1-2-25 ベリオーロの悩み
翌日、ガイルはいつものように早起きして朝の支度をし、ロビーに向かった。
普段であれば刀の素振りをする。が、個室の天井を傷つけたくなかったので今日はここで素振りをする許可を得ようとしていた。
司書室と書かれた扉の前には、一枚の看板がかけられていた。
『司書の部屋 ご要件のある方は、いつでも扉をノックしてください』
いつでも、とはあるが、やはり早朝五時に起こすのは迷惑なのではないか。
そうやって躊躇っていると、中から扉が開いた。
「おはようございます」
「お、おはよう………起こしちゃったか?」
「いいえ、元々起きていました。何かご用がありますか?」
「まぁ、二点ほど。今日、俺とハルテアとトルテで図書館の奥の方を探索するから、昼食の準備はルティの分だけで構わない。あと一つは、完全に俺の私用なんだけど、ここを使っても良いかな」
「ええ、構いません。ただし、物を壊さないように注意してください」
「わかった、ありがとう」
ロビーの中央に移動し、周りに物がないかしっかり確認したあとで、素振りを始める。
ベリオーロもロビーの片隅に立ち、ガイルをじっと見つめていた。
(きっと、俺が物を壊さないか、見張っているんだろうな)
と思っていると、ベリオーロが話しかけてきた。
「冒険が怖くないのですか」
「怖いときのほうが多いよ。でも、俺達には目的地がある。やらなきゃいけないこともある。ただそれに向かって進むだけだ」
「目的…目標…どういったものなのか、訊いてもいいですか?」
「話せる範囲だけだけど…それでいいなら」
ガイルは頭の中で素振りの回数をカウントしながら、旅に出ることになった理由や、旅の道中に起こった出来事について、話せる範囲で話した。
ベリオーロは時々「なるほど」とか「それから?」とか相槌を打ちながら聞いていたので、ガイルとしても話しやすかった。
「…つまり、みなさまは利害の一致によりアーバルト港湾都市に向かっているのですね」
「まぁ、概ねそんなところだ」
「それだけ腕に覚えがあるなら、この先にも問題なく進めるでしょう」
「そういえば疑問だったんだけど、どうして司書なのに記録に自分からアクセスしようとしないの?」
「図書館の奥に進むにつれて、本を守る強い魔物が現れてきます。わたくしは通常時はそんなに戦うことができないので、図書館全体のシステムを維持するためにも、ここに残ってできることをするまでなんです。
なので、魔物の現れる範囲を悠々自適に移動する記録には、触れられないのですよ」
普段退屈そうにしているベリオーロが、表情を変えて苦虫を潰したような顔になる。
「こうしてわたくしが招待した人々のみに記録の追跡を頼むしかないのが悔しい限りですが…こうするしか他に手はなく…」
「俺達は全員自分の意思で選んでここにいる。力を貸せることがあればいくらでも貸すよ。
ただ、その…何で魔物を放っているんだ?」
「本を盗む、壊す、汚すなどの行為をしないように見張るためです」
素振りを終えてタオルで汗を拭っていると、ハルテアがロビーに現れた。眠そうな彼女の隣には、トルテが歩いている。
「ガイルは…朝から元気だねぇ…」
「いつも俺なんかよりずっと元気なやつが、何言ってるんだ…?とりあえず、顔を洗ってこいよ。洗面台、個室にあったはずだけど」
「ボクが起こしちゃったからね、先に顔を洗わせるべきだった。すまないね」
「急いで起こす必要あったのか?まだ六時にすらなってないけど」
「起こすつもりは無かったんだけどね。ハルテアの部屋に行ったら、魘されていたから起こしたんだよ」
「聞いてよガイルー、変な夢みたの。ルティが夢に出てきたんだけどね、なんかずーっと、呼びかけてもずーっと机に向かって書き物をしている夢だったの。
集中しているのかなーって思ったんだけど、夢の中のルティが泣いててさ。おまけに、そんなルティを助けもせずにじーって見てるだけの人が何人もいて。
