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松前の斗星  作者: 和府
第1章 1539~1558年 種をまく日々

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第23話 1555年 茂別の戦い(1)

蝦夷島松前郡大館 1555年(弘治元年)10月 蠣崎舜広(16歳)


 今月から元号が弘治に変わったが、すべき事に変わりは無い。明治以降は天皇の代替わりと共に元号が変わる仕組みだったので、この時代の一人の天皇に複数の元号というのは、どうにも違和感が有るな。去年謁見した今上天皇(後奈良天皇)は史実では再来年に崩御するので、ご大喪の儀の実施のための寄付金を今から用意しておかねば。蝦夷守として認められた事は蠣崎家の繁栄のためにとても大きいからな、少しでも恩を返さねば。

 そう言えば、越前国の朝倉義景様から興味深い手紙が届いたな。内容は要約すると以下の通りだ。

①加賀一向一揆との戦いの陣中で朝倉宗滴殿が倒れ、一乗谷で息を引き取った。

②その後の総大将を当主である朝倉義景様が務めた。

③山崎吉家や朝倉景隆といった優秀な将を使いこなし、加賀一向一揆に野戦で大打撃を与えた。

④その後和睦し、加賀国江沼郡を勝ち取った。

⑤一門衆の朝倉景隆を江沼郡の統治担当として大聖寺城を任せて帰国した。

⑥朝倉宗滴殿の墓前に勝利報告を出来て誇らしい。

⑦去年安東殿と蠣崎殿と対面した事で、当主としての覚悟を決めた事が今回の成功に繋がった。感謝している。

 読んでいて首を捻るというか、驚く事の多い手紙だった。①は史実通りだからまあ良いとして、②が既に史実とずれている。史実の朝倉家当主は外征を率いる事が稀で、朝倉義景様は1570年の織田領近江坂本侵攻までは越前国に引き籠っていた筈だ。それが史実より15年早く外征を率いるようになったのは、何か心境の変化でも有ったのだろうか…?しかも③で優秀な将に恵まれたとは言え加賀一向一揆に打ち勝ち、④で江沼郡まで得ている。そして…、⑦は一体どういう意味だろう。確かに去年上洛途中でお会いしたが、あの会見で何かが目覚めたのか?確かに将来の織田信長の日本海進出を妨害するために、朝倉家には強くなってほしいと願っているが…。うーむ、とにかく朝倉家が私の望み通り強くなり、しかも当主が私と檜山の殿に感謝しているというのだから、素直に喜ぶとするか。これからも貿易で共に繁栄したいものだ。



蝦夷島茂別 1556年(弘治2年)4月 蠣崎舜広(17歳)


 松前から茂別まで、こんなに遠いんだな。本拠地の松前から折加内を通り、峠を越えればチリオチアイヌの領地だ。約束通りチコモタイン殿と共に東を目指す。チリオチやリロナイでも、小規模ではあるが和人による農業が始まっている。苦労して開墾した農地で小麦や玉蜀黍を収穫し、我らの胃袋を満たす日が来るのが楽しみだ。いつかは黄金の波が見られるのだろうか。


「さて、ここからは我が連合に属するモペツアイヌの領地です。彼らは戦時には私の指揮下に入りますが、平時には対等な存在です。舜広殿も警戒してくださいね。なるべく彼らを刺激しないように、私が先頭に立ちましょう。」


 チコモタイン殿の言葉に身が引き締まる。チコモタイン殿が函館平野を含む広範囲を支配しているわけではなく、あくまで複数のコタンの連合の旗頭に過ぎない事を実感した。蠣崎軍を連れて来ているとは言え、相手の数が分からず地の利も無い状態ではまともに戦えないだろう。なるべく流血無しで話を進めたいのだが。おや、随分身なりの良いアイヌが現れたぞ。


「チリオチの長、チコモタイン殿。我がモペツへようこそ。本日の用件は何だろうか。」


「モペツの長よ、久し振りだ。健康そうで何よりだ。今日は以前から話している同盟締結の話に来たのだ。」


「ふむ…。確かにその話は興味深いが、本当なのか?あなた方チリオチアイヌが和人の王と同盟を結び、あまつさえ領内で和人に農業を許しているというのは。」


「どちらも真実だ。私はチリオチアイヌを飢えから救うために、和人の、いや、ここにいるカキザキトシヒロ殿の手を取ったのだ。」


「ほう…。その少年があなたのお気に入りのカキザキ家の王子か。成程、利発そうな顔をしているな。それで、モペツが同盟に加わる事で、我らはどのような利益が得られるのだ?」


 モペツの長の品定めするような視線が刺さるようだ。チコモタイン殿が友好的なので忘れかけていたが、本来異民族に向ける眼差しはこんなものだよな。いきなり攻撃されないだけでも有難い事だ。軍を使わずに済むならそれに越した事は無い。


「モペツの長よ、私は和人とアイヌの共存共栄を目指している。チリオチやリロナイで行う農業も、和人とアイヌで共に食べるための物だ。私は蝦夷島を飢えず、凍えず、争わずの平和の島にしたいのだ。」


「成程、お題目は確かに立派だな。チコモタイン殿が惚れ込むのも分かる。以前もらった土産の玉蜀黍ぱんや玉蜀黍汁も旨かったし、俺も個人的にはカキザキ殿に肩入れしたいと思っている。」


