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松前の斗星  作者: 和府
第1章 1539~1558年 種をまく日々

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第25話 1556年 茂別の戦い(3)

蝦夷島茂別 1556年(弘治2年)7月 ウスケシアイヌ遠征軍軍団長


 モペツが我らウスケシを裏切れないように、多くの手を打った。そのお陰で何とかカキザキ・チリオチ対モペツ・ウスケシの戦いをモペツで行う事に成功した。モペツがカキザキ側に付けばウスケシ西部が戦場になる可能性が高いからな。戦争は他人の土地でやるに越した事は無い。チリオチが和人の王と勝手に同盟を結んだと聞いた時は怒り狂ったが、いつまでもそれでは長は務まらない。次善の策として、モペツをウスケシ寄りの緩衝地帯にする方法を探す事にした。幸いモペツにはウスケシの縁者が沢山居るから、ウスケシの考え方を浸透させるのは難しくなかった。モペツの長が親和人の態度を取りかなり邪魔だったが、村人をけしかける事で黙らせる事に成功した。チリオチのチコモタインがモペツに同盟締結のために訪れる予定である事を教えてくれた義弟には、感謝してもし切れないな。お陰で、モペツにチコモタインを討ち取らせて強制的にウスケシ側に引き寄せる事に成功した。毒矢を使うのをモペツの長に邪魔されたのは腹立たしいが、通常の矢でもチコモタインを討ち取れたので、そこは不問にしてやろう。


「カキザキ・チリオチ連合が進軍を開始しました!指示をお願いします!」


 部下の若いウスケシアイヌが大声を上げている。確かこいつは戦が初めてだったか。慌てて焦った者から死ぬのが戦場だと、しっかり教えた筈なんだがなぁ。


「慌てるな、小僧。作戦通りで問題無い。モペツの男共は森に潜み、隠れながら和人と裏切り者共に毒矢の雨を降らせて退路を遮断しろ。モペツの女共と我ら援軍はチャシの中から毒矢を射掛けて、敵が進軍も撤退も出来ない状態を作るぞ。足が止まった敵共を、毒矢で皆殺しにすれば戦いは終わりだ。」


 ウスケシの部下やモペツアイヌ達が配置に付くのを確認しながら、俺は森に姿を消したモペツの男達の背中を睨んだ。正直に言って、俺はモペツを信用していない。戦況によっては、人質の子供や老人を見捨ててでも和人側に付く可能性が有ると考えている。そのため、念には念を入れ、モペツの男共には分かりにくい形でモペツの女共を人質に取った。表向きは女共を少しでも安全な場所に残すため。本音ではモペツの男共が裏切った段階で女共の一部を処刑し、再度こちら側に付けるため。まあ、一度裏切ったモペツの男共はもう信用出来ないから、和人相手の尖兵として磨り潰すのは確定だがな。

 和人の武士が恐ろしいのは、槍や刀を用いた接近戦だ。奴らは農業も狩猟も殆どせずに、朝から晩まで人を殺す術を磨いている。その上、我らよりも金属加工技術に優れており、武器も鎧も高性能だ。カキザキ軍の半分以上は武士ではないが、少数の武士が鬼神のような戦いをする事で戦況を覆すのを、俺も祖先達も何度も見て来た。だから俺達ウスケシ・モペツ連合がすべき事は単純だ。敵が槍や刀を使えない距離から、一方的に射殺して戦力を削り続ければ良い。どこかで敵は撤退に転じる筈なので、そこからは毒矢の追撃戦だ。それでほぼ完封出来る筈だ。



蝦夷島茂別 1556年(弘治2年)7月 長門広益(45歳)


 さて、方針は決めたのでチャシを焼き崩すとするか。当家の若殿は現実を無視した理想論に傾きがちなのが欠点だが、それを補って余りある程に技術発展への情熱を持っている。今回はチャシ攻めを効率的に行うために、木製火砲なる兵器を発明して下さった。肝となる黒色火薬の原料は、まさかの水鳥の糞が固まった物だ。以前南条広継達が死にかけながら松前両島から採取した糞が、こんな所で役立つとはな。若殿は最初は肥料の原料として考えていたらしいが、後に木炭や硫黄と混ぜると激しく爆発する事に気づいてからは、武器としての活用を模索していた。黒色火薬の製造が安定してからは、弓矢に勝る飛び道具の開発を職人達(別名は若殿の狂信者達だ)と共に行い、今年になって漸く戦に使えそうな物が出来上がった。敵対的なアイヌから隠すためにあまり練習は出来なかったが、この程度の距離なら半分は当てられるだろう。さて、アイヌの度肝を抜いてやるとするか!


