1-2-23 ヒラテルヒアの招待状
湖畔の街ノアラターンを発ってから三日後。
ルティ達は、疲れた足を休めるため、川辺に佇んでいた。
ルティとハルテアは足先を水に浸し、ガイルは梢の下で刀の手入れをして、トルテはちょうど昼寝から目覚めたところだった。
突然、コトンと音を立てて、分厚い封筒が現れた。
咄嗟に反応できたのはガイルとトルテで、警戒態勢を取っていた。
ルティもステッキを構えたが少し出遅れる。ハルテアは、ルティが指ささなければ気づかなかった。
「これは…なんだ?どこから、いつ現れた?」
「分からないよ。ただ少なくとも、火薬の匂いはしない」
「みんな、少し下がっててくれる?」
仲間が下がったのを確認してから、ルティは封筒に向けて強い風を吹かせた。
封筒が風にそよぎはしたものの、他に怪しい反応は見せない。
「糊を開けたら何か起きるとか?」
「いや、もう開いてる。…まるで、俺達に中を見てもらいたいみたいだ」
ガイルが代表して封筒に近づく。刀の先で封筒を突いたあと、手に持ってひっくり返す。
中から、紙が一枚と、ラベンダー色の羅針盤が出てきた。
「『霞の図書館、ヒラテルヒアへの招待状』…?」
" ご利用ありがとうございます。
本図書館は、出入り口が特殊な形になっております。
附属のコンパスに従い進んでいただき、最初に出会った扉の向こうがヒラテルヒアとなっております。
本図書館には、この世のあらゆる時代、あらゆる場所で記述された書籍が保管され、閲覧可能となっております。
新たな知恵を求める時、古の約束を思い出したい時など、いつでもご利用くださいませ。
初回利用時には、万象の司書による案内がございます。入口横の鐘を鳴らしてお待ち下さい。 "
「聞いたことないな。みんなは知ってるか?」
ガイルの問いに、二人と一匹は首を横に振る。誰も知らない図書館だった。
「なんだかよく分からないけどー、行ってみようよ!」
「よく分からないからこそ、慎重になるべきじゃないかい?」
「危険かどうか、分からないんだぞ」
「えー、気になる気になる気になる!ルティは?」
「えっと…気になる、かも…」
「だよねっ!」
ルティは読書が趣味だし、本がたくさん並んでいる様子を見るのは好きだった。城にいた頃も、図書室は大好きな部屋の一つだった。
ハルテアがルティの腕を掴み、走り出す。
「それじゃあ、行こっ!この不思議な図書館へ!」
「ハ、ハルテア!?」
こうして三人と一匹は、羅針盤に従って森の中を走ることになったのである。
……………………………………………………
羅針盤の指す先は一方向のみならず、二本目の針、三本目の針と出てきては方角が変わる。二度ほど、来た道をそのまま引き返す時もあった。
四本目の針が輝きながら一方向を示してようやく、一行の前にそれらしき扉が現れた。
存在感のある扉だった。丁寧に緻密に施された彫刻が、美しい配置で彫り込まれている。じっとそれを眺めていれば、彫刻された小動物が動くさまを見ることもできた。
重厚な木材で作られた立派なそれは、誰がどう見ても同じ感想を抱いた。
「…これ、犬小屋か?」
「鳥小屋じゃない?」
「小人の家かもよ!」
トルテにはちょうどよさそうなサイズ。
つまり、ほとんどの人間には低すぎるし小さすぎる扉だった。
「四つん這いになれば、なんとか入れそうだね」
「この向こうが、図書館?何かの間違いじゃないの?」
「ひとつ、ボクが様子を見てこようか?」
「たしかにトルテなら、すたたって行って帰ってこれるよね!」
「それじゃあ、お願いします」
トルテは頷くと、扉に近づいた。
扉は自動で内側に開く形になっている。扉の向こう側は眩しい光に照らされ、まるで見ることができない。
トルテがその向こうに消えたあと、少ししてから扉が自動で閉まった。
三人はしばらくそのまま、トルテの帰りを待った。
