1-1-13 ノアラターン(1)
ティレ村から歩くこと四日後のこと。
ルティ達の前に、ノアラターンの街が見えてきた。
大きな丸い湖を中心に据え、高い城壁に囲まれたすり鉢型の街だ。
三人と一匹は、街から少し離れた小高い丘で辺りを眺めていた。
「ああ、懐かしいな。あの頃とあまり変わりないみたいだ」
「トルテはここらへん出身なんだよね!」
「ご主人サマに出会うずっと前…ボクがまだほんの仔猫だった時に暮らしていたんだ」
「じゃあ、ノアラターンについては詳しいの?」
「そこそこね。例えば、この街の別名とか」
「別名?」
「そうさ。ここノアラターンは、裁きの街とも言われている」
「裁き…」
一行の間に一陣の風が吹き込む。束の間沈黙が降り、それぞれがノアラターンの裁きの意味を探る。
「ここで見えない答えを探していても仕方ないだろ。とりあえず、街に入ろう」
ガイルの一言にルティが頷き、彼のあとに続いて丘を下る。ハルテアとトルテもゆっくりと続く。
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一行が城壁の門に近づくと、長い行列ができていた。男性が多いが、若い女性も数名混じっている。
「ここは西門だね。一般人が街に入るにはここを通るしかない」
「あれ?上から見たときには他にもいくつか門があったように見えたけど…」
「他の門は、特別な人が通るために開閉されているんだ。今のボクたちには関係の無い門だね」
一行は行列の最後に並び、門番のところまでゆっくりと前に進む。
半刻ほど経ってようやく、ルティ達の番がきた。
「ここに来た目的は?」
「えぇっと…」
ルティが言葉に詰まった時、トルテが耳元で囁いた。
「ボクの里帰りだと伝えなよ」
他に良い案が思いつかないので、そのまま伝えることにした。
「この猫の里帰りに来ました」
「猫の里帰り?区域は?」
「えっと…湖岸地区です」
「湖岸地区か。裁判を傍聴する予定はあるか?」
「今のところはありませんけど…見るかもしれません」
「裁判の時以外は湖に近づかないように注意してくれ。最近、湖で妙なことが起こっていてな、危険だから用がなければ離れておくことを推奨する。さ、通って良いぞ」
門番は、一行が横を通り抜けるとすぐ、次の仕事へと取り掛かっていった。
「裁判の時以外は湖に近づくな…か。どういう意味なんだろう?」
「湖で妙なことが起こっている、とも言っていたな。何か関係ありそうだが…」
「具体的に何が起こっているのか分からないなら、街のことを知るのが早いんじゃないかな。ボクとしては、早速裁判の傍聴に向かうのが良いと思うよ」
「裁判って、普通見たり聞いたりするために、申請とか許可が必要なものじゃないのか?」
ガイルの問いに、トルテが首を横に振った。
「他の街だとそっちが普通なんだけどね。ここノアラターンでは、裁判は湖のそば、青天井の下で行われる決まりになっているんだ。
必然的に誰でも見ることができるし、知らない人が勝手に聞き手に回っていても誰も咎めないし止めないよ。
ここでは、裁判とはそういうものとされているからね。唯一のルールは、裁判の邪魔をしないこと、ただそれだけさ」
「それなら、行ってみようよ!」
「じゃあまずは、宿屋を見つけて、荷物を置いてこようよ。それから会場に行ってみよう」
ルティがそう提案し、ひとまず一行は宿屋を探すことにした。
身軽になった後、トルテを先頭にして一行は裁判の会場へと向かった。
行き交う人々も、多くの人がルティ達と同じ道を歩いている。本当に色々な人が裁判を見るために会場に向かっているようだ。
長い下り坂を下ると、舞台のような木製の土台が設置された場所に出た。
すでに多くの人が集まっており、あちらこちらで混雑が発生している。警備員らしき人が交通整理をしていて、ルティ達は会場の左手側に案内された。
「今回裁かれる被告人は、納めるべき税金を三年にわたって納めず賭け事に使用していた罪でここに召喚されたみたいだね」
「聞いただけだと、有罪だろうけどな…」
「全ては黒白の裁定によって決定されるよ」
「こくびゃく?」
「ふふ、すぐ分かるよ。さぁ、じきに裁判が始まる。静かにしてね」
人々のざわめきが止み、視線が一点に集中する。
舞台の上には、黒いフードを被った人物と、白いフードを被った人物が左右に分かれて立っていた。
中央には被告人の男性が立っている。
「被告人ルフィエト。貴殿の罪状を読み上げる」
黒いフードを被った人物──声からして、若い女性のようだ──が罪状を読み上げる。
