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最果ての魔法の読み取り方  作者: 星の入り江
第一章:灰色の導き
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1-1-16 ノアラターン(4)

食事会もお開きになり、ルティ達はそれぞれに用意された部屋に移動した。


 普段はガイルの部屋で寝泊まりするトルテは、今日はハルテアの部屋に行くらしい。


 久しぶりに一人になったルティは、部屋の鍵を閉めたあと、窓辺に移動した。


 夜になっても、街明かりが道を照らし出している。


 漁業も行われるこの街では、暗くなったからといって全ての労働が終わるわけではない。そうした夜中の労働者が困らないように、街灯は夜中も灯されている。


 カーテンを閉め、机に向かう。紙とペンを用意してから、例の書物を取り出した。


 旅に出てから、一人になれるタイミングを見計らって少しずつ解読を進めていたものの、ガイルにハルテア、トルテと仲間が増えるにつれてそれも難しくなり、最近はほとんど進められていなかったのだ。


 栞を挟んでいた部分から解読作業を進める。


 その最中、ルティはずっと、トルテのことと、エルテという少女のことについて考えていた。


 秘密を抱えながら旅をする関係上、ルティにはエルテが隠しているものについてぼんやりと認識していた。具体的にそれが何であるかと言われると困るが、何か隠したがっている意思を、スケッチブックの絵に書かれた彼女の肖像画から読み取った。


 明日の昼からは、ルティ達は実際に湖の中に潜り込み、調査を開始する。トルテのためにも、エルテを見つけてあげたいと思ったし、ぜひ話を聴いてみたいと思っている。


(一人で全部を抱え込もうとする気持ちも、それに伴う苦しみも、きっと私なら理解できるはず)


ルティは、ルティ自身の秘密の象徴である書物に向き合いながらそう願った。

…………………………………………

翌朝、といっても昼も近づいた頃、一行はレヴィーナに指定されたポイントまで歩いていた。


 法律があるため普通は湖に入るものはいないし、罪人はしっかり取り締まられているので、正面から潜り込もうとすると不都合が生じるかららしい。


 出発前、レヴィーナがルティに書類を渡しながら言った。


「一般市民には知られていないことではあるが、我々も半年に一度の頻度で秘密裏にノアラターンに行っているんだ。その通路を、貴殿らが通行することを許可するものをこの中に入れてある。番人には伝えておくが、念の為これは持っていてくれ。きっと必要になる時がくる」


 路地を通り抜け、裏路地らしいところを通り、段々と人の気配が無い場所へ、薄暗い場所へと進んでいく。


「本当にこんなところで合っているのか?」

「少なくとも、目印の旧集会所まではこの道が最短ルートだよ。そこから先は…ボクもあまり知らないな」


 道がだんだん狭くなり、やがて人一人がやっと通れるほど細い道になる。道端には腐った木箱が置かれており、相当長い間放置されていたことが伺えた。


「この地区は、罪人を湖の中に追放する前の時代に罪人が暮らしていた地区なんだ。当時は有罪になる人が少なかったから、狭い地区でもなんとかなっていたみたいだけど、法制度がしっかりしてからは罪を犯す人が増えてしまったから、湖の中に追放する制度ができたみたいだね」

