1-2 ガイルの秘密
「この辺りの地形は分かっているのか?どこへ向かうにも、ある程度どこに何があるのかは把握しておいたほうが楽だと思うけど」
「多分、大丈夫。ここから西には、エーデルティアがあって、東がソートル市街地でしょ」
「西がエーデルティアなのは合ってるけど、東はラプトア皇国だ。ソートル市街地は北北東にある」
ガイルが荷物から長い巻き紙を取り出す。端が折れたり切れたりしているくたびれたその紙を広げると、城の図書室で見かけたような周辺国の地図が記載されていた。
「これ、ルティにやるよ。俺はもうこの地図に書かれていることは覚えたから」
「え、いいの?…それじゃあ、貰うよ?」
「どうぞ」
ガイルが昼食の後片付けのために洞穴の外の小川に向かっている間、ルティは、出発点であるディルナッケ城の絵のところに小さな丸を書いた。
「ここから…どのくらい離れたら、彼らの影響を受けなくなるんだろう…」
ルティの持つ書物は、ある神の降臨を決定づけるものだ。悪い人に──"彼ら"に利用されるわけにはいかない。
かといって、この書物を他の誰かに奪われるような状況もまた、ルティにとってよくない。
(それまで、ずっと一人ぼっちなの?……)
「さみしいな………」
暫くすると、洞穴は最初から誰も訪れたことが無かったかのように自然に片付けられていた。
「これからどっちに行くんだ?今から向かうなら、二、三回くらい野宿すれば、東のラプトア皇国に到着できる。西に向かうなら──」
「西には行かない。そこから来たの。だから、西じゃないところ…できれば、すごく遠くて、机と椅子のあるところに行きたいの」
「うーん、それなら…」
ガイルは言いながら、地図の下の方を指さした。
「ここから大分南に行くことになるけど…アーバルト港湾都市はどうだ?大学街って言われているくらいだから机と椅子もあるだろうし、大陸の端だから、究極他の大陸や島に向かうこともできる。もちろん、乗船許可証をどこかからもぎ取らないといけないけどな」
「歩いて行くと、どのくらいかかるの?」
「五、六十日くらいはかかる計算になるよ?本気?提案したのは俺だけど、ほら、列車とかもあるし」
ルティは、荷物の中から巾着を取り出した。中には、大陸共通貨幣のムアがじゃらじゃらと入っている。
軽く交通費を計算してみたが、その他の旅費を考慮すると、アーバルト港湾都市まで列車でまっすぐ向かうのは難しそうだった。
(馬車は…だめ。"彼ら"に顔を見られるかもしれないし…)
「やっぱり、歩いていくことになりそう。途中でムアを稼ぎながら南へ向かう」
「一人でやっていけるのか?」
「うん」
本当は、不安だった。
でも、城を離れた時から決めていた。ルティは、一人で全て背負うのだ、と。だから、その道のりも一人で歩まなくてはいけないのだと。
「それなら、最初に向かうのは南の方が良いだろうな。あんまりこれといって面白いものは無いけど…まぁ、どこかの村で一泊くらいはできるだろ」
南はこっちだ、と言って、ガイルは洞穴の外に出て木々の向こうを指さす。
「途中まで川が続いているから、しばらくは川に沿って南下する」
「川に沿って…うん。わかった、ありが、」
「っ、静かに」
「ぇ…」
ガイルが纏う雰囲気が、優しい少年から、修羅場を潜ってきた戦士のそれになる。
彼がルティの背後を睨みつけていることにルティが気づくと同時に、聞いたことのある声がした。
「おやぁ?小僧じゃないか?こんなところで何してる?」
「こっちのセリフだ。あんたらこそ、ここで何してるんだよ」
振り返れば、昨日小道ですれ違った灰色の衣服を纏った男性が数人固まっていた。話しかけている男を除いた数人は皆刀を抜いている。
「国を…いや、大陸を混乱に貶めた犯人の首を取るために旅をしているのさ、小僧、お前をな」
「何度も言っているが、あれは俺じゃない」
「犯した罪を誤魔化すのはやめたほうがいいぞ。でないと、地獄行きでさらに悪いことになる」
「だから、俺じゃないって、」
「者共、かかれぃ!」
雄叫びが周囲から上がり、ルティとガイルの周りに、さらに二十人ほどの男が躍り出た。皆灰色の衣服を纏い、抜身の刀を振り回している。
「囲まれたか…下がってろ」
ガイルが刀を構える。途端、大柄な男が数人がかりでガイルに飛びかかった。
刀が打ち合う金属音が鳴り響き、その中心でガイルが踊るように戦っている。
ルティは少し下がったところで様子を見ながら、ステッキを握りしめていた。
(まだ…今じゃない…)
背後で待機していた男たちがガイルに飛びかかるが、彼はその身軽な身体を捻ってそれを躱す。
互いの必死の猛攻が続くが、どちらも互角で、決着はつきそうにない。
(まだ…まだ…)
とはいえ、一対二十人強は明らかに一のほうが不利だ。誰も加勢しなければ、ガイルの負けは確定だろう。だからこそ、
(…今!)
「大波よ…!」
周囲の魔素を練り上げて水に変換し、集めたものを展開する。
ルティの身長より背の高い波がどこからともなく現れ、男たち諸共辺りを洗い流してゆく。
咄嗟にルティはガイルの手を掴み、荷物を抱えて適当な方向に走り出した。
三十分ほど走ると、追っ手もいなくなり、洞穴からかなり離れたところに来ていた。
乱れた息を整えながら、周囲を見回す。右手の方に、小屋が一つ立っていた。
「ひとまず、あそこに行こう」
小屋の扉を開けると、空っぽの部屋が二人を出迎えた。人の気配はまるで無い。
荷物を片隅に寄せ、ガイルは傷の手当を始めた。
「ごめんな、俺の厄介事に付き合わせちゃって」
「何が、あったの?」
「俺、別の大陸から来たんだ。東の、フィルガレ大陸。そこで俺は…大陸全土を巻き込んだ戦争の、首謀者だって言われたんだ」
「…本当に?」
「なわけないだろ。…まぁ、実際は、俺の暮らしていた国のトップが戦争を仕掛けたんだ。俺は、そのトップの息子の護衛だった。やめて、すぐのことだった。…少し、聞いてくれるか?」
「聞かせて」
そうして、ガイルは語りだした。彼がここにある理由と、そうなるまでの短い冒険の話だった。