「者共、チャシの40間(約72m)手前で進軍停止。後衛は火砲を地面に据え付け、発射準備をせよ。前衛は楯で弓を防ぐ者と、刀で奇襲に対応する者に分かれよ。」


 前衛が周囲を警戒する中、後衛が慣れた手付きで黒色火薬を木の筒に詰め、油を染み込ませた布を先端に巻いた矢の束を装填する。残念な事に発射準備の間に敵に接近される事は無く、私が得意な刀での戦闘は無かった。アイヌはチャシの中から怪訝に見つめているだけだった。火器を見るのは初めてなのか?


「よし、皆発射の準備が出来たな。初撃は我が号令に合わせて同時にチャシの中央に撃ち込め。その後は各自の準備が出来次第、チャシの人が居る場所に撃ち込め。前衛は後衛の射線を妨げないよう展開し、周囲への警戒を続けよ。」


 号令と同時に激しい爆音が山に木霊し、次いで黒い煙が我らの陣地を覆った。ううむ、ここまで視界が悪くなるのでは、二射目以降の命中率は下がりそうだな。若殿には是非改良を具申致さねば。徐々に黒煙が薄れ、チャシの姿が見えて来た。どうやらそれなりに命中したようで、数ヶ所に炎が見える。必死に消火しようと桶の水や砂をかけているようだが、その程度では消えないだろうよ。我らも松前で実験して、消火の難しさに何度も冷や汗をかいたからな。軽装のアイヌを殺傷するために放った小石を詰めた火砲も効いたらしく、発射前に比べてまともに立っているアイヌは半分以下になったようだ。うむ、新兵器のお披露目としては上々の出来では無かろうか。少なくとも若殿から使い方が下手と謗られる事は無さそうだ。敵が起死回生の突撃をしない限り、このまま削れそうだな。私の武勇が輝く血湧き肉躍る戦からは程遠いが、戦の常識が変わったのだと納得するしか有るまい。



蝦夷島茂別 1556年(弘治2年)7月 オキクルミ(17歳)


 森に入った我らの後ろで、雷鳴のような爆音が聞こえた。またトシヒロが面白い事をしたのだろうか。見に行きたい衝動を抑え、木の陰に隠れながら敵のチャシを目指す。何度か敵兵と遭遇したが、皆爆音に激しく動揺しているようで、本来の力を発揮出来ないまま我らの矢に沈んでいった。チャシが見える距離まで近付いた我らは、激しく炎上するチャシを見て驚愕した。カキザキ軍は弓の射程の外に居るのに、チャシを短時間でここまで破壊出来るのか。我らが唖然としている間にも散発的に燃える矢と大量の小石がチャシに撃ち込まれ、呻きながら立ち上がろうとするアイヌの男の体が爆ぜた。


「悍ましいな…。」


 私は思わず呟いたが、幸い部下に聞かれずに済んだ。カキザキ家と手を組んで本当に良かったと、亡き父の英断に心から感謝した。チリオチが同じ目に遭う事を想像してしまった私は、恐ろしい想像と吐き気を振り払うように自分の頬を叩いた。幸い私とトシヒロは幼馴染で、トシヒロの側室は私の義妹だ。我らが裏切らない限り、このような目に遭う事は無い筈だ。この一方的な虐殺を見れば、チリオチの反和人の者達も黙るしか無いだろう。モペツの者達には悪いが、この戦でチリオチの団結力は高まった。将来カキザキ家の風下に立つ事になろうとも、この戦に参加した者達は納得するしか無い筈だ。



蝦夷島茂別 1556年(弘治2年)7月 蠣崎舜広(17歳)


 目を背けたい光景だ。チャシは燃え尽き、数十の死体が散乱している。どれも焼け焦げた上で手足がもげていて、私は吐き気を我慢するだけで精一杯だった。そして何より悍ましいのは…。この光景を作ったのは私だ。私がモペツアイヌを攻めると決め、私が開発した兵器を使い、その結果私が作った地獄だ。誰のせいにも出来ないし、すべきでは無い。


「若殿?気分が悪いのでしたら少し休まれますか?」


 上機嫌の長門広益が話しかけて来た。今回の戦での蠣崎家の死者は驚きの0人だ。森に潜む敵の矢で数人が傷を負ったが、命に別状は無く一月もすれば通常の生活に戻れるだろう。事前にオキクルミに作り方を教わった解毒剤もとても役立った。チリオチアイヌは森での遭遇戦で数人の死者が出たが、それでも圧倒的な戦果だ。 オキクルミが私から目を逸らしている気がするが、今はそれを気にする余裕は無い。開戦前に見た敵の人数と遺体の人数が大きく異なる事から、数十人が燃え盛るチャシから東のウスケシに逃げたのだろう。おかしな話だが、逃げ延びた者達には無事にウスケシまで戻って欲しい。このような戦いは二度としたくない。


