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松前の斗星  作者: 和府
第1章 種をまく日々

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第21話 1555年 官位と側室

蝦夷島チリオチアイヌ領チリオチ 1555年(天文24年)4月 蠣崎舜広(16歳)


 昨年は義兄と共に各地に寄りながら京に上り、多くの成果を得た。後の上杉謙信や能登畠山親子、朝倉義景、朝倉宗滴、六角義賢と多くの有力者と面識を得る事が出来た。これで松前から京までの日本海航路による貿易を更に発展させられるだろう。この海の道は蠣崎家の富の源泉となるので、関係各国と親しくなるのは我らの国益に直結する。そして本丸とも言える足利義輝将軍と最側近の細川藤孝。将軍が室町御所ではなく朽木谷にいたのは予想外だったが、良い関係を築けそうで良かった。将来安東家から独立する際には足利将軍家の協力が欲しいので、今後も献上品で覚えを良くしていこう。そして最後に急遽謁見を許して下さった後奈良天皇及び後の正親町天皇。これは本当に予想外だった。私も義兄も従五位下以上の官位を持っていなかったので、今回は有力な公家、贅沢を言えば五摂家のどこかに伝手を作れれば御の字と考えていた。しかし蓋を開けてみれば、何と主上のご厚意で今上天皇と皇太子と謁見出来たではないか!これには流石に腰が抜ける程驚いた。京では珍しいだろうと玉蜀黍ぱんと玉蜀黍汁を献上品に追加した事が幸いし、天皇から厚い支援を賜る事が出来た。従五位下、蝦夷守…。松前に戻って真っ先に父に官位を賜った事を報告すると、多様で極端な反応を示していた。最初は蠣崎家が従五位下という高い官位を得られる訳が無いだろうと笑い、次に蝦夷守という官位は聞いた事も無いと首を捻った。しかし朝廷から正式に従五位下蝦夷守に任じる旨の格式高い書状を見せると、衝撃に体を震わせながら読み終えた。祖父の義広の墓前に報告しなければと急に立ち上がろうとしたが、驚きで腰が抜けてその場にへたへたと座り込んだ。私が慌てて支えると、何がおかしいのかまた大声で笑い出した。そして衣服を整えると、畳の上で私に深々と頭を下げた。蠣崎家の名を高めてくれてありがとう、御家の未来を明るくしてくれてありがとうと、何度も感謝の言葉を口にした。その後は家臣総出で豪勢な宴会へとなだれ込み、皆が酔い潰れるまで何度も蝦夷守様と面倒に感じる程称えられた。ともあれ、これで最北の小国である蠣崎家が蝦夷島全土を獲得するお墨付きを得たと言えるだろう。念の為に独立の際は足利将軍からも蝦夷守護の称号を頂きたいが、帝のお墨付きを得た事でそれも大分現実的になってきた。誠に収穫の多い良き旅であった。


「ヒコタロウ、何を考え込んでるんだ?また新しい食料の事かい?」


 帰国後の出来事を思い返していると、立派な衣装を来たオキクルミが肩を叩いた。オキクルミとは幼馴染と言っても良い程長い付き合いだ。元服を済ませて官位までもらった私を昔と変わらず幼名で呼ぶのは、今ではこいつくらいのものだろう。公式の場ではオキクルミが和人から睨まれるので流石に指摘するが、2人で話す時には流してやっても良いか。


「ああ、去年の京までの旅の事を思い出してたんだ。本当に予想外の良い方向に進んでくれたと思うよ。」


「そうなのか!俺はショウグンとかミカドとか良く分からないけど、とても遠い場所で暮らす村長の親玉みたいな役割なんだろ。そいつらがヒコタロウの努力と目標を評価してくれたのは、俺も凄く嬉しいよ。」


