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松前の斗星  作者: 和府
第1章 1539~1558年 種をまく日々

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第26話 1556年 報告と肩透かし

出羽国檜山郡檜山城 1556年(弘治2年)秋 安東愛季(17歳)


 義弟の舜広がアイヌを打ち破り、茂別を得たとの報告を受けた。家臣が異民族相手の戦に勝利し、更には領土を広げたのだ。とても素晴らしい事だ。更には茂別館を下国師季に任せるという政治的配慮も良い。現当主の季広の判断だろうが、私の祖先が三守護として茂別を預けた者の孫に茂別を任せる判断は、我が安東家への分かりやすい配慮となる。これで蠣崎家の増長を快く思わない家臣達も少しは黙るだろう。

 残念な事に、安東家臣の中には蠣崎家を快く思わない者が昔から多い。自分達は強大な南部家との戦いの矢面で命を賭けているのに、蠣崎家はアイヌ相手の商売で暴利を貪る悪徳商人に過ぎないではないかと。噂話としてこそこそ話している内はまだ目溢しも出来るが、私に訴える者が現れると流石に何もしないというわけには行かない。蠣崎家がアイヌとの貿易で利益を上げているのは事実だが、その利益の半分が安東家に納められており、安東家の財政を大いに助けている事を皆に説明する事になった。しかし、それでも反蠣崎の者達は納得せず、安東家が蠣崎領を没収し、直接アイヌと交易すべきだと主張し始めた。彼らは口にこそ出さないが、自分を現地代官に任じてもらい、差益を懐に入れたいという欲望がありありと感じられた。仮に蠣崎家が悪徳商人だとしても、アイヌ交易に慣れた者に蝦夷を任せる方が、安東家としては効率的だ。

 そして何と言っても、次期当主の蠣崎舜広は優秀であり、我が自慢の妹である秋姫を嫁がせてでも身内に迎えたい男だ。もしも私が責任有る当主の立場に居なければ、私のたった一人だけの、北日本で最も美しい(に違いない)妹を家臣とはいえ余所の男に嫁がせる事を認めなかっただろう。我が妹は安東家の宝であり、太陽なのだから。しかし、舜広を義弟として強く安東家に繋ぎ止める為に、私は顔で笑って心は泣きながら我が妹を嫁入りさせたのだ。

 今回の茂別獲得の報を受け、私は改めてこの婚姻は正解だったと自信を持った。領土の面では茂別の狭い平野を得ただけだが、戦略的には今回の勝利はとても大きい。完膚無きまでに叩きのめした敵方には、函館平野から多くの援軍が来ていたらしい。近い内に函館平野に侵攻する際には、今回敵兵力を削った事は勿論、蠣崎家の恐ろしい戦い方の噂が役に立つだろう。弓の射程外から木造の砦を焼き崩す戦いは私にとっても衝撃的で、蠣崎家を敵に回したくないと素直に思った。

 蠣崎家は領土拡張の歩みを止めず、近い内に函館平野を平定するだろう。更に舜広は農業の改良にも熱心で、多くの特産品を生み出すと同時に領内から餓死を根絶した。最近は人手不足で陸奥や北陸から少しずつ移民を呼び込んでいるとの話も聞いた。ここからは想像に過ぎないが、蠣崎家が函館平野の開発を進める事によって、いずれ安東家よりも大きな存在となるだろう。蝦夷地では米が取れないので石高では測れないが、養える領民の数で言えば数年で逆転されるかも知れない。その時、安東家と蠣崎家はどのような関係になるだろうか。少なくとも今の主従関係は維持出来ないだろう。

 悔しい話だが、安東家が領土を広げるのは中々難しい。昨年には弟の茂季が跡継ぎの絶えた湊安東家を継いだ事で、将来は2つの安東家を統合出来る見込みが出て来た。しかしその後が続かない。安東家を100年以上苦しめ続けた東の大国、南部家。我らが南部家と直接戦う事が厳しいのは勿論、南部家以外を攻める際にも彼らに背後を脅かされる事で満足に軍を動かせない。それに比べて蠣崎家の背後は海だ。攻め込まれると逃げ場が無いという弱点にもなるが、今は軍の大半を函館方面に投射出来るという強みになっている。我らに敵対する南部家の騎馬は精強で恐ろしいが、それに比べて南部水軍はお粗末だ。我が安東家は水軍勝負なら勝てるが、残念ながら領土の奪い合いは陸の戦いだ。南部家と陸上で戦ってもまともに勝てる気がしない。蠣崎家はそんな南部家と陸での戦わずに済む、その一点だけでもとても羨ましい。