「モペツの長よ、それでは…。」


「それでも、だ。所詮カキザキ殿は和人で、俺達はアイヌだ。和人に味方するアイヌが居るのは否定しないが、残念ながら…、モペツはそうなれなかった。」


長が右手を上げると同時に、周囲の茂みや木の上で十人程のアイヌ兵が弓を構える気配を感じた。長の手が振り下ろされる直前、チコモタイン殿が叫んだ。


「モペツの長よ、本当にそれで良いのか⁉あなたはこれまでと変わらず、自然に家族や仲間の命を委ねる生活を続けても良いのか⁉」


「チコモタイン殿よ…、誰もがあんたのように器用に生きられるわけじゃないんだよ。俺はあんたの事を良き隣人として好きだったんだぜ?でもな…、あんたは和人に肩入れし過ぎた。俺は良くても仲間があんたを否定するんだよ。だからさ…、これで終わりなんだよ。」


数えきれない程の矢が襲い来る!私は念のために着込んでいた鎧と、勇敢にも盾になってくれた家臣のお陰で無傷だったが、チコモタイン殿はそうではなかった。


「隣人としてのせめてもの情けだ。矢に毒は仕込んでねぇ。急いで逃げ帰れば助かるかも知れんぞ。和人の治療に頼るのも有りかもな。」


 私は血塗れで膝を地面に付いたチコモタイン殿に駆け寄り手を握り締めた。


「チコモタイン殿、すまない…!私のせいで、こんな目に遭わせてしまった…。」


「…トシヒロ殿、それは違うぞ…。これは私が選んだ道の結果なのだ…。私の家族や仲間を飢えや寒さから救うために、他のアイヌから裏切者と罵られる覚悟で選んだ道なのだ…。だから…、これは私の選択であって、君の選択では無いのだ。…気に病む事は無いさ。ここで私が死んでも、命は循環するだけだ。あの世でこっちと同じような生活をし、またこの世に戻って来る…。ただ、暫く会えなくなるだけだ…。」


「そんな事言ったって…、私はまだまだあなたに恩を返せてないんだ…。悔しいんだ…。」


「恩、か…。じゃあ、その恩は息子のオキクルミに返してくれ。ああ、ピリカがカキザキ殿の側室になったんだったな。ピリカもそこに入れておいてくれ…。」


「分かった…、約束する。彼らに必ず恩を返す。オキクルミはこれからも親友だし、ピリカは嫁として一生大事にする。だから…、頼むから死なないでくれよ…。」


「全く、大の男が人前で泣くんじゃない…。エゾノカミとやらになっても、オキクルミと一緒に駆け回っていた幼い頃とあまり変わってないじゃないか…。」


 家臣に促され、私は泣きながらチコモタイン殿を即席の担架に乗せてチリオチに急いだ。モペツの長は追撃は命じず、寂しそうにこちらを見ていたのが目に焼き付いていた。チリオチに付くと先に伝令を走らせた甲斐が有り、既に治療の準備は完了していた。私は治療が行われている小屋の前で祈り続けた。神でも仏でもカムイでもどれでも良いから、チコモタイン殿を救ってくれと…。

 目を覚ますと、私はアイヌの小屋の中で寝ていた。オキクルミの家らしい。父の季広が心配そうに私の手を握っていた。


「父上…、チコモタイン殿は…。」


 私は藁にも縋る思いで父に尋ねた。父が悲しそうに首を振り、私は再び泣いた。オキクルミとカイポクが現れ、チコモタイン殿が亡くなり、葬儀が既に終わった事を告げた。私は思わずオキクルミに深く頭を下げ、謝罪をし続けた。オキクルミは暫く黙ってそれを聞いていたが、唐突に私の肩を強く叩いた。


「トシヒロの馬鹿野郎、そんなんで親父が浮かばれると思うのか⁉」


 私は放心してオキクルミを見つめる事しか出来なかった。


「親父はな、チリオチアイヌの長のチコモタインはな、自分の命を賭けてでもチリオチアイヌの皆を守ろうとしたんだよ!そのために和人と手を組んで、他のアイヌから睨まれる事も理解した上でやったんだよ!親父の選択を、親父の覚悟を奪うんじゃねぇ!」


「…オキクルミ、すまない。私は思い上がっていたかも知れない。チコモタイン殿の選択を、私が奪うべきではないよな。」


「やっと分かったか、トシヒロ。じゃあ次にすべき事は何だか考えてみろ。」


「次…。チリオチアイヌは長のチコモタイン殿を失い、次の長を決めねばならない。和人ならば当主の嫡男が跡を継ぐのが多いが、アイヌはそうでは無いんだろう?」


「そうだ、分かってるじゃないか。残念ながら、親父は和人と仲良くしたせいでアイヌに殺されたと考える奴が増えている。このままではチリオチアイヌが反和人に傾くかもしれない。でもな、俺は親父の遺志を継いで和人、いや、トシヒロと共に発展すべきだと考えている。だから、俺が長になれるように力を貸せ。やりたくは無いが、カキザキ軍も奥の手として用意してくれ。そうだな、ピリカにも一度里帰りさせて、松前で良い暮らしをして大切にしてもらっていると話をしてもらおう。」


「そこまでやらなきゃならないのか…。分かった、私も覚悟を決めるよ。父上、兵を用いる選択肢も残して宜しいですね?」


「うむ、致し方無いな。良き隣人に刃を向けたくないが、最悪の場合を想定せねばな。」


 こうして、悪どい方法も多少は使ったものの、オキクルミを次の族長とする事に成功した。ピリカが泣きながら私の素晴らしさを語り出した時には恥ずかしくて止めようとしたが、オキクルミとカイポクに腕をがっちり掴まれたので黙って話を聞くしか無かったのが苦痛だった…。

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