1-1-14 ノアラターン(2)
ルティ達がトルテのあとに続いて坂道を登ることおよそ十分後。
道の前方に、白い建物が現れた。三角錐の尖った屋根の先には、青い風見鶏が設置されている。
「ここは、身寄りの無い人が集まる『方舟の家』だよ」
「『方舟の家』?」
「さっき、この街の裁判を見たばかりだろう?裁かれ有罪とされた罪人は、湖の下へと追放される。そうして頼れる人がいなくなるケースも稀にあるんだ。孤独になってしまった人が生きられるように支援するため、街が設置した施設がここなんだよ」
「ここが、トルテの生まれた場所なの?」
「そうだよ。そして、旅のはじまりの場所でもある」
ガイルが、扉の横にある鐘を鳴らす。
少しすると、中から人の足音がして、白髪混じりの男性が出てきた。
「こんにちは。どなたさまですか?」
「俺達は旅の途中の者だ。こいつに見覚えはあるか?」
ガイルがトルテを指さすと、トルテが鳴き声を上げ、白髪混じりの男性にすり寄る。
「おや、猫助か?帰ってきたのかい?」
「猫助?」
「おじさん?どうしたの?」
いつの間にか、男性の後ろから幼い子供達がわらわらと集まっていた。子供達の目線は見知らない旅人に集まり、直後には足元の猫を発見する。
「あー!にゃお太だー!」
「違うよ、にゃんちゃんだよー」
「あれ?キティじゃないの?」
トルテのことを様々な名前で呼ぶ子供達は、再会を喜ぶように代わる代わるトルテを抱き上げた。
「立ったまま話すのもなんでしょう、こちらへどうぞ」
………………………………
男性が案内した先は、子供達の集まる広い部屋だった。カラフルな色紙で壁が飾られ、明るい光が部屋を照らし出している。
部屋の奥にあるソファに案内された三人は、子供達に囲まれていた。
ハルテアが子供達と楽しそうに遊んでいて、ガイルが絵本を読み聞かせている。
ルティは今まで、自分より幼い子供と接する機会が少なかったせいで、どうすればよいのか分からずにいた。
「子供達が元気で、びっくりしましたか?」
「は、はい」
「何年経っても、ここは変わらないみたいだね」
トルテが喉をゴロゴロと鳴らしながら言う。その背を撫でる男性は特に驚いた様子もなく、笑っている。
「どうだい?久々に帰ってきた故郷は」
「仔猫の時にも楽しく過ごしていたけれど、今こうして戻ってきてもやっぱり楽しいと感じるよ」
「あいにく今は学校が忙しいみたいでね、リティリスやジェイニスはここにはいないんだ」
「あの二人にもそのうち会うと思うよ。ボクたち、ちょうど今アーバルトに向かう旅をしているからね。そうだ、まだこの人の紹介をしていなかったね。この人は、ボクが仔猫の時に育ててくれた、プリートさんだよ」
「はじめまして、プリートです。よろしくお願いします」
丁寧な挨拶に、ルティ達も名前を告げる。
ルティはプリートが差し出したお菓子をいただいた。その最中にトルテが話し始めた。
「野良猫だった母さんを、子供達が拾ってくれてね。その後、ボクはここで生まれたんだ。他の兄弟たちはノアラターンの各地で育てられて、ボクはここで育てられた。生まれた時に魔素をたくさん吸い込んだから、ボクもお喋りできるようになって、子供達とたくさん遊んだりお話をしたりしたよ」
「トルテが物知りなのって、ここでたくさんお話したからなの!?」
「もちろん他にも理由は色々あるけど……プリートさん?どうしたの?」
トルテが問うと、寂しそうな顔をしたプリートが無理やり作ったような笑みを浮かべた。瞳にはうっすらと涙が張っている。
「トルテ、か。君は、その名で生きることを選んでくれたんだね」
「エルテがつけてくれた名前だからね」
「エルテ?」
「ボクを一番気に入ってくれた子供だよ。とはいっても、そろそろ大学生くらいになるから、今は大人と言ったほうが正しいかもね」
きょろきょろとトルテの目線が部屋の中を走る。しかし目的の人物が見つからないようで、首を傾げた。
「エルテはどこにいるの?」
「エルテは…ここには、もう、いないんだよ」
「里親が見つかったのかい?」
「いいや…エルテは…
エルテは、湖の下にいるんだ」