 いずれ安東家よりも強くなる蠣崎家の次期当主を義弟にする事は、安東家の生き残りのために極めて重要だ。これを理解している家臣はまだ少数派だが、いずれ嫌でも分かる筈だ。安東家は良くて同盟相手、悪ければ臣従や属国の道を歩まざるを得なくなるだろう。しかし蠣崎家と敵対して滅ぼされるよりは遥かにましだ。我が義弟は敵は容赦無く焼き殺せる鬼だと分かったが、正室の実家を滅ぼす程の鬼には流石になれないだろう。



蝦夷島茂別 1556年(弘治2年)秋 長門広益(45歳)


「つまらん、全くもってつまらん!」


 不満を漏らす俺を副将が宥めた。


「まあまあ、良い事じゃないですか。戦わずに領土を広げられたんですから。安全が一番ですよ。」


 武士らしくない穏健な言葉に毒気を抜かれた俺は、改めて周囲を見渡して声に出して確認した。


「我ら函館侵攻軍は、矢不来館を越えて函館平野に入った。そしてアイヌの村を見つけた。そこまでは合ってるな?」


「はい、その通りです。我らの前にはアイヌの村が有ります。」


「うむ、それで、その村は何故放棄されて燃やされているんだ?俺達は放火していないよな?」


「はい、まだ放火していません。蠣崎家の旗を掲げて近付いただけで、アイヌは死に物狂いで東に逃げて行きました。放火か失火か分かりませんが、とにかく燃えています。」


「うむ、やはりそう見えたか。俺にもそう見えた。後、まだ放火してないんじゃなくて、今回は威力偵察の予定だったろうが。まあ、それはもう良い。そして村の向こうはもう戸切地川だな。」


「はい、その通りです。わが軍は焼き払われたアイヌの村の横に陣を構築しながら、戸切地川の水を汲んで煮炊きを始めています。兵の胃袋を満たさなければ、拠点構築は出来ませんからね。」


「うむ、俺の見ている内容と同じだ。つまり、あー…あれだ。俺達は戦わずして、戸切地川以西の土地を占領したという事か?」


「はい、その通りです。部下を北に送って川の西側に敵が居ないか確認させていますが、人っ子一人居ないとの事です。」


「そうか…。いや、蠣崎家の領土が増えたのは嬉しいのだ。部下に死人が出なかったのも嬉しいのだ。しかし…あれだ。俺の武芸を発揮する機会は無いのか…?」


「はい、今回は有りませんね。命じられた任務はこれにて完了です。大変お疲れ様でした。」


「そうか…。全くもってつまらんな…。」


 俺は困惑しながら目の前で構築される蠣崎家の砦を眺めていた。茂別で事前に加工した木材を組み立てるだけなので、通常の倍以上の速度で砦が組み上がっていく。これも若殿が考えた方式だったな。名前は忘れたが、戦に役立つ良い技術だ。

 さて、茂別の戦いにはこの辺りのアイヌも参加していたとは聞いていたが、まさかこれ程恐れられているとはな…。若殿が考え出した大量の炎と石礫を打ち込む戦い方が、予想以上に敵対するアイヌの心をへし折っていたようだ。まあ、無理も無い事だ。アイヌが得意とする弓矢の技を披露する事すら許されず、一方的に粉砕されるのだから…。俺がアイヌならば刀一本で突貫して果てるが、戦いに対する価値観が違うのだからこれは言っても仕方無い事だろう。だからこうやって俺が不完全燃焼でぼやいているのも、若殿の作り出した戦いの結果なのだ。次代の主君が頼もしいのだから、俺は大いに喜ぶべきなのだ。なのだが。やっぱりなぁ…。


「副官よ、俺は全く戦いが足りていない。だから川の向こうに攻め込んで来るが構わないな?」


「大将、攻め込む暇が有るなら砦構築を手伝ってください。その蠣崎家最強の腕力を存分に発揮してください。」


 やっぱりつまらんなぁ…。

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