【第44話】憤怒の異形と涙③
すすり泣く小鬼が助けを求める人物は、何故か鬼ヶ島で鬼退治をしたはずの桃太郎だった。
「ナツメ君、桃太郎って鬼から見れば敵じゃないの?」
「いやそのはずなんだけど……ごめん、分からない。
放っておくのは後味が悪いし、話しを聞いてみようか」
僕の提案にルーナも頷く。
うずくまる小鬼にそっと手を伸ばし、背中に触れる。
「ひっ……!! あ、あわ、あ……」
小鬼の背中がビクッと震える。
こちらを見つめる小鬼の瞳は大粒の涙で濡れていた。
僕は出来る限り優しい声で小鬼に話し掛ける。
「言葉は分かるかな? えっと、大丈夫だよ。
僕達は君に何もしないから……ね?」
「ひっく……嘘だ!
くすん、お前達もあの人間達と一緒なんだ!
そうやって騙して、オラを殺すんだ!」
「そんな事しないよ……
何もしないし、僕達はただ聞かせて欲しいんだ。
何があったの? 人間に何をされたの?」
「……ほんとに何もしない?」
「うん、約束するよ。
後ろにいるルーナ……お姉さんも優しいから」
そこからポツポツと小鬼から情報を聞き出した。
要約すると、今いる物語は桃太郎の物語が終わった後の世界だった。
僕が知る桃太郎は、鬼の根城である鬼ヶ島で鬼退治をして、鬼達が今まで盗んで溜め込んだ金銀財宝を持ち帰るという物だ。
しかし、小鬼が言うには鬼退治とは名ばかりで、実際には桃太郎とそのお供は1人として鬼を殺めていない。
それどころか、盗みをしなくても生きていけるように農作業を教えたり、家畜の育て方や生きていくのに必要な知識を鬼に与えたと言う。
そしてその見返りこそが、盗まれた物ではあるが、あの金銀財宝だったという訳である。
「へぇ、じゃあ桃太郎って君達から見ても英雄だったんだね……」
「うん、オラは見た事無いけど、父様や母様は見た事あるって言ってた。
とても立派な御仁だって」
凄いな桃太郎……英雄が過ぎるでしょ。
ただ、そこからの小鬼の話は耳を疑うものだった。
「オラ達は桃太郎の言った通りにして、人里に行かなくても生活できるようになったんだ。
でも……」
「でも?」
「人間が……鬼ヶ島に攻めてきたんだ」
曰く、島の鬼達は桃太郎の教えを守って話し合いで解決しようとしたと言う。
当の人間はまったく聞く耳を持たず、老若男女構わず鬼達を殺し回った。
鬼を殺す人間は皆、楽しそうで不気味だったと。
そんな中、小鬼は命からがら逃げ延びたのだった。
「それは……」
正直、絶句した。
ルーナの目からも涙が零れている。
僕も堪えてはいるが、少しでも気を抜けば溢れてしまいそうだ。
「そうか……今まで、頑張ってきたんだね。
人間を許せとは言わない。いや、言えない…かな。
でも、桃太郎の意志や想いはこれからも守って欲しい」
「オラもそうしたい……
でも、人間は許せない。アイツらは卑怯だ。
自分達が正しいと思ってる……分かり合えない……
仲間ももういない。父様も母様も……うぅ」
返す言葉が見つからないな。
小鬼の目尻にまた大粒の涙が浮かぶ。
「ねぇお兄さん、オラを……
オラを仲間達の所へ送ってくれないかい?」
「!? それは……」
そう願い出る小鬼の目は、どこか諦めたような目だ。
そんな事できる訳がない……
異形が相手だから何とか武器を振るえたけど、目の前の小鬼は異形でも何でもない。
今は理性ある1つの生命だ。
「ごめん、それは出来ない。
無責任かもしれないけど、君には生きて欲しい……」
「そっか、そうだよな……オラのわがままだ、ごめんよ」
僕の返答に小鬼は項垂れる。
正直どうしていいか自分でも分からない。
生きるてもらう事が正しい事だと僕は思う。
それと同時に、これ程までに残酷な選択肢もないだろう。
「謝るのは僕達だよ。こちらこそ、ごめんね……
あっ、そうだ! ……えいっ!」
僕は袖に縫い付けられたボタンの1つを引きちぎり、小鬼の方に投げ渡した。
「……こ、これは?」
「僕の服のボタンだよ? そっか、ボタンが無いのか!
服の合わせ目をこう、繋ぐための物だよ。
僕達みたいな人もいるって事を、そのボタンを見る度に思い出して欲しいんだ!」
「あ、ありがとう……オラ、頑張ってみるよ」
初めて小鬼が少し微笑んだ。
手に取ったボタンを大事そうに握りしめてくれる。
一緒に居たいが、そろそろお別れの時間だ。
そもそもこのアフターストーリー自体が、かなりイレギュラーなのかもしれない。
無限に存在する桃太郎の未来の1つに過ぎないのかもしれない。
次にこの物語に入った時には、もう忘れられてるかもしれない……
「小鬼くん、僕達はもう帰らなければいけないんだ。
どうか元気でね……」
「うん。オラ……兄ちゃん達のこと、絶対忘れないから!
兄ちゃん、それから姉ちゃんも達者でな!」
「ありがとう。わたしも応援してるから!」
小鬼との固い握手を交わし、背中を向ける。
『そして物語は幕を閉じる』
振り返ること無く、禁書庫に帰る──。
──はずだった。
背中から猛烈な殺気の波が押し寄せてくる。
僕とルーナは反射的に戦闘態勢に移行した。
振り返ると、先程倒した異形に似て非なる物に、今まさになろうとする小鬼の姿があった。
「う……あ、お兄さ……た…す……け……」
ドス黒い涙を流し、その涙が自我を持っているかのように小鬼を取り込み、異形の形を形成していく。
「そんな、どうして……」
「ルーナ! 完全に異形になる前に倒すよ!」
「わ、分かった!」
まだ完全に飲み込まれた訳では無さそうだ。
この異形を禁書庫に通す訳にはいかない!
今ならまだ完全に異形化する前に倒せるかもしれない。
「おらァァア!!!」
ギィィン!
さっきまでは刃が通っていたのに弾かれた!?
まずい、まずい、まずい!
刀では切れないと判断し、大斧に描き替える。
「ルーナ! 後押しはお願い!」
「任せて!」
「ゼヤァ!!」
ズグッ……!
刃の先が僅かに首にめり込んだ。
そこにすかさず、ルーナの戦鎚による追い打ちが入る。
異形の首は勢いよく地面を転がり、殺気も収まった。
「ハァ、ハァ……ナツメ君、なんだったのアレ?」
「分からない……けど、オラシアさんには報告した方が良さそうだね……」
首を切られた異形は倒れ込み、呑まれかけていた小鬼が姿を現した。
意識は失っているが、どうやら無事なようだ……
「良かった……生きてる……」
「うん、何とかなって良かった……」
小鬼に纏わり付いていた異形たらしめる物は、全て溶けて無くなった。
その後、僕達は小鬼が目覚める前に近くの木陰まで運び、改めて帰る準備を始める。
「さぁ、帰ろうか……先輩も待ってる事だろうし」
「そう…だね。楽しみにしてるだろうし!」
小鬼の安寧を願いながら、禁書庫へ続く魔法陣を潜る。
こうして、鬼の異形退治は幕を下ろした。
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次の異形をお楽しみください……




