1-2-24 手がかりは本棚に
「そういうのは、検索とかできないのか?」
「あれは、そういう類の記録ではないのです。なにせ、居場所が常に変わりますから」
「その記録、動くの!?」
「ええ、常に。ですので、今この瞬間にどこにあるのか、わたくしにも分からないのです」
ベリオーロが困ったように腕を組む。
表情は変わらず退屈そうなままだったが、なぜか彼女が心から困っているように見えた。
「どうする?」
「…その前にもう一つ質問させてくれ。どうして俺達なんだ?」
「ある人物の勧めによるものです。彼の名前は言えませんが、みなさまを強く推奨されておりました」
「そっか、あの人かも…」
「ハルテアは分かるの?」
「うん。もしあの人なら、むしろ受けなきゃいけないと思うの。ねぇ、受けさせて、お願い」
ハルテアが真剣に二人に頼み込んだ。
「レヴィーナたちに貰った列車のチケット、有効期限までまだ一ヶ月くらいあるよ。それまでは大丈夫なんじゃないかな」
「最寄り駅まで歩くことを考えると…余裕をもって行動するなら…なるほどな」
「ルティ?ガイル?」
「この件、受けよう。ただし条件つきで、だ」
「条件というのが何か伺ってもよろしくて?」
「滞在するのは最大二週間まで。それ以上は譲歩できない」
「充分です。こちらこそありがとうございます。みなさまのお部屋へ案内してもよろしいでしょうか?」
「随分準備がいいな」
「ゲストルームはいつでも空いておりますから」
ベリオーロの案内でロビーの左側の扉を通ると、紫色の絨毯が敷かれた廊下に出た。
ランプと部屋が交互に並ぶ廊下には、合計十二の扉が並んでいる。
「みなさま、どこでもお好きなお部屋をお選びください」
ベリオーロがそう言う。
部屋の中は、机と椅子とベッドがある簡単な作りの部屋だった。クローゼットもあるが、中には何も入っていない。
部屋の奥にある扉を開けると、小さな本棚が設置されていた。今は何も入っていないが、借りた本をここに持ち込みできるのだという。
別の部屋を開けると、シャワーとトイレが備え付けられていた。
「ホテルみたいだね」
「これだけ部屋数があるなら、個室にするか?」
「ボクはガイルと一緒でいいかい?」
「それはもちろん」
ルティが一番手前の部屋、その隣がハルテア、向かいがガイルとトルテの部屋、と決まった。
「それでは、食堂のご案内をさせていただきます」
廊下の一番奥にある白い両開きの扉を開けると、黄色いテーブルクロスのかけられた長い机が置かれた部屋につながった。
机の両脇には十二脚の椅子が並べられ、壁掛けの時計が時刻を知らせている。
「食事の時間になりましたら、各部屋のベルが鳴る仕組みとなっております。もしお部屋にいらした場合には、それを頼りにこちらへ来てください。
書架のフロアにいらっしゃる場合には、ロビー正面に見えた柱時計が食事の時刻をお知らせします。
遠くへ出かける際など、食事が不要な場合は事前にわたくしに連絡をお願いします。わたくしはいつも、ロビーにおりますので」
食堂を出て再び廊下に戻ると、ベリオーロが言った。
「書架のフロアへは、ロビー正面にある扉を通って出入りしてください。また、他に質問事項がある場合も、ロビーにいるわたくしにお聞きくださいませ。案内は以上になります」
「そうか、案内ありがとう」
「ああそう、それと。ルティレット、というのはどなたですか?」
ルティは、聞き間違いか、と思った。
なぜ、ベリオーロ…初対面の彼女から、その名が聞こえたのだろうか。
「ルティレットって?」
「わ…私です」
「そうでしたか。この後、わたくしについて来てくれますか?渡したいものがあるんです。できれば、一人で」
「…分かりました」
「それでは失礼します。では、行きましょう」
……………………………………………
ロビーの奥の部屋に向かったベリオーロとルティが何を話しているのかは分からないが、ガイルはハルテアと共に待ちながら考え事をしていた。
ガイル達を今回の件に強く推奨したのは、一体誰なのか。ルティが今聞いている話とは、何のことなのか。
「なぁ、ハルテア。さっき心当たりがあるっていっていた人って、誰のことなんだ?」
「前に、観測者って名乗る人に会ったって話したことがあったでしょ?」
「あぁ、ルティとトルテが話したっていう…」
「多分、その人なんじゃないかなって思うんだ!」
「ボクも同意見だよ」
ちょうどその時、ルティが部屋から出てきた。手には灰色の分厚い封筒を一枚持っている。
「ルティ、おかえり!」
「あ、えっと、ただいま」
「その手紙は何だい?」
「えっと…秘密」
ルティが秘密にするなら、内容を聞くべきではない。
少なくともこの時、ガイルはそう結論づけた。
「そろそろ四時か。調査を始めるか?」
「そうだね。まずは、見える範囲を調べてみよう」
書架のフロアへと移動する。
