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最果ての魔法の読み取り方  作者: 星の入り江
第一章:灰色の導き
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1-1-18 ノアラターン(6)

「あなたがエルテなの!?」


 ハルテアの声が、誰もいない通りに響く。


 エルテと名乗った女性が口元に人差し指を立て、騒ぎすぎ、と伝えた。


「隠れ家があるの。そこまで案内します。ついてきて」


 有無を言わさぬ言動に、一行は何も言わずついていくことにした。


 通りを何度か右に左に曲がり、ラベンダー色の小さな家に入る。


 中には住人らしき中年の夫婦がいたが、エルテは軽く挨拶しただけで廊下の奥へとずんずん進んでゆく。


 とりあえずルティ達も彼女に習い、後を追った。


 エルテが奥の部屋で扉を開くと、下に続く螺旋階段があった。


 それを降りると、壁一面がガラス張りになっており、街の入口から離れているはずのその場所からは、なぜか湖の中が見えた。


「ここなら、もしかしたらあの子が呼び出せるかも」

「あの子って…シロウミギツネのことか?」

「そう、神獣シロウミギツネ。あの子の名前は、マル」


 エルテが窓の方を向く。暗い湖の中には、神の獣と称されるようなものはいない。


 すると、彼女が歌を歌い始めた。歌詞はないが、澄み切った水を思わせるような歌で、どことなく口笛の音に似ている。


 しばらくすると、遠くの方から白い何かが近づいてきた。


 それはやがて窓のすぐそばまで泳いでくる。


「この子が、マルだよ」


 エルテがガラスに優しく手を添えて言う。


 マルと呼ばれた神獣シロウミギツネは、狐とイルカを足して割ったような見た目をしていた。左右三対の鰭を持ち、三本の大きな尾で水を掻いている。全体的に真っ白で、暗い水の中でも輝いているようだった。


 圧倒されて言葉の出ないルティ達だったが、やがてシロウミギツネの様子を見てルティが呟いた。


「マル、もしかして、喋れない?」

「本来なら喋れるよ。だけど今は、体調を安定させるために、会話のエネルギーを節約しているの」

「体調が良くないの?」

「少し前から。身体が痛いって、たまに吠えるの。水面に水柱が立っちゃうから、エネルギーを節約して、抑えてるんだって」

「原因は分かるの?」

「確証があるわけじゃないけど。最近、侵入者が多いんだよね。灰色の服を来た人達なんだけど、勝手に湖に潜ってきて、マルに何かしてくるんだって。…変な人の手からマルを守るために、わざわざ移動させたのに」

「そのことについても訊きたかったの。昔、何があったの?」

「その前にわたしからも質問させて。あなたたちは、わたしのことを知っているの?」

「名前くらいしか知らないけどね。一番詳しいトルテは今、地上にいるから」

「トルテのこと、知っているの?」


 エルテの表情が変わる。


 そんな彼女に、ハルテアが答えた。


「トルテはあたしの相棒猫なんだー!あたし、探偵の卵なんだよ!だからトルテは、探偵猫!」

「探偵猫…」


 寂しそうな表情で、エルテが言う。


「なんだか、不思議な気持ちだな。友達が、わたしの知らないところで、新しい居場所を見つけているのに、嬉しいはずなのに…もやもやする」

「ヤキモチを焼いているのか?」

「ヤキモチ…これが?」

「新しい友達が羨ましくてヤキモチなら…あたしたちとも友達になろうよ!そうすれば、皆友達!」


 ハルテアがエルテに飛びつくと、エルテが慌ててハルテアを抱きとめる。


 年の近い女性との関わりが少なかったのか、エルテは困ったような顔をしていた。


「ハルテア、いきなり段階を飛ばしすぎなんじゃないか?」

「えー、友達ならこれくらいぐっと近寄るくらいがちょうど良いと思うよー!?」

「それは人によると思うな…」

「エルテはどう思うー?」

「えっと…嬉しいけど、ちょっと話しにくいかな…?」

「それは大変!」


 ハルテアが離れると、エルテは一息ついてから、続けた。


「わたしがここにいる理由、だよね。たぶん、トルテが知りたがったんだよね?」

「うん。トルテ、心配してたよ」

「そっか…話すと長くなるけど…

わたしね、ずっと幼い頃に両親を亡くしたの。二人とも、病気で死んで、天国に逝った。

 一人ぼっちになったわたしは、方舟の家に入って暮らすことになったの。

 ある時、湖のそばに行った時、マルがわたしのそばにやって来たの。トルテと一緒に見つけた古い石板の歌を歌えば話せることに気づいて…友達として色々話しているうちに、変な人がマルの生活に入ってくるってことを知った。

