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松前の斗星  作者: 和府
第1章 1539~1558年 種をまく日々

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第24話 1556年 茂別の戦い(2)

蝦夷島茂別 1556年(弘治2年)7月 蠣崎舜広(17歳)


 私は3ヶ月振りに茂別を訪れた。前回はモペツアイヌを仲間に引き入れる交渉のために。そして今回は…、彼らを武力で屈服させ、それが叶わない場合は滅ぼすために。蠣崎家から見れば、これは異民族に対する侵略戦争だ。


「トシヒロ、顔がかなり怖いぞ?この戦の主役は俺達チリオチアイヌだ。カキザキ家はあくまで手伝い戦と考えて良いんだぞ?」


 私の顔を覗き込みながら、オキクルミが少しおどけて話す。彼の言う通り、この戦はチリオチアイヌにとっては弔い合戦になる。前首長のチコモタイン殿のために。そして現首長のオキクルミのために。


「そう言ってもらえるのは有り難いよ。でも、蠣崎家が更に大きくなるには茂別は避けて通れないからな。ここで立ち止まるわけには行かないんだ。」


 私は再び前を見て、改めて蠣崎・チリオチアイヌ連合軍の姿を確認する。蠣崎家の総兵力は200人で、50人を上ノ国方面に残したので茂別には150人を率いて来た。私は総大将だが、これが初陣なので素人のようなものだ。実際の総指揮は戦闘経験豊富な長門広益に任せる。チリオチアイヌは人口約250人の中から、60人も出兵している。これは老人や子供を除いた男性の過半数になる。彼らの狩猟技術は和人より遥かに優れており、戦となれば成人男性の大半が和人兵士を超える働きをする。普通は戦える者の大半を戦場に送る事は防衛上考えにくいが、今のチリオチアイヌは東のモペツアイヌ以外に敵が存在しないため、総動員に近い事が可能になっている。

 対するモペツアイヌはどうか?オキクルミの話では、彼らの人口は80人程度と、チリオチアイヌの約1/3の小勢力だ。今回は防衛戦になるので、老人と子供を除いた男女全員である60人程度が参戦すると考えている。こちらは210人、あちらは60人なら、城攻めであっても何とかなる兵力差だ。アイヌの(チャシ)は和人の城程の防御力は無く、和人の館程度のものらしいので、チャシ攻め自体はそこまで心配していない。問題は敵が森に潜んで毒矢を使ったゲリラ戦術をして来る場合だ。こうなると和人は圧倒的に不利で、集落を占領して非戦闘員を人質にして降伏を呼び掛けるしか無くなる。降伏勧告を無視されて、森の中で自給自足しながらゲリラ戦闘を半永久的に続けられるのは、茂別を蠣崎領としたい私からすれば恐怖でしか無い。掃討戦を未徹底の状態で茂別に入植した場合、森に入った和人が毎週射殺体で見つかる事だろう。蠣崎軍で彼らを掃討しようにも、敵地の森での戦闘では兵数や装備の質の差が簡単に覆される。言うなれば、アメリカ軍が歩兵のみでベトナム戦争をやるようなものだ。枯葉剤も空爆も無い。いつ襲われるか分からない深い森の中での神経戦だ。勝ちも負けも無い緊張状態が年単位で続く事になり、蠣崎家の人的資源が茂別に食い潰されかねない。


「トシヒロ、モペツの集落が見えて来たぞ。前に見た時よりも守りが固くなっているが、まあそれは当たり前だな。」


「ああ、これは攻め落とすのは骨が折れそうだな。…あれ?何だか人数が多くないか?」


 茂別村に目を凝らしたオキクルミが忌々しそうに呟く。


「トシヒロ、敵はモペツアイヌだけじゃないみたいだぞ。東の平野の長の顔がちらほら見えるんだが…。子供や老人の姿が見えないし、戦えない者は東の平野に避難して、交代するように援軍が来ているのかも知れない。」


