1-1-外 黒の断罪者、白の救済者
──黒の断罪者。
それは、常に黒い衣を身に纏い、青少年の少女のみにて構成される集団。彼女らは鋭い断罪の鋸を手に持ち、罪を犯した者の残香を探し街を歩く。
人々は彼女達を恐れ、特別な理由が無ければ近づこうとはしない。
──白の救済者。
それは、常に白い衣を身に纏い、青少年の少年のみにて構成される集団。彼らは優しく光るランプを手に持ち、赦されるべき人々を訪ね街を歩く。
人々は彼らを時に崇拝し、彼らが忙しそうでない時は積極的に近づく。
…なぜ、こんな正反対の集団が生まれたのか。
歴史を紐解けば、その始まりが街の起源に由来することが容易に想定できる。
ノアラターンは、大きな湖の周りにある街だ。
住人は、貧しい者から裕福な者まで様々であり、一つの街で多くの需要を供給できるように設計されている。
最大の特徴である湖には、湖底に別の街が築かれている。その街の名前もまた、ノアラターンといった。
ややこしいため、街の者は、湖底の街を、罪人の街ノアラターンと呼んだ。
湖底の街が罪人の街と呼ばれたのは、街がまだ街で無かったころに遡る。
ただの湖と、そのそばの無名の村だったかつてのノアラターンでは、昔、大きな事件が立て続けに発生した。
湖を拠点にする賊による略奪、虐殺。連日発生する放火。生まれたばかりの赤子が誘拐される事件など、きりがなかった。
無法の地であった無名の村には、法が必要だった。
良心ある者達によって次々と法が作られ、罪を犯した者は裁きの場に出された。
そして、追放の場が必要になった。
森に逃がせば、戻ってくる可能性がある。あるいは、他の村に迷惑をかける可能性がある。
ではどこに追放すれば良いか。
選ばれたのが、湖だった。
当時の人々は、古代の技術で湖底に街を築き、魔法を使って息ができるような環境を作った。
やがて無名の村にはかつての平穏が戻った。
後の時代、訪れた旅人か、あるいは村の者かのいずれかが、無名の村と湖底の地それぞれに同じノアラターンの名をつけた。
かつて村の者総出で行われていた裁きの場はやがて、特定の者のみで執行されるようになる。
彼らは、いつの間にか特定の容姿を取るようになった。それが、先に挙げたものだ。
断罪者は、罪を犯した者を。
救済者は、罪を赦された者を。
それぞれに役目をもって罪の裁定を行い、ノアラターンの平和と秩序を守っていくことになったのだ。
………………………………………………
黒の断罪者レヴィーナ及び白の救済者アルビは、それぞれの集団のリーダーを担当している。
その仕事は多岐にわたり、集団の統率に指導、裁判における執行に加え、街の防衛の指揮を執ることもある。
またリーダーである二人に限ってだが、レヴィーナが白の救済者の仕事を、アルビが黒の断罪者の仕事を代わりに受け持つ場合がある。
欠けた役割を埋めるための緊急措置だが、二人はこっそりちょくちょく役目を交換して秩序の維持を行っていた。
二人には、もう一つ大事な役目がある。
それが、新人候補の発掘──つまりスカウトだ。
白の救済者はすぐに候補が集まる。故に、選定は厳重に行う。
黒の断罪者も選定は厳重に行うが、立候補する者が少ないため、二人で候補者を探すしか無いのだ。
また候補を見つけても、三ヶ月間の教育訓練期間を耐え抜けない者であれば、役目を与えることはできない。
重大な任務でありながら、最難関ともいえる役目だった。
先日ノアラターンで密かに行われていた神獣シロウミギツネとそれを取り巻く事件が解決し、また同時に、半年に一度行われる罪人の釈放が行われた。
釈放された人々は、半年の執行猶予付きだが自由の身になり、街に復帰する。
その中に、方舟の家に所属する女性、エルテという者がいた。
彼女は青年期に足を踏み入れたばかりの年齢であるが、数年前に神獣の誘拐という事件を起こし、湖底の街で暮らしていたのだ。
今回の事件の解決に尽力したこと、相応の年月の間反省したことなどを踏まえ、数日前に釈放の身となっていた。
彼女は、ノアラターンに住む者としては珍しく、黒の断罪者とも白の救済者とも平等に接する民だった。
事件の件もあり、レヴィーナとアルビは彼女の動向を注意深く見守っていた。
そんなある日のことだった。
「わたし、あなた達の仕事に興味があるの。一日体験とかできない?」
「本気か?」
「本気だよ。ついでに、館の修復の手伝いもしたいし」
二人の説得に聞く耳を持たず、結局エルテは一日体験をすることになった。
レヴィーナは、彼女に黒の衣を渡した。
「今日一日はそれを着て過ごすんだ。それと、我々の側を離れるなよ」
「了解しました、リーダー!」
慣れない返答にどう反応すれば良いのか困るレヴィーナをよそに、エルテは渡された服に袖を通す。
「着替え終わりました、リーダー!」
「そうか。あとその、リーダーというのはいらないから外せ」
「はい!!」
続いてレヴィーナは、仲間の黒の断罪者に、今日一日エルテが体験で入ることを説明する。アルビもまた、白の救済者に事を伝えていた。
それから、彼女を黒白の館に連れて行く。
放火事件があり建物が半壊したが、優秀な仲間達によって復旧作業が続けられ、現在は外装のほとんどが元に戻りつつあった。
