【第38話】嫉妬に狂う異形 ③
「2人とも待たせたね。
今動ける兵士達を連れて来たよ!」
僕とルーナは席を立ち上がり、チャームさんと兵士の人達が部屋に入れるように椅子を部屋の隅に寄せる。
部屋の中央に置かれているテーブルを取り囲むように並び、僕が思い付いた作戦の概要を説明し始めた。
一通り説明し終えると、兵士の1人が声を上げる。
「内容は分かりましたが、にわかには信じがたいですな」
「そこについては僕が保証しよう。
僕はこの2人の闘いを間近で見ている。
ナツメさんの魔法を、ここに居る皆にも見せてあげる事って出来るかな?」
「分かりました」
チャームさんのリクエスト通り、僕は羽根ペンで剣を1本描いて見せる。
その様子を見た人達は驚いていたり、興味深そうに見ていたりと反応は様々だった。
「これで分かっただろう?
彼等は本物だ。そして、あの怪物への切り札になりうる唯一無二の存在だ」
「疑ってすまない。
俺達も多くの仲間を失っていてね、失敗はもう出来ないんだよ……」
仲間を失った兵士の言葉にはとても重みがあった。
この作戦、失敗は出来ない……
「では、作戦通りにお願いします。
絶対に成功させましょう!」
『応ッ!!』
15人の兵士達、僕とルーナ、チャームさんの計18人で再び謁見の間の扉前に集まった。
部屋の中からはギシギシと異形の足音が聞こえる。
僕達はお互いに目配せし、無言で配置に着く。
僕と特に体格が良い兵士1人が扉前に、他の兵士達は7人ずつ扉の左右に、ルーナとチャームさんが隣室に居る状態である。
隣室で待機するチャームさんに片手を上げて合図する。
さぁ、作戦開始だ。
まず初めに、ルーナが隣室から謁見の間に入り、異形の気を引いてもらう。
悪い言い方をすれば、囮になるのだ。
「もうなんでもやってやる! 力こそパワーだよ!」
ルーナが扉の向こう側で脳筋チックな事を叫ぶ。
僕よりも遥かに強いとはいえ、いつまでもルーナを危険に晒す訳にはいかない。
僕も急いで準備しなきゃね……
まず初めに描くのは、扉の端から端までを繋ぐ事が出来る分厚いゴム性の紐。
そのゴム紐を扉の両端まで伸ばし、兵士達に槍の柄で全力で抑えてもらう。
そして、もう1つ描くのは槍。
ただ、その細さは僕の小指程しかない。
「ルーナ! 異形を壁際ど真ん中に追い込んで!」
扉越しにルーナに伝える。
すると、向こう側から──。
「分かったけど! なるべく早くしてね! うわぁ!」
と、切羽詰まった返事が聞こえてくる。
僕も急いで準備しなければ。
まずはゴム紐を軽く引っ張り、槍の柄をつがえる。
槍の先端は扉の鍵穴に合わせ、全力でゴム紐を引く。
僕も体格の良い兵士さんも渾身の力で槍を引く。
「ルーナ! こっちは準備OK! 合図して欲しい!」
「こっちもいいよ! 壁際ど真ん中まで追い込んだよ!」
「じゃあ、行くよ! 3…2…1…発射!」
数え終わると同時に槍を引いていた手を離す。
ヒュッ……バチィン!
槍が鍵穴を抜けて、高速で放たれた。
ゴム紐は扉にぶつかり甲高い音を鳴らす。
命中しているといいのだが……
「ナツメ君、当たったよ! お見事!」
その報告を受け、外にいた僕達は大扉を開けて謁見の間に押し入る。
まず目に入るのは壁に串刺しになった異形。
放った槍は異形の鳩尾ど真ん中を射抜いている。
『でレラ……しんデれラ………憎イ……』
今、異形が『憎い』と言ったか?
