から感じたから、俺は止めようとした。
『僕に楯突くとは、エヌプス様に楯突くことと同義。…今なら、見逃してもいい。僕の前から、永遠に去れ』
そうやって、突然、俺は護衛の役目を降ろされた。
翌日、国からやって来た捜索隊が俺達二人を見つけて城に帰してくれたあと、皇帝が隣国に宣戦布告した。
隣国は貿易に特化した国だったから、同盟国も巻き込んで、結果的に大陸全土で戦火が広がることになった。
俺はその混乱に乗じてこっちの大陸に来た。
それだけで済めばまだどうにかなったんだが、俺を首謀者だと皇子が言ったことが災いして、フィルガレ大陸の国際戦士が俺を追いかけるためにこっちの大陸までやって来た。
今のフィルガレ大陸に戻ることはできないし、かといって捕まって殺される訳にもいかないから、とにかく遠くへと旅しているんだ」
………………………………
「…長くなったな」
ガイルが呟いた声が、小屋に響く。
「俺の問題だってのに、巻き込んで…ごめん」
「…………」
項垂れる彼を見て、ルティはすぐに言葉が出なかった。
話すべきことを悩んで、頭の中で言語化して、ようやく口に出す。
「巻き込んでいるのは、お互い様だよ。……ガイルは、国に騙されたから旅に出た、でしょ。…私は、国を…世界を騙すために、旅に出たから」
そうして、ルティは旅に出た理由のほとんどをガイルに話して聞かせた。全てを話すことはできなかったけれど、果たさなければならない約束については、十分に伝えることができただろう。
「お前も、中々凄い頼まれごとをされているんだな。俺とは比べ物にならない気がするんだけど?」
「でも、今、話してなんとなく分かった気がするの。多分…多分、私の問題と、ガイルの問題は、一緒に片付けなきゃいけないと思うの」
「一緒に?」
「うん。…詳しくは言えないんだけどね。それで実はね、城にいた時に聞いたことがあるんだ。その、エヌプス様について」
ルティは、幼い頃に聞いた神話を、そこに連なる歴史を思い出しながら、語りだした。
「遥か昔、世界に神々が当たり前のように顕現していた時代、ある神が生まれた。複数の名前を持つその神は、法と混沌の狭間を司っていた。
常に揺れ動くそれらを見守るその神は、人々の心の奥深くに根を伸ばし、彼らの生活を覗いていた。
ある日、神はある少年に出会った。世界の観測者であるその少年は、神にある果実を渡して、言った。
『この果実を食べるのは、君ではなく、君が愛した誰かでなければならないよ』、と。
神は、真に愛するということをまだ知らなかった。
けれどある年、神は心の底から愛する人を見つけた。心の美しいその少女に一目惚れした神は、少女に果実を渡した。
しかし、その少女は、神にも果実を食べてもらいたいと願った。半分に切り分けられた果実は、半分は少女に、もう半分は神によって食べられた。
それから、二人は幸せに暮らした。でも、少女はやがて年老い、寿命が訪れてしまった。
少女の墓を前にした神は、もう一度少女に会いたいと強く願った。
その時、知らない声が神に囁いた。
『世界をやり直せば、少女はまたお前の前に現れるぞ』
神はそれを聞いて、どうにかしてもう一度世界をやり直す方法を探し始めた。
神々はこの神の行動が危険だと考え、止めようとした。そして、神々の争いが起こった。
争いが終わる頃、一つだった大陸は二つに分かれ、神は深い眠りについた。神は、争いのきっかけになった少女の名前をとって、エヌプスと名付けられた。
神は今も、世界の深いところで、世界をやり直すための争いを引き起こそうとしている。今を生きる者たちは、惑わされないようにしなければいけない」
「…つまり、その神が皇子を操っているってことか?」
「やっぱり、信じられないかな?」
「うーん…信じられないわけじゃないけど、理解するのに時間がかかりそうっていう感じだな…」
月光が窓から差し込み、夜の冷えた空気を照らし出す。
小屋の中は暫く沈黙に包まれた。ルティは今後のことを考えて、ガイルは神話の意味を理解するため、静かに頭を回転させていた。
半刻後、ガイルが話しだした。
「お互い目的地も利害も一致しているなら、一緒に旅に出るのはどうだ?」
「え?」
「ルティは、本を解読するためにアーバルト港湾都市に向かう。俺は、エヌプス様に操られた皇子を止めるために故郷に帰る。少なくとも、アーバルトまでは同じ道を進むことになる」
「そっか、っていうことは…」
「一緒に行動したほうが、お互いのために良いんじゃないか?…まぁ、俺の事情にももっと巻き込むことになっちゃうけど…」
これから長い道のりを、一人で歩まなければならないと思っていた。頼れる人は他に誰もいなくて、孤独に全てを解決しなければならないと、思い込んでいた。
全ては繋がっている。この旅が始まった理由も、終わらせる理由も、全て重なっている。
であるならば。
「一緒に行こう、ガイル」
「…ああ!」
──終わりのない終わりを、終わらせるために。




