1-1-21 湖からの帰還
ハルテアとガイルが毛布に包まり、穏やかな寝息を立て始めた頃。
ルティは眠ることができず、ぼんやりと天井を見つめていた。
マルは夕食のあとすぐに彼の住処へと帰り、ガラス窓の向こうにその姿はない。
エルテとレヴィーナは、夕食の片付けを手伝ったあと外に出ていったままだ。
なんとなく二人のことが気になり始め、身体を起こす。そのまま部屋を離れ、空き地に向かった。
空き地に着くと、エルテとレヴィーナがこちらに背を向けて立っていた。何かを話しているわけでもなく、ただ水面の向こうに見える月の揺らぐさまを眺めているようだ。
こんばんは、と声をかけると、二人が振り返る。
「ルティ、寝てないの?」
「お昼にたくさん寝たからかな、あんまり眠れそうになくて」
「ふむ…蜂蜜入りのホットミルクでも用意するか?幸い手元に材料はある」
レヴィーナがそう言いながら、懐から蜂蜜の小瓶を取り出す。
「なんで持ち歩いているの…?」
「疲れた時、天然の糖分が良いと聞いたからだ。飲むか?」
「うーん…あとでいただこうかな。…二人は、何をしていたの?」
「月を眺めていた」
「水面の下から見るの、そろそろ見納めになるから」
「どういうこと?」
ルティが質問すると、エルテとレヴィーナは顔を見合わせた。
「そういえば、ルティには言ってなかったよね?」
「ああ……実は、エルテは三日後、地上に戻ることになった」
「そうなの?おめでとう」
「ありがとう」
「とは言っても、あくまで執行猶予付きの自由だが。地上に戻っても半年間は我々の監視が付く。その間に罪を犯せば、またここに逆戻りだ」
「マルがもう大丈夫だから、変なことはもうしないよ。約束する」
「じゃあ、トルテにも会えるかもね。そんなにすぐには出発しないから」
次の経由地が決まっていないため、物資を購入したり経路を調べたりなどで、出発はしばらくあとになることが決まっていた。
「そうだ…トルテと言えば」
「トルテがどうしたの?」
レヴィーナが、地上の黒白の館で火事が起きたこと、そこでトルテが言っていたことなどを、ルティに話して聞かせた。
「灰色の…ドクター…?」
「貴殿に聞き覚えは無いようだな。が、気をつけるに越したことは無い。素性も目的も何も分かってはいないが、攻撃的な手段でもって貴殿を追いかける連中だ、何を仕掛けてくるか予想ができない」
おそらく、ルティを追いかける彼らの目的は書物そのものだろう。
エルテとレヴィーナには書物のことはあまり話していなかったが、大事な仕事があることは伝えていた。彼女達にも、なんとなく察しはついているだろう。
「教えてくれてありがとう。充分注意するよ。…ガイルとハルテアには伝えてあるの?」
「彼らも仲間なのだろう?伝えるべきと思って伝えておいたが…何か不都合があっただろうか?」
「ううん、伝わっているなら大丈夫」
旅が終わるまで、あの二人には苦労をかけるだろうが、ルティは二人が困った時には最後まで力を貸すことを決めている。こうなれば、一蓮托生だ。
エルテが欠伸をして眠そうにしたので、三人の集会はそれでお開きになった。
……………………………………………
翌日の午後、ルティ達は罪人の街ノアラターンを離れる支度をしていた。
神獣シロウミギツネの咆哮の原因の調査と解決は済んだし、エルテにも接触できて、彼女は数日後には地上に戻ってくる。もう滞在する理由は無かった。
「武器よし!グマルよし!服よし!身体よし!忘れ物無いよー!」
「確かに忘れ物は無いけど…その確認方法で良いのか…?」
「まぁ、ハルテアらしいし良いんじゃないかな」
街の入口に向かう三人を、エルテとレヴィーナが見送りにやって来る。二人は、地上への護送の関係でもう暫くこの街に残るらしい。
「またすぐに会おう」
「こちらこそ、地上で待っていますね」
白の番人がやって来て、街を離れる三人を一通り見てから、
「罪を犯してここに来ることが無いことをお祈りしましょう」
とだけ言い残し、またどこかへ去っていった。
レヴィーナ曰く、罪も犯していない、黒白の人でもない者が罪人の街ノアラターンを去るのが初めてで、対応に困ってああしたのだろう、ということらしい。
三人はグマルを食べて空気の膜を通り抜け、湖の中へと潜り込む。振り返って二人に手を振り、地上へ向かって泳ぎだした。
半刻ほど泳ぐと、久しぶりに見た、二つのランプがぼんやり辺りを照らす暗い場所に到着する。