 どうやら事態は私の予想よりも更に悪いようだ。敵は援軍を得て強大になり、更に非戦闘員を人質にする作戦も使えない。蠣崎・チリオチアイヌ連合と敵対しているモペツアイヌに援軍に来ているのだから、降伏も調略も期待出来ない。さて、どうしたものかな…。私は歴戦の猛者である長門広益に意見を聞く事にした。


「そうですな…。敵が援軍を得たとは言え、まだ我々の方が兵数に勝るようです。しかし周りの森に散らばって潜んでいる者は、人数を把握する事すら出来ません。ここは森での戦いをオキクルミ殿の兵に任せ、我ら蠣崎軍は火矢等でチャシを焼き払い、強引に平地での戦いに持ち込むしか無いですな。」


「広益の案は現実的では有るが、オキクルミ達に危険を押し付け過ぎているのではないか?どれだけの敵が森に潜んでいるか分からないのだ。オキクルミ達が森の中で全滅しかねないぞ。」


 広益は少し失望したような目で私を見ている。そして幼い子供に言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「若殿、これは戦なのですぞ。若殿は理想に捕らわれて、目前の戦場から目を逸らしているのではありませんか?我ら蠣崎軍は、平地の戦ならば装備の差で同規模のアイヌ軍に勝てるでしょう。しかし森に潜む神出鬼没の敵と戦う訓練はしておりません。まして相手は毒矢という、武士らしからぬ武器まで使うそうではないですか。アイヌは武士では無いので仕方無いですが、ともかくそんな相手との戦いで貴重な兵力を擦り減らすわけには行きません。いくら若殿の命令と言えども、蠣崎家のためにこれは譲れません。」


 ここまで理路整然と説得されては、私はもう何も言えなかった。気まずい空気を破るように、オキクルミが明るい声で割り込んで来た。


「ヒロマス殿の言う事は最もだよ、トシヒロ。森は俺達アイヌの戦場だ。それにこれは親父の弔い合戦なんだ、俺達が安全な所に留まるわけには行かないだろう?」


「でも、オキクルミ…。下手をすればオキクルミ達は全滅しかねないんだぞ…。」


「それはこの戦をすると決めた時から分かっていた事さ。それに俺達チリオチアイヌが負ければ、蠣崎軍は何とか村を占領したとしても、森に潜む敵に怯え続ける事になる。森は敵地だから入れないとして、川や海から十分な食料を得られなければ飢え死にだ。それに耐えかねて撤退するにしても、陸路なら帰り道はずっと毒矢を撃ち込まれ続ける。かなりの被害が出るだろうな。」


「オキクルミ殿は若殿よりも遥かに戦を理解していますな。私もオキクルミ殿達が負けた際の展開はそのようになると考えます。ここまで来た時点で、蠣崎家とチリオチアイヌは一蓮托生なのですよ。お互いの得意な戦場で、敵の連合を打ち倒すしか勝つ道は有りません。」


 広益とオキクルミの意見が同じだった事に驚きつつ、私は覚悟を決めざるを得なかった。


「分かった、広益の意見を採用しよう。オキクルミ、森の敵を頼んだ。」


「おう、任せとけ。父が願ったチリオチアイヌの繁栄のために、何としても勝ってやるさ。その代わり平地は任せたぞ、トシヒロ。」


「了解した。勝ってチコモタイン殿の墓に良い報告をしないとな。」


 こうして我らはそれぞれの戦場に赴くのだった。



蝦夷島茂別 1556年(弘治2年)7月 モペツアイヌの長


「とうとう来やがったか…。」


 西の峠に僅かに見える蠣崎・チリオチ連合軍を見て俺は呟いた。チリオチの兵力は予想通りだったが、蠣崎家がここまで動員出来るとは思わなかった。やはり領土を接していないと、中々情報は得られないものだな。あの兵力を見ると戦をせずに降伏したいんだが、こっちも政治的な理由でそれが出来なくなっちまった。

