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松前の斗星  作者: 和府
第1章 1539~1558年 種をまく日々

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第20話 1554年 上洛(3)

2026年3月29日:出羽守を従五位下から従五位上に修正。

山城国愛宕郡御所 1554年(天文23年)10月 後奈良天皇(57歳)


 今日は珍しい客が来ている。出羽国の安東家の新当主である安東愛季、そして義弟の蠣崎舜広だ。遥々海を越えて献上品を届けに来た。これまでに何度か使いの者から珍しい品を受け取った事は会ったが、当主自ら来るのは初めてだ。若くてして当主となり不安ばかりだろうが、良い心がけである。本来は従五位下以上で無ければ昇殿して朕に会う事は出来ないが、今回は若者が遥々来た事へのちょっとした褒美として、特別に会ってみる事にした。流石に昇殿させるとしきたりに拘る公家達がうるさいので、安東愛季達には庭に敷いた布に座ってもらう事にした。これなら昇殿はしていないと押し通せるだろう。朕の側近が声をかけると、2人の若武者が恭しく頭を下げた。朕は基本的に御簾の奥から訪問者を睥睨するのが仕事なので、訪問者との会話は側近が行う。並べられた献上品をそれとなく見ていると、薄黄色の丸い塊と、黄色い粉が見えた。これは初めて見る品だな。側近経由でこれらの説明を促すと、安東愛季が少し困った顔で隣の蠣崎舜広を見た。こちらから蠣崎舜広に発言を促すと、少年は堂々と語り始めた。


「発言の機会を頂き誠にありがとうございます。この薄黄色の丸い塊が玉蜀黍ぱんの砂糖まぶし、黄色い粉が玉蜀黍汁の素です。」


 玉蜀黍?初めて聞く名前だな。続きを聞くと玉蜀黍が南蛮由来の野菜である事、蝦夷島の気候で育て易い事、米の育たない蝦夷島では米の代わりになり得る重要な食料である事が分かった。砂糖は時々献上されているが、暖かい地域で砂糖黍を育てる事でしか得られない筈の砂糖を、最北の大名から贈られるのは妙だな。ただ砂糖に関する説明は無いので、わざわざ聞くのも野暮であるな。


「成る程、この玉蜀黍ぱんは如何にして食すべきか?」


「はい、そのままでも食べられますが、軽く火で炙るとより美味しく召し上がれます。」


 久し振りに好奇心を刺激された朕は、火鉢で直ちに炙らせ口に運んだ。うむ、見た目からは想像出来ない優しい甘さと香ばしさが食欲を刺激する。これは中々旨いな。蝦夷島は米が取れない不毛の島と考えていたが、米にこだわらなければこのような物も作れるのだな。


「うむ、これは中々旨いな、気に入ったぞ。こちらの黄色き粉は如何にして食すべきか?」


「はい、こちらは湯に混ぜてよくかき混ぜてから飲みます。玉蜀黍を茹でで乾かして粉にする事で、生のままよりも日持ちするようになります。」


 こちらも早速試してみたが、腹の底から温まり実に心地良い。まだ秋口だが京は既に凍える風が吹いており、温もりが染み渡るこの玉蜀黍汁は特に有り難く感じるな。しかし何か違和感が…。


「蠣崎舜広よ、1つ教えて欲しい。見栄えよく高価なる献上品が並ぶ中にて、何故玉蜀黍ぱんや玉蜀黍汁の如き日常の食事を献上したるや?砂糖を除き、これらはそちの領地にて多く手に入る食材にあらずや?」


 朕の発した疑問に、側近がざわつき始めた。献上品とは珍しく価値の高い物であるのが常識なのに、日常の食事を贈るのは礼を失しているのでは無いかと。少年達に厳しい視線が注がれ始めた所で、蠣崎舜広が口を開いた。


「主上の仰る通り、これらは我が領地で手に入れやすい材料で作りました。そしてその事が、私が蝦夷島で目指す事に繋がるのです。」


 安東愛季が困惑した顔で義弟の話を聴いている。きっと初耳の事で、何が飛び出すか不安なのだろう。


「先程も申し上げた通り、蝦夷島では米が作れません。蝦夷島に暮らす我ら和人はアイヌに比べれば遥かに少数ですが、それでも食料は足りず餓死が相次いでいました。長い冬は命を容易に奪う程寒く、子供や病人の多くが冬を越せず、大人たちはそれを当たり前だと考えていました。峠の向こうには言葉も文化も異なるアイヌが多く暮らしており、彼らから奪い、奪われ、殺し合う事が100年以上続いていました。」


 先程までの献上品の話とは打って変わって、蝦夷島の苦しく厳しい生活の話に公家達が絶句している。朕も少し気圧されてしまったが、しかしどこかこの少年に親近感を抱いた。かつて民が飢えや流行り病で次々に倒れていく事に大いに心を痛めた朕は、日ノ本中の一宮に自ら写経した般若心経を納めたものだ。その後も民は苦しみ続けていたが、朕に出来る事は全てやり終えたのだと、半ば目を逸らしてしまったのだ。公家達からは「民のために夜遅くまで写経する慈悲深き主上」と崇められたが、それで民の暮らしが良くなったという話は聞いていない。