「ありがとな、オキクルミ。実はお前とチコモタイン殿の手助けがかなり効いてるんだぜ。どれだけ礼をすれば良いかも分からないな。」


「ははは、礼なんて大げさな奴だな。俺とお前の仲だろう?まあ、強いていうならそうだな…。俺と義兄弟になってくれないか?」


 オキクルミの予想外の発言に私は思わず吹き出し、アイヌの儀式用の酒を盛大にぶち撒けてしまった。


「ああもう、何やってるんだお前は…。エゾノカミとやらになっても、やっぱり変わってないな。」


「いやいやいや、これはお前がいきなり変な事を言い出すからだろう!?何だよ義兄弟って!?」


「あれ、和人の言葉にも有るよな、義兄弟って概念は。俺の発音が悪かったか?」


「いや、そういう意味じゃなくてな…。あ~、まず今日はお前と幼馴染のカイポクさんの結婚式だよな?」


「そうなんだよ、俺もとうとう結婚するんだ!チリオチアイヌで一番美人のカイポクを妻に出来るなんて、俺は島一番の幸せ者だ!」


「お、おう。それはとてもおめでとう。親友としても、蠣崎家の代表としても、心から祝福するよ。うん、本当にめでたい。」


「ありがとう!ヒコタロウもアンドウの大殿の妹を妻にもらったんだよな。松前一の美少女だって、俺達チリオチアイヌの間でも噂だぜ。」


「ああ、松前一どころか日ノ本北部で一番の美少女だと思うぞ。夜伽で本気を出し過ぎるのが少し怖いが…。いや、今のは聞かなかった事にしとけ。」


「全く、そんな美少女に毎晩激しく迫られるのを怖がるなんて贅沢な悩み過ぎるぞ!まあ、それは置いといて義兄弟の話だな。えっと、ピリカは分かるよな?」


「当たり前だろ。オキクルミが結婚するカイポクさんの妹さんだろ。俺達の4歳下だっけ?」


「そうそう、そのピリカなんだけどな。ヒコタロウを大層気に入ってるらしくてさ。ヒコタロウと結婚してマツマエで暮らす!って村中で言っててさ。カイポクもどうすれば良いか分からなくて困ってるみたいなんだ。ほら、和人と結婚するアイヌってかなり珍しいだろ。それもヒコタロウは蝦夷島の和人の次の王になるんだろ?前例が全く無くて親父も長老もお手上げなんだよ。」


「あ~、それは確かにカイポクさん達は困るだろうな。俺が生まれてからは和人とチリオチアイヌの間で殺し合いはしてないけど、その前は血みどろの関係だったからな…。」


「そうなんだよな…。俺はヒコタロウも今の王のスエヒロ殿も信頼出来る和人だと知ってるから、ピリカが望むならって思うんだよ。だけどこれは歴史が邪魔をするんだよな…。」


 オキクルミと揃って頭を抱えていると、カイポクとピリカがこちらに気付いて駆け寄って来た。


「トシヒロ様、今日は私たちの結婚式に来て下さり心から感謝致しますわ。夫のオキクルミ共々、これからも末永く宜しくお願い致しますね。」


「カイポク殿、これはどうもご丁寧に…。蠣崎家の特産品を御祝儀としてお持ちしましたので、是非お楽しみください。」


 私とカイポクの礼儀正しい挨拶にオキクルミが思わず吹き出した。


「おいおい、ヒコタロウもカイポクも普段と全然口調が違うじゃないか。誰かと思っちゃうぜ。」


 オキクルミが言うや否や、カイポクがオキクルミの腕を後ろに捻って関節技を決めた。ドスの効いた渋い低音でオキクルミの儀礼を軽視する態度を嗜めるカイポクに、オキクルミも私と同じように苦労していくようで何故か胸がすっとした。親友よ、お互い強く生きような。

 カイポクの素早い関節技に呆気に取られていたピリカが、おどおどしながら私の袴の裾をつまみ、小声で囁いた。


「あの…、トシヒロ様…?私を妻にしてくれませんか…?正室が居る事は知っているので、側室で構いませんから…。」


「えっと…、ピリカちゃんはまだ12歳だよね?結婚して実家から出るだけでも辛いのに、私の妻になったら松前の和人の城に住む事になるんだよ?それは寂しくて耐えられないんじゃないかな…。」


