1-1-22 おまじない
三日後、ルティ達は湖のそばで湖面を見ていた。
罪を赦された人々は、行きと同じく帰りもボートに乗り込む。戻ってくる場所は、審判が行われる舞台の近くだ。
ルティ達は例外的に無罪の身で罪人の街ノアラターンに入ったので自ら泳いで行き来したが、本来であればこっちが正解だった。
ハルテアの隣にいるトルテは、不安と期待が入り混じった表情で、静かな湖面をじっと見ている。
「そろそろだな」
アルビが事前に一行に伝えていた時刻になる。
ルティ達のそばには、半年に一回の釈放の寄港を待つ人々がいた。彼らもまた、それぞれの大切な人が帰ってくるのを心待ちにする人々だ。
群衆のうち一人が声を上げる。
「来た!」
誰かが指さした場所を我先に見ようと人々が身を乗り出す。
暗い湖底から、ぐんぐんと影が大きくなりこちらにやってくる。
やがてそれは四隻のボートになり、元罪人六人と、護送担当のレヴィーナの七名になる。
歓声が上がり、拍手が響く。笑う者もいれば、泣く者もいる。
「エルテ…!」
トルテが走り出した。小柄な白猫の身体が、先頭のボートに乗っていた女性の──エルテの腕の中に飛び込む。
「ただいま」
「おかえり…!」
彼女たちの周りでも、再会を喜び、抱き合う人々がいた。
ルティはそれを後ろから眺めながら、呟いた。
「本当に良かったね、トルテも…みんなも」
群衆をかき分けてレヴィーナがやって来る。ほんの三日前に会ったばかりのはずの彼女は、疲れた顔をしていた。
「毎度のことにはなるが、護送の時はいつもこうだ」
「お疲れ様!」
「そう言いながら、これは罪には問わない件だろ?」
「まぁな。いちいち取り締まれん。こっちは一人なんだ」
レヴィーナの相方であるアルビはといえば、現在復旧作業中の黒白の館で「現場監督」をしているらしい。この場にはいなかった。
「このあとはどうするの?」
「一度全員を連れて…本来であれば黒白の館で行うんだが、いかんせん半壊していては書類が上手く書けないからな、貸し切りにしたホテルに行って釈放の旨に関する書類の記入をしてもらう。それをして初めて自由の身だ。執行猶予付きだがな」
レヴィーナがそう宣言した通り、元罪人六人は大きなホテルに連れて行かれ、約二時間後に出てきた。
「エルテ!ご飯食べようよ!」
「この三日間の間に、ハルテアはお気に入りのカフェができたんだ。俺も何度か行ってる」
「へぇ、そこはボクも入れるかい?」
「ペット可だったはずだ」
ルティ達とエルテは、ハルテアを先頭にして通りを歩き、可愛らしい外装のカフェに入った。
テラス席を確保し、注文をして食事が届くのを待つ。
「このお店、行ってみたかったんだよね。ちょうどわたしがマルのところに向かう月にオープンしたから、行けないままだったの」
「メニューも種類豊富で、迷っちゃった」
「選択肢が多いのは良いことだ」
ルティの反応にガイルが返す。
そうしている間にも注文したものが届けられ、テーブルに並べられた。ルティとハルテアはそれぞれ違うベリーソースのパンケーキ、ガイルはトマトパスタ、エルテはチョコレートとパイナップルのパフェだ。
「トルテは、今もこれ好き?」
「エルテがくれるものは何でも好きだよ」
エルテがトルテに猫用のクッキーを差し出す。カリカリとそれを食べるトルテを見るハルテアが、複雑な顔をしていた。
「どうしたの、ハルテア?」
「うーん、なんていうか…もやもやする。トルテが取られたみたいで」
「みんな友達、じゃないのか?」
「そうだけどー…なんだろ、これ…」
クッキーを食べていたトルテが顔を上げてハルテアの顔をじっと見た。
「ヤキモチかな?」
「なんかこの流れ見覚えあるな?」
「安心しなよ。ボクはハルテアも愛しているさ。エルテはボクにとって生まれた時からの家族。ハルテアはボクが大人になってからの家族。エルテは兄弟みたいなもので、ハルテアは相棒だ。向ける愛情の形は確かに違うけど、どちらも愛しているのは変わらないよ」
にこにこと笑いながらそう言うトルテ。
カフェでの時間は穏やかに流れ、ルティ達は店を出てショッピングをした。
旅のための物資の購入をしたり、息抜きに雑貨屋に入ったりする。
エルテはトルテに、桃色のリボンをあげていた。
夕方になる頃、ルティ達は宿屋に向かう。
「エルテは、方舟の家に帰るの?」