およそ十分後、再び扉が開き、トルテが戻ってきた。
「大丈夫?怪我とかしてない?」
「大丈夫だよ。それから、中は概ね安全だろうね」
「概ね?どういうことだ?」
「それは、彼女から直接聞いたほうが良いかもしれないな」
「彼女…?あっ」
概ね安全、と聞こえた瞬間、ハルテアが扉に向かって走り出したのだが、ルティとガイルは気づけなかった。
ようやく気づいた時には、ハルテアの足が扉の向こうに消え去る瞬間だった。
「わっ、ハルテア!」
「仕方ない、後を追おう!」
続いてルティ、ガイルも扉をくぐる。
最後にトルテが扉の向こうに行くと、扉は再び閉まった。
……………………………………………
眩しい光が消え去り、明かりに目がなれると、広々とした景色が目に飛び込んできた。
一行が立っていたのはロビーのようなところで、正面には巨大な柱時計が立てかけられており、ゆっくりと振り子が左右に動いている。
天井には白く輝くシャンデリアが等間隔に三つ並んでおり、広い空間を隅々まで照らし出している。
そして、ロビーを中心にして、周囲のガラス壁の向こうは、本棚が数え切れないほど並んでいた。どの本棚も本がぎっしり入っており、目に入る範囲だけでも何万冊本があるのか分からないくらいだ。
周りの景色に圧倒されていると、カツ、カツ、とヒールの音が響く。
音のしたほうを見ると、そこには小柄な女性が立っていた。
長い茶髪を背中に垂らし、赤いドレスを着こなしているその女性は、人形のようだった。
彼女が人形でないといえるのは、肌が生きる人のそれらしい色味であることと、退屈そうな表情をしているからだろう。
「ようこそ、霞の図書館ヒラテルヒアへ。わたくしは万象の司書、ベリオーロと申します。以後、お見知りおきを」
彼女は礼儀正しく自己紹介すると、ドレスの裾をつまみ上げ淑女の挨拶をした。
「みなさまはわたくしの招待状を受け取った旅人である、とそこの白猫が言っていました。間違いないですか?」
「うん。招待状、ここにあるよ」
ルティがそれを見せる。ベリオーロが近づき、背伸びして招待状の文面を確認した。
「たしかに、わたくしの送った招待状ですわね」
「ここは、招待状が無いと入れないのか?」
「いいえ、招待状がなくても、ここに入ること、利用できることは可能です。ですが」
ベリオーロはそう言ってから、正面のガラス壁のさらに向こうに見える窓を指さした。
「あちらのほうに入るには招待されていなければなりません」
「あっちって…庭園、とか?」
「いいえ。皆様に見えているこの場所──」
言いながらベリオーロは周囲のガラス壁をさっと指し示した。
「ここは、ヒラテルヒアのほんの一部にすぎません」
「地下とかに書庫があるから?」
「それだけではございません。このヒラテルヒアが霞の図書館と言われる由来、それは、最果ての書架が見えないほど遠くにあるからこそでございます」
ベリオーロは、懐から三本の望遠鏡を取り出し、ルティ達にそれぞれ手渡した。
「これを使って、あちらの方をよくご覧になってください」
「どれどれ……は?」
レンズ越しに窓の向こうを見ると、無数の書架が並んでいるのが見えた。ロビーから目視で見える範囲には天井と床があるが、窓の向こうは底なしの本棚の列が数え切れないほど並んでいる。
「この望遠鏡で見えない範囲にも、ヒラテルヒアは形を、環境を変えて広がっています。まさしく、最果てが見えないのです」
誰も何も発さず、ただ驚きを噛み締めていた。
犬小屋同然の小さな扉の向こうに広がっていたのが、無限の図書館だとは思えなかったからだ。
しばらくしてようやく、ルティが言った。
「ねぇ、どうして私達をここに招待したの?」
「みなさまをご招待したのは、ある記録を探して捕ってきてほしいからです」
「ある記録?」
「はい。ここ、ヒラテルヒアそのものの歴史を記録した媒体でございます」