 ピリカのいきなりの直球勝負にしどろもどろに答える私。爆笑するオキクルミ。関節技を改めて決めながら困り顔のカイポク。私の目を真っ直ぐ見つめるピリカ。誰か助けて…。



蝦夷島チリオチアイヌ領チリオチ 1555年(天文24年)4月 ピリカ(12歳)


 憧れのカキザキトシヒロ様と直接話すのは、予想以上に緊張した。会ったら言いたい事を沢山考えていたけど、全部吹っ飛んじゃって、口から出たのは辿々しいお願いだけ…。でも、この思いはきっと伝わったと思う。だって、トシヒロ様も頬を赤くして私を見つめてるから。ここはもう一押しね。


「トシヒロ様、私はあなたと共に暮らせるならどこへでも行きます。松前でも、もっと遠い場所でも構いません。村の長老やチコモタイン殿から何度も教わったんです。トシヒロ様は他の和人と違う。アイヌから奪うのではなく、アイヌと共に未来を作る事を目指しているんだって。そんな和人がいるなんて最初は信じられなかったけど、オキクルミ兄ちゃんが楽しそうにトシヒロ様の事ばっかり話すから、いつからか私もトシヒロ様を好きになっちゃったんです。今日初めてお会いして、その感情が正しかったって確信しました。トシヒロ様は私が一生をかけて連れ添いたい相手だと分かったんです。トシヒロ様の子を沢山産んで、アイヌと和人の架け橋になりたいんです。だからお願いです、私をお嫁さんにしてください…!」


 …言っちゃった。すっごく恥ずかしくて頬が燃えるように熱い。オキクルミ義兄ちゃんは良く頑張った!って顔で拍手をしている。カイポク姉ちゃんは私の決意を聞いて感動で涙ぐんでいる。そして肝心のトシヒロ様は…?


「…ピリカちゃん、分かったよ。そこまで私を思ってくれているなら、しっかり受け止めないと男が廃るよね。でも私の子を産むというのは何年か待ってね。ピリカちゃんの体がもっと大きくなってからじゃないと危ないんだ。」


 やりました!何度も夢に見た瞬間が現実になったのです!


「カイポクさん、私はピリカちゃんの気持ちを受け止めようと思う。貴方の大切な妹さんを、松前に連れて行って良いかい?」


「ピリカが強く望む事ですから…。分かりました、私の妹を、末永く大切にしてくださいね。ピリカ、体に気を付けてね…。」


 こうして思わぬ形でピリカが側室となった。ピリカは和人の文化や風習に早く慣れるよう、とても努力してくれた。若いからか言葉の習得も早く、一年後には武家の妻として恥ずかしくない程の流暢な日本語を話せるようになった。正室の秋姫は妹が出来たようだと言い、ピリカをとても可愛がってくれた。秋姫の兄弟は男ばかりだったので、妹というものに憧れていたらしい。父は側室を持つ事で孫が増えると大層喜んでいた。父は史実では男13人、女13人の合計26人の実子を持つ、恐らく戦国時代最強の子沢山だ。あの徳川家康で16人、伊達稙宗で21人なのだから恐ろしい。流石にこの父は超えられないだろうが、私も男女問わず子沢山を目指している。この広い蝦夷島を蠣崎家が統治するには、多くの一門衆を隅々に派遣するのが現状最も効率的だろう。子沢山なのは大名の重要な能力の一つなのだ。

 子沢山を目指すと言ったが、今年はまだ子作りに励む事は出来ない。私の体は準備万端だが、正室の秋姫がまだ14歳、側室のピリカに至っては12歳だ。妻が16歳になるまでは、妻の健康のために手を出さないと決めている。それ故秋姫は後2年、ピリカは後4年待たねばならないのだ。正直な所、思春期男子が美少女2人と添い寝や前戯はするが本番はしないというのは中々苦しかったりする。相手が美少女2人なので益々辛い。しかしこれも妻に長生きしてもらうためだ、苦しいが耐えねば…。

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