「うん。プリートさんたちには、迷惑も心配もたくさんかけたから。元気な顔を見せておかないと」
「明日の朝、西門に来れる?」
「うん。見送り、ちゃんと行くよ」
宿屋の前で別れ、ルティ達はそれぞれの部屋に帰る。
夜が更けてきたころ、ルティは、さっき雑貨屋で買った物を一つ取り出した。
アルビから教わった簡単な『おまじない』をかけ、それを持って部屋を出る。
すぐ隣の部屋の扉をノックし、部屋に泊まる人が出てくるのを待つ。
しばらく出てくる気配が無かったため、もう寝ているのかと思ったが、少しすると中から彼が出てきた。
「どうしたんだ…ルティ?」
「ごめんね、ガイル。起こしちゃった?」
「いや、まだ起きていたけど。本当にどうしたの?」
「これ、渡したいなって」
ルティは、持っていたものをガイルに差し出した。
「栞?」
「うん。今、渡しておきたいって思ったの。受け取ってくれる?」
ガイルが栞を受け取る。少しそれを観察したあとに彼が言う。
「なぁ、これ…アルビの『おまじない』かけてないか?」
「やっぱり分かっちゃった?」
「俺、皇子の元護衛だからな。怪しいものとか危険なものとか…これはそういう類のものには見えないけど、まぁそういうのには敏感なんだ」
「ガイルを守りたくて、つい」
ハルテアにはペンを送ったが、ガイルにはペンよりも栞のほうが良いと思ったのだ。
暴走したマルの攻撃によって分断された時、ルティは強い恐怖を感じていた。見えないところでガイルが深い傷を負ったらどうしよう、と嫌なイメージが離れない。
同じ部屋の中でそうだった。もし、もっと広い戦場で分断されたら、どうなるだろうか。
「それに、私自身のためにも、そうしたほうが良いなって」
ガイルがルティの顔をじっと見てくる。ルティはなんとなく視線をそらし、ガイルの反応を伺った。
「ありがとう、使わせてもらうよ。『おまじない』も一緒に」
「…!こちらこそ。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
ガイルの部屋の扉が閉まるのを待って、ルティも自分の部屋に帰る。
そうしてまた、机に向かい、カーテンを閉め、書物に向き合う。
胸の奥がどきどきするのを抑えるのが大変な夜を過ごした。
………………………………………………
翌朝──ルティは朝の七時頃にハルテアに起こされた──朝食をとったあと、ルティ達は西門に向かった。
ノアラターンを離れ、今日から南へ向かうことになっている。ひとまずの目的地はエルガル駅、列車の始発駅だ。
昨日、ホテルでレヴィーナと別れる前に、ルティ達は人数分の列車のチケットを渡されていた。
彼女が言うには、今回の調査及び事態の解明における活躍による報酬として用意したものらしい。
旅の中で少しずつ貯めていたムアは、アーバルトからフィルガレ大陸に向かうための旅費にまわすことになる。
西門に到着すると、先に待ってくれていた、レヴィーナ、アルビ、エルテがそこにいた。
「貴殿らの旅の平穏を祈ろう」
「我々はこの街でー、君たちを応援しているからねー」
「いいなぁ…旅。トルテ、連れて行ってくれたりは──」
「貴殿はまだ執行猶予期間だ。半年は我慢してくれ」
「ですよねぇ…。みんな、気をつけてね」
「エルテ、プリートさんたちをよろしく頼んだよ」
「みんなも元気でねー!またどこかで会おうねー!」
短い別れの挨拶を済ませて、一行は再び旅に出る。
行く先、アーバルトはまだ遠いが…確実に近づいていた。
…………………………………………………
灰色の光が照らす、灰色の廊下にて。
一人の男が、目の前に立っていた男に声をかける。
「ルグテース様。ご報告が」
「どうだった?」
「ルティレットですが、ノアラターンの街にいるとのこと。カラスを飛ばしましたが、警戒されているのか、カーテンが閉められており進捗状況は不明です」
「ふむ…あの子はこの私を信頼しているように見えたがな…まぁいい。引き続き、追跡を頼む」
「承知しました」
男がその場を去ると、入れ替わりで女が一人やって来る。
「作戦を実行に移す。次の報告が来しだい出発し、ルティレットを生け捕りにしてここに連れてこい」
「承知しました」
女が去り、ルグテースという男はほくそ笑む。
「ルティレット、もうすぐだ…待っていてくれよ」