「トシヒロ、とにかくお疲れ様。カキザキ軍には死者が出なかったようで何よりだ。」


「ありがとう、オキクルミ。君達が森で勇敢に戦ってくれたお陰で、私達は勝てたんだ。本当に感謝している。戦死者の遺族には、蠣崎家が充分な支援をする事を約束する。」


「ああ、ありがとうな。有り難い事にチリオチやリロナイの農業が軌道に乗ってきたから、働き手を失った遺族が餓死する事は避けられそうだ。」


 オキクルミはもう立派に覚悟を決めた指導者の顔をしていた。オキクルミは姿勢を正し、改まった顔で続けた。


「トシヒロ、モペツに住むアイヌはこの戦で居なくなった。ウスケシに避難した者も多いだろうが、少なくともモペツは無人になった。だからトシヒロ、カキザキ家でこの土地を統治してくれ。」


 まさかオキクルミの方から頼まれるとは思わなかった。チリオチに何か譲歩してでも茂別は手に入れたかったから有り難い申し出なのだが…。


「オキクルミ、本当に良いのか?茂別を蠣崎家が統治すれば、チリオチアイヌは東西を蠣崎家に挟まれるんだぞ?」


「構わないさ。むしろチリオチアイヌで管理してくれと言われても困る。ウスケシとは敵対が続くんだから、モペツにはそれなりの兵を置かなければならない。でも今のチリオチにはそんな余力はどこにも無いんだ。」


「分かった、それならば有り難く受け取らせてもらうよ。」


 茂別は茂辺地川の南西に広がる小さな平野に過ぎないが、ウスケシ、即ち函館平野を攻めるための最前線となる。蠣崎・チリオチ連合の支配地域の東端はリロナイだが、ここから茂別までおよそ4.5里(18km)有る。しかし、茂別から函館平野の西端まではたった1里(4km)だ。函館平野は松前と比べられない程広大で、大規模な農業を行い人口を増やすのに欠かす事の出来ない重要な地だ。母の故郷である宇須岸館は函館山の麓に有るので私が支配する正当性も主張し易い。更には軍事力強化には欠かせない鉄を算出する鉱山も有るのも魅力的だ。今回は箍のみ鉄製の木砲で何とかなったが、今後更に長射程かつ高威力の火砲を作るには鉄が多く必要になるだろう。刀や槍、将来量産したい鉄砲にも鉄は使うので、幾ら有っても足りない資源かも知れない。茂辺地川の東側にはかつて下国全体の中心だった茂別館が有るので、これを強化して国境防衛の拠点としよう。ウスケシアイヌが襲撃して来るであろう立地なので、差し当たっては戦上手の広益に治めてもらう。誰を正式な館主にするかは当主である父が決める事なので、広益に兵50人を預けて茂別館の復旧・要塞化及び茂別の開拓を命じ、私は松前に帰還した。

 松前に戻った私は、茂別開拓団が安心して働けるように彼らの家族を直ちに送った。開拓と防衛のために茂別に多くの領民を送った事で、彼らが飢えないために後方からの食料輸送が課題となった。ここで嬉しい予想外が発生した。当初は蠣崎領で作った食料を松前から船で運ぶ予定だったのだが、オキクルミがチリオチアイヌの土地で得られた食料の一部を茂別に譲ってくれると言うのだ。「茂別がウスケシアイヌに奪われれば、チリオチアイヌも防衛に人手を回さなければならず困る」という理由を説明されたが、ともかくこれで茂別の開拓が捗るというものだ。

 茂別館主だが、父は下国師季を選んだ。彼は私の妹(父の次女)を正室に迎えた一門衆で、私の義兄に当たる。更にかつて茂別や函館平野を治めていた三守護筆頭である安東家政の孫である事から、主家の檜山安東家の顔を立てるという意味も有るらしい。武力面では長門広益に劣るが、政治面を踏まえた結果と言われると何も言えなかった。幸い広益は茂別館を強化している時は生き生きとしていたが、それが一段落して町の整備が中心になると退屈だったらしく、むしろ師季が引き継いだ事に感謝していた。「広益にはウスケシアイヌ攻めでの活躍を期待している」と伝えると、満面の笑顔を浮かべて兵の訓練に戻って行った。

史実の人物紹介

・下国師季:?~?年。蠣崎家の家臣。安東家政の孫。蠣崎季広の娘を正室に迎える。


・安東家政:?~?年。安東家の家臣で、蝦夷の和人地を3分割した内の下国守護に任じられる。茂別館の城主。1457年のコシャマインの戦いでは、花沢館の蠣崎季繁・武田信広と共に館を守り通した。1495年又は1501年に没した時点で嫡男は没していたため、嫡孫の下国師季が跡を継ぐ。

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