ここは誰もが利用することができる書架というだけあって、小さい子供でも手に取りやすいような低い本棚もいくつか並んでいる。
読書スペースが所々にあり、温かな黄色の光が室内を照らしていた。
ルティが歴史の本棚を、ハルテアが建築学の本棚を、トルテが辞書を、ガイルは児童書を担当する。
「なんで俺は児童書なんだ…?」
「意外とこういう大事な情報って、子どもの本とかにも書かれていたりするから」
「任せたよ、ガイル少年」
文句を言っても仕方がないので、担当の本棚へと向かう。
児童書専用の本棚なので、カラフルな本がずらりと並んでいる。タイトルが大きかったり太字だったりで、おまけに中身が分かりやすいので、歩きながら本を選別できた。
いくつか、図書館や歴史に触れている本を取り出し、読んでみる。
どれも、ヒラテルヒアの歴史ではなく、各都市や国の物語であり、正解ではなさそうだった。
またさらに歩き、適当な本を数冊選ぶ。
なんとなく手にした絵本に、気になる記述があった。
『かすみのおもいで はこぶりゅう どこかのそらをおよいでる はてなきとしょかん それをおいかけ ぼうけんすれば きっとであえる』
「…まさかこれってことは無い、よな…?」
気になって絵本のタイトルを見る。
『アヒルテラヒのドラゴン』と書かれたそれは、表紙絵に白い竜のような姿と、ヒラテルヒアのロビーが描かれていた。
ガイルは他に持っていた本を元の本棚に戻し、絵本を手にしてトルテのもとに向かった。
「なぁ、トルテ。この絵本なんだけど」
「おや、何か見つかったかい?」
トルテに絵本を見せる。
じっくりとそれを眺めていたトルテはやがて顔を上げると、
「あの二人にもこれを見せようか」
と言った。
ルティとハルテアにも絵本を見せる。
「きっとこれだよ!これ!」
「ハルテア、ここ図書館だから、もう少し小さく喋ろう…?」
「あ、ごめんね…!」
「やっぱり、二人もこれがヒントになると思うか?」
「うん。…ヒラテルヒアの記録は、白い竜。だから動くし、どこにいるか分からないんだ」
「これが分かったところで、次にどうすれば良いか分からないんだよな…」
「後ろのページは見てみたかい?」
トルテに指摘され、次のページを開いてみる。
『ぼうけんの たびにでるには としょかんの
あおいくじらにのっかって はてなきとしょかん
ずっとむこうへ とんでいく』
見開きで青い鯨の絵が描かれている。右のページには、ちょうどガイル達が今いるような書架のフロアが描かれていた。
「あっちのほうかな!?行ってみよー!」
ハルテアが早足で歩き出す。ルティ、ガイル、トルテもあとに続いた。
ハルテアが向かった先には両開きの扉があり、『この先招待されていない者、立入禁止』と札がかけられていた。
「俺達は招待されているから、入れるよな?」
「ここに鍵穴みたいなものがあるよー?なんか丸いやつ」
「羅針盤を入れてみるのはどうかな?」
ルティが持っていたラベンダー色の羅針盤を穴に差し込む。すると、ガチャリと音がして扉が開いた。
扉を開けると、書架のフロアよりずっと広い空間に出た。
壁の両側にそびえ立つように本棚が設置されており、天井が見えないほどで、下を見れば、床も見えない。
ベリオーロに渡されたままの望遠鏡を使って遠くの方を見ても、本棚の壁に終わりは見えず、どこまでも続いているようだった。
そして、一行のそばには、仄かに光る青い鯨がいた。
水中でもないのにゆったりとそこに佇む鯨は、発着場に停泊するボートのようだった。
「マソクジラの一種なのかな?」
「そうかもしれない。話してみるか?」
「試してみよう。──鯨さん、鯨さん」
ルティが呼びかけると、鯨がこちらをじっと見た。
「なにかしら?」
「鯨さんは、この図書館の遠くに向かうの?」
「そうね、あなたたちが求めるなら、どこまでも遠くに連れて行くし、ちゃんとここまで戻ってくるわ」
「冒険に連れて行ってくれる?」
「あなたたちの準備が良ければ。寝袋、保存食、たっぷり水の入った水袋。持ってる?」
ちょうどその時、ロビーの柱時計が午後六時を告げた。
「今は持っていないんです。明日また来てもいいですか?」
「ええ、いつでも待っているわ」
鯨と別れ、食堂に向かう。
「ガイル、ハルテア、トルテ」
「どうしたんだ、ルティ?」
「明日から、あの鯨さんと一緒に、ヒラテルヒアの記録を…白いドラゴンを追ってほしいの」
「ルティは一緒じゃないのー?」
「うん、私はちょっと…やらないといけないことがあって」
「何か手伝えることはあるかい?」
「今回のことについては…本当にみんなの手が必要になるまで、一人でやりたいの。…良いかな?」
「あたしはおっけーだよー!」
「ボクも問題ない」
「ルティ、何かあったら俺達に遠慮なく言ってくれ。必要な時が来たら、ちゃんと手を貸すから」
「ありがとう、みんな。…それじゃあ、ご飯食べよう」