「トルテ、詳しいね?」

「今朝、アルビが教えてくれたんだ。君達が眠っている間にね」


 しばらく歩くと、道が広い空間に繋がる。


 中央には、元々集会所だったという崩れた家屋があり、壊れた噴水の跡からは地下水がぴゅーぴゅー飛び出している。


 ルティ達は、家屋の中に入り込み、事前に聞いていた地下室の入口を探した。


 ほどなくして見つかったそれは、丸い木製の扉で、開けると冷たい地下の空気が顔に吹き付ける。


 錆びた鉄の梯子が掛かっており、ガイルがそこに足をかける。


「なんとか俺でも降りられそうだ。とはいえ、定期的にここを使うなら、もう少し改善することを推奨したいけどな」

「安全に降りられそう?」

「まぁ、一人ずつ、慎重に降りれば問題ないだろうね」

「そう。じゃあ、健闘を祈るよ」

「トルテ?ついてこないの?」

「これから、湖の中に潜り込むんだろう?よく考えてごらんよ、猫が水の中に潜り込めると思うかい?」


 ルティは頭の中で、猫のトルテが泳いでいるのを──それも、湖の底に向かって潜っていく場面を想像した。…できなくはないだろうが、それでも大分無理がある。


 ガイルとハルテアも同じことを考えているのだろう、全員が渋い顔をしていた。


「ほらね。ボクは、ボクにできる範囲で、水柱のこととかエルテのこととかを調べるよ」

「エルテさんに、直接会えるかもしれないのに…?」

「ふふ、会いたいからこそ、ルティ達を信じて送り出すんだよ。きっと、君たちなら、エルテを連れ戻してきてくれるだろう?」


 その時のトルテの瞳は、何かにすがるような、希うような、そんな色を宿していた。まるで、幼い子供が親に向けるように。


「わかった。私達に、任せて」


 ルティが宣言すると、トルテが喉をゴロゴロ鳴らしてすり寄る。それはまるで、任せたよ、と言っているようだった。


 トルテが街へ戻り姿が見えなくなると、ガイルから順番にはしごを降りる。


 誰も何も言わず、ただ鉄のはしごに足をかける規則的な音だけが響く。


 しばらくすると、湿った地下の広い空間に出た。薄暗くてあまりよく見えないが、離れたところに誰かが立っているのが見えた。


「あの人が、番人かな!?」

「多分な。話しかけてみよう」


 ルティ達が近づくと、その人がゆらりと反応する。


 濁った黄色い瞳が冷たく刺すようにルティ達を見つめる。長い年月をかけて背中が曲がりつつあるようで、身長こそルティ達より小さいが、発せられるオーラは強大なものだ。


「貴殿らか……この、辺鄙な地下にわざわざやってきて、わざわざ罪人の地へ向かう者は」

「ああ。通行許可証も持っている」

「よろしい……拝見する………」


 ルティが書類の中から通行許可証を取り出すと、番人が震える指先でそれをつまみ、ゆっくりと中身を確認した。


 何度か、通行許可証とルティ達の顔を視線が行き来した後、番人が通行許可証をルティに返し、奥の方を指さした。


「さぁ、こちらへどうぞ」


 番人のあとにつづいて廊下を進む。石煉瓦で囲われた地下道は、ルティ達の足音をよく響かせた。


 急な階段を下ると、プールのように水の張った場所へ出た。


 黄色いランプが二つだけ置かれたその空間は、光のまわりばかり明るく、他はぼうっとしてよく見えない。


「こちらが、旧い昔、罪人を追放するため使われた湖の入口でございます……光のない暗闇の世界に飛び込む覚悟はおありですかな?」

「思った以上に深いな…」


 ガイルが言うとおり、地上で湖の中を見下ろした時よりも、罪人の街ノアラターンは湖の底深くに築かれていた。


「何秒くらい息を止めておけば、たどり着くのかな…?」

「ていうか、湖のノアラターンは息できる場所ー?」

「流石に息ができないと困るだろ。あくまで追放場所なんだから。…だよな?」


 番人が面白そうにくつくつと笑う。


「ええ、ええ、罪人の街ノアラターンはきちんと呼吸できますとも。でなければ、生きて罪を償う…それができませぬからな…それと」


 番人が懐から白い包を取り出した。広げられたそれの中には、カラフルで小さな丸いものがいくつか入っている。


「これは水中でも呼吸することのできる、魔素食のひとつ…グマルでございます。お一人様一つずつ、よく噛んで飲み込んで下さい。これで、一時間は問題なく水中で呼吸できます」

「そうか、ありがとう。…帰りの分も貰っていいか?」

「帰りの分は、向こうの番人に頼んで下さい。通行許可証があれば、きっかり渡してくれるはずですよ」


 ルティ達は同時にグマルを食べた。


 食感は、グミと水飴を足して割ったような感じだ。歯にくっつくので、全部飲み込むのが大変である。


 味はなんというか、川辺のきれいな小石を舐めたことがあればわかるかもしれないが、あんな味がした。


 苦労しながらなんとか飲み込む。すると、魔素の新しい流れが体内にできたような感覚がした。


「それでは、各々覚悟が決まり次第、水の中に飛び込んで下さいませ…番人の仕事は、ここまででございます」


 番人はそう言ってルティ達に一礼すると、さっさと階段の向こうに行ってしまった。


「それじゃあ、行こうか」

「はぐれないように、気をつけなきゃね!」


 三人は水の中に飛び込み、そのまま下へ向かって泳ぎ始めた。


………………………………

一方、街のほうへ戻ったトルテは、駆け足で黒白の館へ戻っていた。


 出発する前、急いで戻ってくるようにアルビに言われていたからだ。


 なぜ急がなければならないかは訊く時間が無かったため、ただ急ぐしか無い。


 ようやくトルテは街の明るい場所に到着する。長く走って乱れた息を整えながら顔を上げると、遠くのほうに燃え上がる炎が見えた。


 炎は空を舐める勢いで燃え上がり、黒い煙がもくもくと立ち上がっている。


 トルテは火事の眩しい光の中、よく目を凝らした。


 火の手のあがるその建物は、黒白の館だった。

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