 俺はモペツの長だが、それと同時にチリオチ連合の一員だ。便宜的にチリオチ連合と言っているが、正式な組織名が有るわけじゃない。戦時にはチリオチの長、即ち俺が殺させたチコモタイン殿を中心にまとまるだけの存在だ。そして問題なのは、モペツは連合の中では弱小勢力という事だ。西のチリオチと東のウスケシは強大な勢力で、それに挟まれた我らは常に東西の顔色を伺わねば生きられなかった。東西が同じ方向を見ているならばそれに従うから構わない。問題は、東西が異なる方向を見る場合だ。今回は、それがモペツにとって最悪の形で起きちまった。

 チコモタイン殿がカキザキと同盟を結んだと知らされた時、俺もそこに加わり共に豊かになりたいと強く願った。しかし東のウスケシは和人を酷く嫌っており、モペツがカキザキに近付く事を許さなかった。どうも40年程前にカキザキの王(ミツヒロだったか?)に良いように利用され、多くの仲間が殺されたらしい。俺が産まれる前の話なので、いつまでもそんな事を引きずっても仕方無いだろうと言葉が喉まで出かけた。その言葉を何とか飲み込んだ俺を褒めてやりたいよ、さもなければあの場で斬り殺されていたと思う。

 モペツから見ると、チリオチやリロナイは遠く、ウスケシの平野はすぐ近くだ。当然ウスケシとの血縁者も多い。ウスケシはその血縁を活用して、モペツを反和人に染めていった。俺もウスケシに縁者は多いが、村長としてモペツの未来を考えるならカキザキに付くべきと判断した。しかし、ウスケシの影響で反和人に染まったモペツの村人に囲まれて脅された事で、俺はついに心が折れてしまった。俺はモペツのために、今俺を脅しているこいつらのためにカキザキに協力しようとしているのに…。こいつらはウスケシの意見を真に受けて反和人で凝り固まってしまった。こうなればもう止められない。モペツはウスケシの尖兵として、カキザキとチリオチを敵に回して滅ぶしか無いのだ。俺はチコモタイン殿を殺したくなかったが、ああしなければ俺が殺されていた。俺に出来た事は毒矢を使うなと命ずる事だけだった。チコモタイン殿が何とか生き延びる事を祈ったが、それは叶わなかった。その時点でモペツは滅びるのだと悟った。

 ウスケシの奴らは徹底していた。俺が土壇場で裏切るかも知れないと考え、モペツの非戦闘員をウスケシに連れ去ったのだ。表向きは戦場は危険だから避難させるとの事だが、実際はモペツを死に物狂いで戦わせるための人質だ。モペツの大人達は、幼い子供や老いた親を人質に取られたのを理解しているのだろうか。

 更にウスケシ西部の村から援軍と称して兵を送って来た。彼らの衣食住の用意は当然のようにモペツに命じられたのが腹立たしい。そして俺は知っている。援軍というのは建前で、万が一モペツがカキザキに付いた際に、俺達モペツを滅ぼすために送られた兵だという事を。

 モペツに残された選択肢は2つしか無い。カキザキ・チリオチ連合に滅ぼされるか、ウスケシに滅ぼされるかだ。ああ、もしここでモペツが全員戦死した場合でも、連合はウスケシに人質に取られたモペツの子供達や老人達に手を出さないかも知れないから、ウスケシよりもマシなのか。はぁ、全く酷い話だ。この事態を打開出来ない自分にも心底腹が立つ。何が村長だ、この役立たずが。

 カキザキ・チリオチ連合が近付いてくる。もう戦いは避けられない。我らモペツは…、ここで滅ぶのだ。

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― 新着の感想 ―
主人公に共感し仲間が無限に増えていく俺TUEEEEも好きですが、こういった敵対者にも敵なりの事情があるという描写がいいですね。次回がとても楽しみです!これからも執筆頑張ってください!
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