プリートの悲しげな声が、小さいはずなのにルティ達の耳にしっかりと届いた。付近で遊んでいた子供達も、彼の様子に感化されてか、静かになる。
「なんで…エルテが…?」
「誰にも分からないんだ…ある日、裁判を見に行くと言って、それきり帰って来なかったんだよ。
その裁判を見ていた人に色々聞いたんだけどね、エルテが突然裁判に乱入して、被告人を庇い、そのまま連れて行かれたと。湖の下へ向かうボートに自ら乗ったと、そう言われたんだ」
「それは、いつのこと…?」
「君が…トルテが、この街を去ってすぐのことだった」
プリートがそういうと、トルテがとても小さな声で呟いた。
その内容を聞いてしまったルティは、トルテとエルテの間に何かが起こったことを察してしまった。
「すまないね、トルテ。君はきっと特に、エルテに会いたかっただろうに」
「…………」
重い空気が周囲を漂う。
と、ハルテアが明るく声を上げた。
「トルテが子供の時に過ごしたこの家について、もう少し教えてもらえませんかっ!」
「あ、ああ、良いよ。どうせなら、案内してあげよう。ついてきて」
プリートの案内のもと、方舟の家を歩いて回る。最初の広い部屋の他に、より幼い子供の集まる部屋、年上の子供達が勉強をするための部屋、図書室、食堂などを通る。
「この場所で、トルテが生まれたんだよ」
最後に案内された場所は、施設の中央にある中庭だった。隅の方に小さな小屋があり、芝生や木の枝が中に入れられている。
「懐かしいな。ここで大きくなるまで育ったんだ」
トルテが小走りで小屋に近づき、中を覗き込む。
すると、トルテによく似た白猫が一匹現れた。毛並みが整っており、金色の目でトルテを見ている。
ニ匹はすぐにすり寄り、仲睦まじそうに笑い合う。
「紹介するよ、ボクの母さんだ。元気そうで良かった」
母猫のほうは喋れないらしく、喉をゴロゴロ鳴らしたり、ニャーニャー鳴いたりしている。
暫くニ匹は楽しそうに遊び、その後、向き合うように座り込んだ。
トルテが猫の言葉で何か言うと、母猫がそれに応えるように鳴き声を出す。
その応酬が数度続いた後、母猫がトルテの額を舐め、小屋に戻った。
「トルテ、お母さんとお話できたの?」
「うん。また会いに来るって約束もしたよ。まぁ、また随分後のことになるけどね」
いつの間にか時刻は夕暮れになっており、三人と一匹は方舟の家を離れることになった。
「もう少しここにいても良いんだぞ?」
「先約があってね」
「先約?」
「ああ。──黒白の館で、夕食の招待を受けているんだ」
トルテがそう言うと、プリートも理由を察したらしく、背筋を伸ばした。
「そうか。なら、気をつけて行っておいで。またいつか、帰ってくる日を楽しみにしているよ」
「ボクも。プリートさん、子供達と、母さんをよろしくね。また会う日まで、元気で」
一行が方舟の家を離れて少し経った頃、ガイルが口を開いた。
「さっきの別れ方だと、まるで数年は帰らないように聞こえたんだが…まだしばらくノアラターンにいるんだ、また何回か方舟の家に行っても良いと思うんだけど」
「本当に数年戻らないつもりだから、ああ言ったんだよ」
「じゃあ、ノアラターンで何するの?」
「決まってるよ」
先頭を歩くトルテが立ち止まり、三人も立ち止まる。トルテはこちらを振り返らず、道の向こうを見つめたまま言った。
「エルテを探す」
「エルテさんって、湖の下にいるっていう…」
「ここに来る前、観測者が言っていた。ノアラターンに来れば、何をするべきかが分かると。ボクは、ボクがこの街ですべきことこそが、エルテを探し出すことだと感じたんだ」
「それは…罪悪感があるから?」
ルティが言うと、トルテがこちらを振り返った。
「さっき、聞こえちゃったの。『ボクが、エルテと一緒にあれを見てしまったから?』って。…ねぇ、何を見たの?」
「細かいことは、こんな道端じゃなくて、もっと詳しそうな人に聞きながら話すよ。黒白の館に集まる人なら、エルテのことも、裁判で起こったことも、きっと知っているさ」
再びトルテが歩き出す。その背中が、直前よりも小さく見えたのが、少し寂しげだった。




