1-12 ティレ村
「いやはや、先程は本当にありがとうございました」
「主人を助けていただき、ありがとうございます」
「いえいえ、当然の事をしただけですから!」
農夫の家に上がらせてもらい、夕食をいただいていた。
聞けば、農夫はティレ村から新鮮な鹿肉を貰ってきたばかりらしく、その帰りに匂いを嗅ぎつけられてノクスオオカミに襲われてしまったのだそうだ。
「ぜひ、たんと食べて下さいな」
「えっと…それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」
夕食を食べ終えて、一晩の宿を借りる。
貸してもらった部屋で寝る準備をしながら、ルティは獣避けの術式を作っていた。
「すごいね!ルティは手先が器用なんだね」
「小さい頃から作っていたからかな。誰でもたくさん練習すれば、作れるようになると思うよ」
「そのたくさんってのが大変だと思うんだけど…?」
夜が明け、ルティはハルテアに叩き起こされ、出発の準備をする。
農夫の家の周りに術式を展開してから、一行は再び街道を歩き始めた。
「あの農夫さんたち、ものすごく感謝してたね」
「ああ。ルティが術をかけてくれたおかげで、暫くは獣に襲われる心配も無さそうだしな」
「あくまで一時的なものだから、気をつけて行動することはしてほしいけどね」
日が高くなり、正午ももうすぐという頃、一行はティレ村に到着した。
辺りは畑と民家が多く、所々に野菜の販売所がある、穏やかな村だった。
「マヒルはどこにいるかな?マーヒールー!」
「そんな大声で届くのか?」
「わたくしを呼ぶ声が聞こえましたが、どちら様かお呼びでしょうか?」
「本当に聞こえたのか…」
「マヒル!久しぶり!」
「あぁ、ハルテアさん!カカ村のほうにいらしたのですか?心配しましたよ」
カカ村で起こった事件と、ハルテアの自称大活躍談をマヒルに聞かせる。
度々誇張された表現はトルテとガイルが訂正しながら話を進めると、マヒルもようやく色々と理解したようだった。
「ええ、おおまかには理解いたしましたが。なおさら、なぜ荷物を、全て、置いていく必要があったのかの理解が難しいですねぇ」
「そうしたほうが確実だと思ったから…」
マヒルの言葉にハルテアが小さな声で返す。
ルティたちが指摘したことも相まって、心配をかけさせすぎる方法をとったことに気づいてしまったハルテアは、出会ったときより背中が小さく見えた。
「まぁ、皆様無事であるならばそれでよし、でございます。さぁさ、もう日は頂点より西に傾き始めております。昼食はまだでしょう?」
マヒルの案内により、一行は村の食堂へと向かった。
季節を超えて人気のある高山大根は保存性が高いため、この季節になっても料理としての供給があるらしく、村オススメの大根料理を注文する。
ガイルが話していたとおり、高山大根は味がよく染みる美味しい大根だった。
やがて満腹になると、食堂を出てマヒルによる村のツアーが行われた。
畑で野菜の収穫を手伝ったり、家禽の世話の体験をしたりと、ルティは今までやったことのないことを多く経験した。
夕暮れが近づく頃、マヒルが村の山に一行を案内した。
「夜景の美しく見える場所があるんです。ぜひとも、そこは一度眺めていただく価値ありの場所かと」
登るにつれて空気が涼しくなり、夜へと近づく。
小一時間ほど山を登ると、開けた場所に出た。
「うわぁ…!」
夜の夕闇が満天の星空に覆われ、民家の各家々からランプの灯りが輝く。
標高が高いため、より遠くの景色まで見渡すことができた。
見れば、北東の方角に、小さいながらもディルナッケ城がぼんやりと見えた。
かなりの距離を歩いたつもりだったが、まだそんなに歩いていないらしい。
かつての故郷を見ながら、ルティは、旅の目的地──アーバルト港湾都市までの距離を想像する。
…大陸の南端の都まで、あとどれくらいあるのだろうか。
「素晴らしい景色でしょう?」
「すごく綺麗!」
「ボクもご主人サマと同意見だよ。すごいな」
ハルテアとトルテが感嘆の声を上げる。ルティとガイルはただ静かに、その景色を堪能した。
………………………………
村の宿屋に戻ったあと、ハルテアはマヒルから荷物を返してもらい、お土産を渡した後、ルティと共に部屋に戻った。
「よし、全部ちゃんとある!これであたしも戦えるよ!」
「探偵なのに、戦うの?」
「だからこそだよ!色んな事件に対処するには、戦える力も必要なの!」
ハルテアはそう言い、ナックルを構えて戦うポーズをとる。ルティは格闘技のことはよく分からなかったため、とりあえず彼女も戦えるらしいことを把握した。
「明日からは、ノアラターンを目指すんだよね」
「そうそう!行ったことある?あたしは無い!」
「ガイルも行ったこと無いんじゃないかな」
「あ、でもトルテはあると思うよ!あの辺り出身だって言ってたから!」
「そうなんだ。ノアラターン、あんまりよく知らないな」
あの謎の青年は、なぜルティ達にそこに向かうよう言ったのだろうか。ノアラターンに到着さえすれば、何をすべきかが分かるらしいが。
そもそも、なぜあの青年はルティの前に現れたのだろうか。
考えれば考えるだけ、謎が増えていくばかりだった。
「ルティー?なんか、難しい顔をしているよ?」
「あ、ごめん。大丈夫、ちょっと考え事をしていただけ」
夜が更けていき、二人もベッドに横になった。
ハルテアの寝息を聞きながら、ルティは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
山の上から見た景色は美しかったし、ルティの胸の奥に何か温かいものを残していった。
窓の外から見える星空もまた、同じように美しかった。
と、窓の外を眺めていると、一羽の黒い鳥が窓の外に留まっていることに気づいた。鳥はじっと、ルティたちを見つめている。
マヒルかと思ったが、それにしては黒い。何かがおかしいと思いベッドから出たが、その瞬間、鳥は飛び立ってどこかへ行ってしまった。
「なんだったんだろう…?」
ルティの呟く声は、静かに夜の闇に溶けていった。