「私はそんな蝦夷島の常識を変えたいのです。飢える事なく、凍え死ぬ事なく、アイヌも領民に加えて豊かに暮らす、そんな島を創りたいのです。私は新たな特産品を売って銭を得ました。南蛮から野菜の種やぱんの作り方を買い取り、食料を増やしました。アイヌと食料を分け合い、友人を多く創りました。玉蜀黍ぱんと玉蜀黍汁は、そこから生まれた成果の1つなのです。」


 朕の胸に熱い何かが込み上げる。失って久しい情熱や熱意といった感情だろうか。この少年は、朕が諦めてしまった事に対して、朕より遥かに小さい力で果敢に立ち向かっているのだ。朕がかつて目指し、そしてなる事を諦めた姿なのだ。側近が止めるのを無視して御簾を跳ね上げると、朕は履物も履かずに庭に降りた。皆が目を白黒させて驚いている中で、蠣崎舜広ただ一人が、動じずに朕の目を真っ直ぐ見つめている。その眼差しに眩しさを感じながら、朕は少年の肩に手を置いて言った。


「蠣崎舜広、誠に天晴な心構えよ!武士として土地を守るのみならず、民の生活を向上させ、さらには異民族をも領民に迎え入れんとするその野心、朕は心より感じ入った!久方ぶりに心を熱くしてくれた礼ぞ、何か欲しき褒美は有りや?」


 朕から直接何の褒美が欲しいか尋ねるなぞ、長い人生で初めてだ。これが朝廷の儀礼に反している事は百も承知で、後から公家達に小言を言われるのも容易に想像出来る。しかし、今回だけはどうか許して欲しい。朕が出来なかった事を、この少年に託したいのだ。朕の寿命が尽きる前にこのような出会いを得られた事を、先祖の帝達に感謝せねばな。


「主上、褒美等と恐れ多い事でございます。強いて上げるとすれば、私が蝦夷島で豊かさを追い求める事をお認め頂ければと思います。」


「ははは、若きにして謙虚なる事よ。良かろう、蠣崎舜広、そちに官位を授けよう。従五位下、蝦夷守ぞ。この官位を以て、蝦夷島のみならず日ノ本を豊かにせよ。」


 側近達が朕に掴みかからんばかりの勢いで抗議を始めた。「蝦夷守」なる官位は無い事、蠣崎家は従五位下に値しない小国である事等…。いかにも前例至上主義で思考停止した公家の言いそうな事よ。蠣崎舜広はただの田舎の弱小領主のせがれではない。朕の願いを託すに値する、いわばもう1人の息子よ。貧乏朝廷に出来るのが官位による箔付け程度なのは寂しいが、ともかく朕はこの少年を応援したいのだ。朕の滅多に出さない大声に公家達が黙った所で、改めて蠣崎舜広、いや、蝦夷守の肩を強く叩いた。朕はもう57歳で、いつお迎えが来てもおかしくない。蝦夷守の理想の国を見る事は叶わないだろう。しかし、いや、だからこそ、今蝦夷守に出来る事は全てやっておきたい。


「方仁、今の話を聞いておったか?朕が崩御した後、そなたが帝となりてからも、蝦夷守を支えてやるのだぞ。」


 皇太子の方仁(37歳)が恭しく朕に頭を下げた。よし、これで朕亡き後も問題無いだろう。


「主上、僭越ながらもう1つ宜しいでしょうか。」


 蝦夷守が朕に頭を下げる。ふむ、他に何か必要な物が有るのだろうか。


「従五位下、蝦夷守に任じて頂き恐悦至極にございます。もし叶いますれば、我が主君にも官位を授けて頂ければ有り難く存じます。」


 ははは、殊勝な事よ。蝦夷守に任じられても、主君への心遣いを忘れぬか。良かろう、主君思いの野心家というのも面白いものだ。


「なれば、安東愛季を従五位上、出羽守に任じる。蝦夷守と協力し、日ノ本を北より豊かにせよ。」


 突然主上から出羽守に任じられた安東愛季は、緊張と驚きのあまりに口をまるで金魚のようにぱくぱくさせていた。蝦夷守が促す事で、漸く朕に深々と頭を下げる事が出来た。うむうむ、気持ちの良い少年達だ。出羽守についても後で苦言を受けるだろうが、それも気にならない程清々しい気分だ。朕はこれから豊かになるであろう蝦夷島の方に顔を向け、明るい将来に目を細めるのだった。

・後奈良天皇:1497~1557年。第105代天皇で、在位は1526~1557年。父は後柏原天皇、母は勧修寺藤子。畿内が混乱しており朝廷がとても貧しかったため、即位礼を行ったのは即位の10年後である。


・正親町天皇:1517~1593年。第106代天皇で、在位は1557~1586年。父は後奈良天皇で、母は藤原栄子。諱は方仁。織田信長との協調路線により、朝廷の財政を回復させつつ、信長の敵対勢力に講和の勅命を出し信長を支えた。

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