水に濡れて重くなった身体を起こし、久しぶりの明るい光に目を瞬かせていると、黒の番人がやって来た。
「早くもなければ遅くもない…ちょうど良いタイミングの帰還ですな。…さぁ、さっさと地上に戻りなさいな。暗闇はきっと…貴殿らには似合わない」
黒の番人は、笑おうとしたが上手く笑えなかった、という感じの歪んだ笑みを見せた。そして、三人に先導して階段を上り、廊下を進み始める。
黒の番人は鉄のはしごのところで立ち止まり、一礼するともと来た道を戻りいなくなった。
三人は鉄のはしごを上り、地上に出て──全員が思った。サングラス持ってくれば良かったかも、と。
数日ぶりに太陽の下に出てきたのだ。旧集会所は比較的日陰の当たりに建てられていたが、それでも眩しいものは眩しい。
ようやく明るさに目が慣れると、ルティ達は黒白の館に向かって歩き出した。
話には聞いていたが、黒白の館は火事によって半壊していた。むしろ半分残っていたのがすごいくらいで、どうやら消火活動がスムーズに済んだかららしい。
復旧作業も順調に進んでおり、燃え落ちた部分の柱には早くも板材が掛けられており、黒と白のローブを着た若者があちらこちらで駆け回っている。
邪魔にならないところで立ち止まって復旧の様子を見ていると、アルビとトルテがやって来た。
ハルテアがトルテに駆け寄り、抱きしめる。
「お疲れ様ー。大変だったでしょー。レヴィーナが向こうに行ったけど、すれ違わなかったー?」
「はい、ちゃんと会えました。そっちも大変だったみたいですね」
「うん、家燃えちゃったー。直すの大変だよー」
「その…大工とかはいないのか?」
「この街にー?いるよー、そりゃあ。けどね、黒白の館はこの街でも大事な建物だからー、なんかあったら我々の手で直すって決まりがあるんだよねー」
アルビが困った仕草をする。
その横でトルテが心配そうにハルテアに語りかけていた。
「ハルテア、怪我はしてない?」
「大丈夫だよ!」
「エルテには会えた?あの子は、元気にしていた?」
「うん!会えたよ!元気だったよ!!」
トルテが、今まで見たことがないくらい幸せそうな顔をした。
「レヴィーナさん、三日後には地上に戻ってくるそうです。エルテを連れて」
「うん、知ってるよー。それまでどうしよっかー」
「復旧作業をするんじゃないのか?」
「みんなは、ねー。我々二人は現場監督なんだけどー、みーんな優秀だから我々二人の仕事がなくてー…暇なんだー」
「それ、現場監督を放棄してるんじゃ…?」
「あ、そーだ。何があったのか、教えてよー。暇つぶしにちょうど良いからさー」
「元々報告するつもりではあったから、まぁいいか」
本当に暇そうにしているアルビに、罪人の街ノアラターンで起きたことを話す。
話が神獣シロウミギツネ・マルと戦う場面に進むと、アルビが面白そうに反応して、相槌の回数が増えた。
そして話が終わると、アルビが言った。
「今回はなんとか勝てたみたいだけどー、これからもっと安定した戦い方をしたいならー、遠くから援護してくれる人が必要なんじゃないかなー」
「射手とか射撃手とかのことか?」
「そうそう。君達これからアーバルトに向かうんでしょー?なら仲間を見つけておくにこしたことないよー。最近、魔物が増えているんだってー」
「アーバルトは魔物がかなり少ない地域のはずなんだけどな…」
「そうなの?」
「ああ。だからこそ、大学を経営したり港で貿易をしたりすることができるんだ」
「そっか。それなら、私達も強くならないとね」
「強くなりたいならー、我々のとっておき、教えてあげよーか?」
「とっておき?」
アルビがにこにこと笑う。
「そう、とっておき。相手の心の内を読めるっていう魔法」
彼の持つランプが光った気がした。
「必要な時には仲間と連携を取ったり居場所を見つけることができる魔法。
敵対する相手の作戦を読んで、対応することのできる魔法。
ルティ、君なら身につけられそうだけど。どう?」
心を読む魔法は、大昔に作られた魔法の一つであり、禁忌の魔法の一つだ。
が、ルティは、禁忌の魔法も使う覚悟ができている。
そもそも、マルと戦った時に使用した癒しの魔法さえ、場合によっては禁忌の魔法に数えられるくらいだ。
「教えてください」
「おっけー、暇つぶしに教えてあげるー。レヴィーナが帰ってくるまで特訓だー!」