怖かったし、夢の中のルティを助けたかったんだけど、身体がすごく重くて思うように動けなかった」
「それは…たしかに悪い夢だな。現実じゃなくて良かった」
「話したらスッキリしたかもー!顔、洗ってくるねー」
それだけ話して、ハルテアは部屋に戻った。
その場に残ったトルテが、じっとハルテアのいなくなった扉を見ながら、「まさかね…?」と呟いたのを、ガイルは密かに聞いていた。
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朝食を食べ終えたあと、ハルテアがルティの部屋に突撃し彼女を起こした。
廊下に出てきたルティに、今日冒険に向かうことと、昼食はルティの分だけ用意するように伝えてあることを話す。
「わかった。三人とも、気をつけてね」
「夕食のころには帰るから」
うん、と頷いたルティは、やることがあるからとすぐに個室に戻る。
ガイル達はそのまま書架のフロアを通り抜け、例の鯨のいる場所へと向かった。
「あら、おはよう。冒険の準備は整った?寝袋、保存食、たっぷり水の入った水袋。持ってる?」
「うん!今度は、しっかり持ってきているよ!」
「今回は、半日で帰ってこれる距離を調べようと思う。頼めるか?」
「もちろんよ。さぁさ、背中に乗ってちょうだい」
鯨はガイル達が乗りやすいように姿勢を低くする。
なんとか二人と一匹が背中に乗ると、鯨が忠告した。
「ゆっくり進むつもりではあるけれど、万が一のときにはすごく速く進むの。そんな時でも大丈夫なように、しっかり掴まっておいてちょうだいな」
鯨のつるつる滑る背中に、青く光る紐状のものが現れる。しっかりと編み込まれたロープのようなそれは、命綱の役割をしていた。
「しっかり握ったかしら?それじゃあ、出発するわ」
合図とともに鯨が動き出す。
はじめはゆっくりと滑るように、段々泳ぐスピードになってゆく。空気の中を泳いでいるというのも不思議な話だが、マソクジラは何もないところでも泳げるという習性を持っていた。
本棚が前方から後方へと過ぎ去ってゆく。遠目から見ただけでも、背表紙のサイズやら色もバラバラだし、分厚さも異なるようだ。本当にたくさんの本が並べられているのだろう。
進むにつれて辺りが暗くなる。が、鯨が仄かに青く光り輝き、周囲を照らしていた。おかげで本棚に正面衝突することなく、一行は安全に進み続けた。
半刻に一回の頻度で道が右や左に曲がり、その度に休憩できそうなフロアが設置されていた。
「ここ、誰が作ったんだろうねー!」
「遠くが霞んで見えるくらい、どこまでも続く図書館、だよな。…たしかに、どんな人なら建てられたんだ?それに、そんな遠くまで本を並べられるってどんな体力のある人なんだ?」
「人?いいえ、人じゃないわ」
「鯨さん、知っているの?」
「ええ、彼は同期だから。まぁ、彼はこちらを敵視していて、見かけるたびに攻撃してくるけれど」
「それもそれで大変だな…それってどんなやつなんだ?」
「あなたたち、図書館の記録をする白い竜のことは知っているかしら?」
「絵本に書いてあった竜のことだろう?」
「彼こそが、同期であり、図書館を記録するものであり、この図書館を作り維持する獣よ」
「なら、なんで人間の司書がいるのー!?」
「彼はひとところに留まれないの。色々仕事があるとかなんとかで…そういうわけだから、客人の相手をする人が必要だったのよ。本は、飾るためじゃなく、読まれるためにあるからって。そこはみんな同意している点よ」
そう話していると、周囲の景色に俄に緑が入っているのに気づいた。本棚に蔓が這い、所々に土塊が溢れている。一定温度の涼しさを保っていた乾いた風も、いつの間にか湿度を伴った風に変わっている。
「おや、まるで世界が変わったみたいだ」
「ふふ、ええ、ここに初めて来た人はみんな同じ反応をするわ。ようこそ、ヒラテルヒアの本当の書庫へ」
天井がすぅっと消えるようになくなり、さんさんと輝く太陽の光がガイル達のもとに降り注ぐ。空は青く、澄み渡っていた。