「さて、我々が事前に行った調べでは最低でも三年だろうと出てきたが、より精密な調査をしたところ、それよりさらに長い期間脱税を行っている可能性が非常に高いことを示す書類が出てきた」
「…っ!俺は、脱税なんかしてない!」
「あれー?聞こえなかったのかな、書類が出てきたんだよー?あ、そうそう。その書類はこっちで厳重に保管してあるから、安心してー!」
白いフードを被った人物──声からして若い男性だろう──が愉しそうに言う。
「だから、俺は脱税なんかしてないんだ!他の人がやったことを、俺に擦り付けているんだ!」
「ほう?擦り付けている?では、誰がやったと?」
「それは…ほら、きっとあれだ、自分中心で周りのこなんかどうでもいいと思っているやつだ。傲慢で、自分勝手で、俺が困っていても笑っているようなやつだ!きっと、あそこの中にいるんだ!」
被告人の男性が、舞台の下の人々を指す。
黒と白のフードを被った人物の顔がちらりとそちらを向くが、すぐに被告人のほうへと戻された。
「ならば、中間裁定へと入ろう」
黒いフードの人物が宣言する。
それと同時に、白いフードを被った人物が、手に持っていたランタンを掲げた。
昼の光の中でランタンは輝くことなく曇ったままだった。
「僕らには選ばれなかったみたいだね」
「…では、続きといこう。貴殿は脱税した金を使い賭博に興じた。またその際暴動に出たが、検査の結果、規制酒類であるウミザケの値が強く検出された。このことについては?」
「それは本当に知らない、気づいたら持っていて、知らない人に渡されたんだ」
「ふむ…真実が少しだけ混ざっているな」
「なら…!」
「貴殿はたしかに知らない人物にウミザケを手渡された。それを認識していることはたしからしいが、それだと前半の訴えに矛盾が生じている」
「それじゃあ、最終裁定に入ろうかー」
白いフードの人物が宣言すると、今度は黒いフードの人物が手にしたもの──漆黒のノコギリを掲げた。
それは、不思議なことに、誰の目にもはっきりとわかるほど強く輝いていた。
「残念ながら、我々に選ばれたようだな」
「嫌だ…追放だけは…!」
「ノアラターンの法に従い、貴殿は湖水に追放とする」
黒いフードの人物の宣言と同時に、被告人の男性の悲鳴が辺りに響き渡る。
ほどなくして観衆の人々が散り散りになり、舞台のそばは人が一気に少なくなった。
「裁判が終わったね」
「随分呆気無かったな」
「湖水への追放ってどういうこと?」
「それも見たほうが早いよ。さぁ、彼らについていこう」
トルテが示した先では、黒と白のフードを被った人物と、被告人、そして警備員の四人が歩いていた。
一行が彼らについていくと、四人が湖のそばで立ち止まった。
ルティが彼らの背中ごしに見たのは、巨大な水中都市だった。
水面から二、三十メートルほど下のずっと暗いところに、ぼんやりと建物の群れが見える。
岸辺には一隻のボートが留めてあり、被告人がそれに乗り込むと、ボートが勝手に湖へと進みだした。
やがてボートはするすると湖の中へと潜り込み、すっかり水面下へと入ってしまう。
「まさか、あのまま殺すの?」
ハルテアが震える声で言う。
「いや?ああ見えてあのボートの上では呼吸ができるようにされている。あれはただの、水中都市に向かう片道切符だ」
黒いフードの人物がこちらに振り返り、答えた。
「貴殿らは、随分と物好きらしいな。普通は、刑の執行まで見に来る者はいないものだが」
「すみません…気になってしまって」
「こちらの邪魔をしなければ構わないさ。見たところ、観光客かあるいは旅人の類かな」
「そうだ、夕食の時間になったら、僕らの館においでよ。黒と白の館だから、きっとすぐに見つかると思うよ」
白いフードの人物が、街の建物の方を指さす。その先にはたしかに、黒と白のモノトーンの館が立っていた。
「えっと、良いんですか?お邪魔してしまって…」
「招待しているから、大丈夫だ。無論、そちらに外せない用事があるならばそれを優先しても構わないが…」
「きっとこの人達なら、この街について詳しいよね!」
「だろうな。近づいておく価値はあるだろう」
「なら来るってことで良いかな?」
「はい、こちらこそ招待していただいてありがとうございます」
挨拶と約束を交わした後、黒と白のフードの人物と警備員は一行の前から去っていった。
「夕食の時間までまだあと数時間あるよな。情報収集してもいいが…どうする?」
「もし君達がよければ、なんだけどさ。ボクの里帰りを本当にしても良いかな?」
「トルテの里帰り!全然良いよー!むしろ、どんなところだったのか、案内してよー!」
「じゃあ、ボクについてきて。ボクの故郷は、あっちのほうなんだ」