いや、聞き間違いではない。
壁に刺さった異形はこれでもかと言わんばかりに暴れ、叫んだ。
『憎い憎イ憎い憎イ憎い憎イ憎い憎イ!!!!』
「うわっ! 皆下がってください!」
手足を振り乱し、抵抗を見せる。
ここまで暴れられると、壁や床が崩れるかもしれない。
そうなる前に、兵士達に4本ある異形の腕に縄をかけて拘束してもらう。
「ここからは僕の仕事だ……
ルーナ、僕を持ち上げてくれないかな?」
「う、うん、分かった」
僕の頼みにルーナは複雑な顔持ちで応える。
今から何をするのか察してくれているのだろう。
ルーナは僕の脇から手を回し、後ろから抱きしめる形で僕を宙に持ち上げる。
高さはちょうど、異形の首辺り。
普通の剣や刀では僕の腕力では刃が通らない。
であれば、僕が描くのは大きな斧。
刃渡り1メートルを遥かに超える、大きな斧。
「ルーナ、刃が通らなかったらその戦鎚で後押ししてね」
「任せて……」
僕は手に持つ大斧を振りかぶり、全力で異形の首目掛けて横に薙ぐ。
ザグっ……ゴトン……
肉を断ち切る鈍い音が響く。
2つある首の内、片方は落ちたが、もう片方は首の半分を過ぎた所で刃が止まってしまう。
「頼むよ」
「うん……」
ルーナは僕から手を離し、戦鎚で斧の頭を叩く。
そしてまた、ゴトン……と首が転がる。
この時、僕とルーナは初めて生きている何かの命を自分の意思で奪った。
心に重い何かがのしかかる。
異形が痙攣する度に赤が噴き出す。
──動悸がする。
──赤が滲む。
──手足が震える。
──赤が広がる。
──思考が白くなる。
そんな時、ポンと僕の肩に手が触れた。
「……チャームさん?」
「思い詰める必要は無いよ。
胸を張って誇るといい! 君達は『英雄』なんだ!
ほら、皆を見てごらん?」
周りを見渡すと、兵士達は拳を天に突き上げて勝利を喜んでいた。
中には膝を突いて涙を流す人もいる。
「これを見てもまだ、下を向いているつもりかい?」
「そうですね、ありがとうございます」
チャームさんは満足気に頷くと、兵士達の所へ。
「さぁみんな! 涙を拭いて祝勝会の準備だ!
先に旅立った仲間に勝利の歌を届けようじゃないか!」
『うぉおおおお!!』
兵士達は雄叫びを上げると、我先にと謁見の間から去って行った。
「ナツメさん、ルーナさん、本当にありがとう。
君達の活躍には国を挙げて感謝させてほしい」
「いえ、皆さんの協力あっての結果です。
それに、僕達はまだ少し作業が残っているので、気にせず先に行っていてください!」
「そうか、分かった。君が言うならそうしよう。
何かしらの事情があるんだろう?」
チャームさん、感が鋭い……
こちらとしては助かるし、今は好意に甘えよう。
「チャームさん、後はよろしくお願いします。
何とか誤魔化しておいてくださいね?」
「そこは任せて欲しい。
皆を説得できる、最高の言い訳を考えておくよ」
チャームさんと最後に握手を交わし、謁見の間には僕とルーナだけが残った。
「良かったの?」
「うん、あまり長い事居ると別れる時に辛そうだし。
最後の確認だけして帰ろ?」
異形の方を見ると、既に真っ黒の水溜まりが出来ていた。
しばらく待っていると、水溜まりはボコボコと盛り上がり、2人の人間の形に……
真っ黒な人影は徐々に色を取り戻していく。
現れたのは、汚れた服を着た2人の女性だ。
2人とも意識は無いようだ。
この2人が今回の元凶にして、シンデレラの義姉。
「よし、異形化はしていない……
それじゃ、図書館に帰ろう、ルーナ」
「うん! 私、お腹ぺこぺこだよ……」
『そして物語は幕を閉じる』
僕達は童話『シンデレラ』の世界から帰路に着く。
「ねぇルーナ。チャームさんってもしかするとさ、チャーミング王子って事だったりするかな?」
「えっ、ホントに!? 確かに兵士さんに指示してたり、国を挙げてとか言ってたけど……」
「正直分からないけどね、シンデレラの童話に王子の名前は出てこないんだ」
今となっては後の祭りだ。
次に会えた時は聞いてみようかな……
そんな事を考えながら──。
僕達は禁書庫に帰って来た。
祝! 10万文字なのです!!
皆さんの応援に背中を押されながら、物書きとして1つの山を乗り越えられた気がします!
これからも応援よろしくお願いします!