「今日は、我々にとって最も大切な部屋──審判の間を片付けようと思っていたんだが」
「どう片付けるにしてもー、この部屋の大切さを知らない人が片付けるのは、ちょっと我々としては許せないかもねー」
「ここは、どんな部屋なんですか?」
レヴィーナが、部屋の中央に進む。一段上がったところには、今は何もないが、かつては台座が一つ置かれていた。
「ここは、黒の断罪者及び白の救済者の最終選定を行う場所であり、任命を行う場でもある」
「我々はみんな、ここで最後の試験を乗り越えてからー、ここでそれぞれ、黒の断罪者お願いします、白の救済者お願いしますって言われるんだよー」
「言い方に神聖さが欠けているのが気になるが…概ねそういうことだ」
初々しい新人が、この場に集い、新たな役目を授かる神聖な場所。
放火されたのも、この部屋の外壁だったというのが悲しい部分だ。
「見ての通り、今ここには何も無い。今日、我々が行うのは──」
「行うのは?」
「床掃除だ」
「ゆかそうじ」
「そうだ」
レヴィーナが指さした先には、箒二つ、モップ二つ、雑巾数枚に大きなバケツと小さなバケツがそれぞれ一つずつ置かれていた。
「何もないからこそ、掃除しやすいだろう。早速始めるぞ」
三人は、丁寧に、入念に床を掃除した。塵を掃き取り、水で汚れを落とす。その後に床を磨き上げて輝かせる。
やることを説明するのは簡単なことだが、いざ実行しようとすると肉体的に大変だ。
その大変さ所以に、一種の修行ともいえる行為だ。
これを行った者は皆、達成感により晴れ晴れとした表情をする。
レヴィーナも、アルビも、エルテもそうだった。
「通常であれば台座も磨くが、現在修理中でここには無いため省略する。掃除はこれで以上だ」
気がつくと太陽が西に傾いている。夕暮れにはまだ遠いが、数時間後には黄昏時だ。
「次は何をするんですか?」
「次は…そうだな、街の巡回を行う。今日は南地区だ」
南地区は、工業製品の商業区だ。雑貨屋や飲食店の多い西地区とは異なり、職人が多い。
ノアラターンで二番目に事件の起きやすい地域であり、黒の断罪者は一日に三度はこの地域に出動する。
故に、街の巡回は欠かさず行う。大事な役目の一つだ。
街を歩きながら、エルテに見回りする上で大事なポイントやコースを教える。あくまで体験なので軽くしか教えられないが、彼女は飲み込みが早くすぐに理解した。
しばらく歩いていると、声をかけられた。
「黒の方、さっきあっちのほうで盗みがあったんですよ!」
「そうか、すぐに追いかけよう。特徴は?」
「緑のシャツを着た男です」
「そうか。情報提供感謝する。行くぞ」
三人は走り出す。
職人の多いこの地区では、緑のシャツを着た男など珍しい。すぐに男が見つかった。
「止まれ!窃盗の容疑で聴取を行う!」
「誰が止まるかよ!」
男の逃げ足は速い方で、三人と男の距離は縮まらない。
「アルビ、挟み撃ちする。エルテをつれていけ」
「りょーかい。エルテー、ついてきてー」
アルビとエルテが横道に反れ、レヴィーナのみが男を追いかける。
やがて路地の角に男を追い詰める。別の道からアルビとエルテも合流し、男は三方を囲まれた形になる。
「簡単に捕まってたまるかってんだ。来いっ!」
男の合図に、どこからか野良犬が数匹現れる。どれも大型の犬で、牙を剥き出し、唸り、こちらを威嚇している。
「さてその間に俺様退散っと…うげっ!」
男が叫ぶのも無理はない。というのも、アルビが手近な犬一匹を掴み上げ、そのまま男の方へと投げたのだ。男は慌てて避け、犬達は仲間が投げられたことに動転し威嚇をやめている。
「アルビ!小動物は投げるな!赤子のように優しく扱い、愛するように触れろ!」
「難しいこと言うなぁ…というかあれ、大型犬だよ?」
「象よりは小さいから小動物だ」
「えー、そうかなぁー?」
「今のうちに、」
「逃がすかっ!」
他の犬が思い出したように攻撃を再開するが、アルビが取っては投げるせいで、あまり役に立っていない。
男が逃げ出そうとするが、レヴィーナが先に回り込み鋸を使って逃走を阻止する。
「ひぇ…」
「窃盗容疑及び公務執行妨害により逮捕する」
こうして事件は解決し、男は捜査部門の者に引き渡された。
その頃には夕暮れは過ぎ、宵が空を覆いつつあった。
「さて、異例の一日体験はどうだった?」
「すごく楽しかったです!やっぱりわたし、二人みたいに仕事したいと思いました」
「我々の仕事に興味があったのか?珍しいな」
「えへへ…どうしても、あの街だと、何か新しいことをしたり目指したりしようと思うと皆さんぐらいしか参考にできなくて…」
「そうか。興味があるなら、今度の新人候補に名前を入れておこう」
「ありがとうございます!」
「では、これで一日体験を終了──」
「え?まだですよ?」
レヴィーナは考えた。仕事は本当にこれで終わりなのだが、まだ何かあるのだろうか。
「夜から朝まで、何をするのか教えてください!」
「断る!我々にもプライベートというものがある!」
「そこを何とか!」
「ことわる!」
こうして、レヴィーナとアルビの夜は更けていく。
近いうちに、新しい黒の断罪者が生まれることだろう。




