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EP 4

カミソリの東條と、無敵の盾(政治)

 陸軍省の一室。

 分厚い書類の山に囲まれたデスクで、丸眼鏡をかけた剃髪の男が、万年筆を走らせていた。

「……牟田口少佐の連隊が、たった一人の民間人による『兵糧攻め』で屈服した、か。馬鹿馬鹿しいにも程がある」

 冷徹な声で吐き捨てたのは、陸軍省きっての切れ者であり『カミソリ』の異名をとる男――東條英機だった。

 精神論を振りかざして自滅した牟田口の愚かさに呆れつつも、東條の目は報告書に記された「力武義正」という男の異常な資金力に釘付けになっていた。

「黒田重工を一夜で解体し、帝都の流通網をカネで支配する。……危険な男だが、その莫大な『外貨ドル』は、喉から手が出るほど欲しいな」

 東條は官僚派の軍人だ。精神論ではなく、緻密な予算と法的手続きで軍部を動かす計算高い男である。

 彼は即座に内務省と特高警察に手を回し、一枚の『命令書』にサインをした。

「大日本帝国の法律は、軍のためにある。不逞の輩の資産など、法制局を動かして『国家総動員』の口実で凍結・接収してしまえば済むことだ。……カミソリの切れ味、味わうがいい」

     *

「……義正さん、大変です」

 帝国ホテルのスイートルーム。

 電話の受話器を置いた輝夜が、血相を変えて義正の元へ駆け寄ってきた。

「ニューヨークとロンドンのダミー会社を通じて日本に送金していた、私たちのメインバンクの口座が……全て『凍結』されました。陸軍省の東條英機が、治安維持と国家経済保護を名目に、特高警察を動かして銀行を差し押さえたそうです」

「……ほう」

 義正はソファで赤マルを燻らせながら、目を細めた。

 武力でダメなら、今度は国家権力という『ルール』を使った盤面ボードひっくり返し。いかにも官僚的な、狡猾なやり口だ。

「カネの出し入れを封じられたら、俺の算盤は弾けないな。……厄介な男だ、カミソリ東條」

「どうしますか? このままでは、買い集めた権利書も全て紙屑になり、農村への融資もストップしてしまいます」

 義正は短くなった煙草を灰皿に押し付け、立ち上がった。

 柳生心眼流で銀行の金庫をこじ開けることはできても、法律の網の目と特高の包囲網を物理的に全て殴り倒すのは、コストが悪すぎる。

「仕方ない。ダミー会社ごと銀行を『買収』し返すか、アメリカの裏社会マフィアのルートを使って――」

「待ってください」

 強引な経済暴力で突破しようとした義正の前に、輝夜がスッと立ち塞がった。

「義正さん。あなたはアメリカを叩き潰すための『剣』です。こんな国内の小役人の相手に、あなたの刃を摩耗させる必要はありません」

「……輝夜?」

「ここは、私の戦場(霞が関)です。……どうか、私に任せてください」

 備前焼のように静かで熱い決意を秘めた目で、輝夜は電話機の前に座った。

 彼女は、受話器を手に取り、交換手にいくつかの「特別な番号」を告げる。

 それは、彼女が内閣府の若手ブレーンとして徹夜で資料を作り、お茶を淹れながら密かに築き上げてきた、政財界の重鎮たちへの直通回線だった。

「はい、お久しぶりです、外務大臣。日野です。……ええ、実は陸軍省の東條少佐が、私的な越権行為で外資系銀行の口座を不当に凍結しました。……はい。もしこの事実がアメリカ大使館に知れ渡れば、ウォール街の大暴落で神経質になっている米国政府は、日本への『石油と鉄の禁輸措置』を即座に発動するでしょう」

 義正は、その言葉を聞いて目を見張った。

「陸軍の暴走で、アメリカとの外交関係が致命的に決裂する。……それを防ぐためには、総理大臣と枢密院から直接、陸軍大臣へ『凍結解除』の圧力をかける必要があります。……ええ、証拠書類なら私が全て整えます」

 輝夜の声は穏やかだったが、その内容は陸軍の首根っこを鋭いナイフで突き刺すような、完璧な「政治的脅迫」だった。

 彼女は次々と電話をかけ、大蔵省の幹部、海軍の穏健派、そして内閣総理大臣の側近たちに「陸軍の暴走がもたらす経済的破滅」を論理的に吹き込み、反陸軍の包囲網をたった数十分で構築していく。

「――はい。よろしくお願いいたします。失礼します」

 輝夜が静かに受話器を置いた、その直後。

 スイートルームの電話が、けたたましく鳴り響いた。銀行の支店長からだ。

『ひ、日野様! 今しがた、陸軍省から正式に凍結解除の通達が来ました! 一体、どんな魔法を……!?』

「魔法ではありません。ただの、正しい手続き(ルール)です」

 輝夜は微笑んで電話を切り、義正を振り返った。

「口座の凍結、全て解除されました。あなたの資金は、一円たりとも傷ついていませんよ」

 義正は、呆れたように、そして心底感心したように、低く笑い声を漏らした。

 軍部の法律と権力を、さらに上位の「国家間外交と派閥の論理」で叩き潰す。

 これこそが、義正の狂った算盤を守り抜く、最高にして最強の「無敵の盾」の力。

「……お前、怒らせると俺より怖いな」

「霞が関の月は、伊達ではありませんから」

 輝夜は小さくウインクをした。

「見事な防衛ブロックだ。……なら、ここからは反撃カウンターの時間だな」

 義正は懐から黄金糖あめだまを取り出し、空中に軽く放り投げて口で受け止めた。

 ――ガリッ。

 甘い破片が砕ける音が、スイートルームに響く。

 東條の「法的手続き」という武器を輝夜がへし折った今、東條英機という男は丸腰に等しい。

「軍の予算を管理してる偉そうな官僚の、一番見られたくない『裏帳簿』。……俺の算盤で、一円のズレもなく丸裸にしてやる」

 カミソリの刃を素手でへし折ったバディは、返す刀で東條英機の「政治生命」そのものを刈り取るべく、帝国軍の暗部(闇金庫)へと狙いを定めた。

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