 最初は、方舟の家で匿えないかなって思ったの。でもマルは、水の中じゃないと元気が無くなっちゃう。

 次にね、マルを広い水槽に逃がせないかなって思ったの。資金が無かったから、これはできなかった。

 それで思いついたのが、このノアラターン、罪人の街のノアラターンに隠すこと。ノアラターンに入れる人は少ないから、それで隠せると思ったの。

 トルテには、そこから先のことは秘密にしておいたの。

 マルは寂しがりやだったから…どうにかしてわたしもついていく必要があった。マルは、わたしのことを呼んでいたんだ。

 けど、マルの声を聞いた他の人がいた」

「それが、ジョルヴィさん?」

「そう。彼はマルの声を聞いたあと、マルのそばに近づくために湖に何度か潜ったの。そこで、わたしと出会った。

 わたし自身は、罪を犯しても一度は見逃される年齢だったから、ノアラターンに行けない。だから、彼の手を借りた。

 彼が罪を被り、わたしが彼の共犯者となってノアラターンに向かう、そういう計画を立てて…成功した」


 一通り話したあと、エルテがはっとして食器棚に向かい、慌ててマグカップを人数分用意した。


「ごめんね、普段人を呼ぶことがないから、お茶の用意を忘れてた」

「大丈夫だよ!お手伝いする!」


 ハルテアが申し出て、マグカップを受け取った。


 ルティとガイルはテーブルの上を片付け、スペースを確保する。


 エルテが淹れたハーブティーが湯気を上げるころ、四人は椅子に座り相談をした。


「マルに近づく侵入者をどうにかしないと、たぶんマルの体調は悪くなるばかりだろうし…上の人にも迷惑がかかるし」

「他の場所に移動させるのは…難しそうだな」

「相手が何なのか分かれば、そのアジトを見つけてやっつけるだけなのに!」

「灰色の服、ってことは…ガイルの故郷の人?」

「俺が見たわけじゃないから、ただ服の色が同じだけの別のやつらかもしれないけど、可能性はある」

「何か訳ありなの?」


 エルテの問いに、ガイルが追われている理由を語る。

 

「聞いたことのない神様に振り回されているんだね」

「そういえば、エルテはマルを呼び出していたよね!神の獣って敬称されているマルをどうやって呼べたの!?さっきの歌!?」

「歌…というか、音波かな。ガラスの向こう、遠くにいるマルにも届くように伝えるには、普通に話すだけだと届かないから」


 エルテが歌っていた時に使っていたのは、魔素の振動を利用した音波だった。


 ルティは魔素をかなり身近に感じられるから原理が分かったものの、ガイルにはよく分からなかったみたいだし、ハルテアは分かっているのかいないのか判別つかない反応をした。


「手っ取り早く事態を解決する方法はあるけど…そうすると、マルが危険な目に合うことになる」

「一応聞かせて」

「マルに接触する人の後を追う。そのままアジトに行って、マルにしたことを調べる。アジトを潰した後、マルを治療する。この方法だと、最初に怪しいやつらにマルを接触させないといけない」

「でもそうすると、いつ接触してくるか、分からないよね?」

「そうだね…私達がここに滞在できるのは最大一週間。それまでに接触されないと、私達からは何もできなくなる」

「他に良い方法は無いかな…でなければ、向こうから来てもらう方法は…?」


 すると、マルがガラスを鼻先でこつこつ鳴らしてエルテを呼んだ。


 魔素の振動を利用してエルテが会話する。


 しばらくして、彼女がテーブルに戻ってきた。


「マル、その作戦が良いみたい。気に入った、あいつらを呼ぶのは任せてって言ってる。ただ、今日は難しいんだって。明日やるって意気込んでる」

「どうやって呼び込むんだ?」

「わたしには分からない。でもマルは神の獣。きっとわたしには想像できない方法でどうにかできるんだと思う」

「じゃあ、私達にできるのは、マルが作戦を実行するまで待つことだね」

「今夜はここに泊まっていって。そのほうが、明日の作戦にすぐ反応できるから」

「いいの?上の人たちは、あたし達が泊まるの大丈夫?」

「あの人達はわたしが大事なことをする時には何も言わないでいてくれるの」


 やがてマルが湖の向こうへと帰り、夜の帳がノアラターンに降りてきた。


 ノアラターンに届く食材はあまり新鮮ではないものの、美味しく調理すれば問題なく食べられる。


 ルティとガイルが夕食を作って振る舞うと、エルテが感動していた。彼女は料理はできないという。


 夕食の後、毛布を借りて広い部屋の中で雑魚寝する。


 エルテはずっと、今までやったことがないことばかりで興奮しっぱなしだった。


 ルティはなんとか彼女を落ち着かせて眠らせると、明日に備えて自分も瞼を閉じた。

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