第66話 シオンとカールトンの魔道具
「シオンです。先生、入ります」
リリアナと入れ替わりでカールトンの部屋に入ると彼は座って机上にある書類に目を通していた。
「久しぶりに顔を見れたのに、明日にはもう帰るだなんて慌ただしいものだね」
「すみません」
名残惜し気に言ったカールトンが書類を置いて立ち上がり、近くの椅子に座るようシオンを促す。
「まぁ仕方ないね。君たちの事を周りに知ってもらう為には貴族が集まる場に出るのが手っ取り早い。……あ、シオン君、机の上にあるそれ触らないでね。少しでも触れたら怪我をするかも」
「!」
まるでシオンの動きを読んだかのよう。カールトンは背にしたシオンを一度も振り返ることなく、呟いた。
シオンが思わず触れようとしたのは、机上に並んだ筆記具に紛れて置かれた瑠璃色の軸の万年筆。興味をひかれ、指先を近づけようとした瞬間、カールトンにやんわりと制止された。
「見た目はどこにでもある普通の万年筆だろう? てもそれ実は私しか使えない魔道具なんだ」
「万年筆が魔道具、ですか?」
驚いて目を瞬かせるシオンの前にカールトンが向かい合わせで椅子に腰かける。
「昔、色々あってね。知り合いの魔術師に造らせたんだ。これがあると便利でね。そうだ、今度一点造るよう依頼しておくよ。シオン君にあげる」
この魔道具の万年筆は軸の一部を押すと室内の音が一切外に聞こえなくなる。つまりこれは防音効果の魔法を発動させる。さらに持ち主が触れなければ発動しないという代物だ。
「すごいな。盗聴を防ぐ事ができるんですね」
「そう」
シオンもこのような効果をもたらす魔道具を見聞きした事はある。だがそれらはかなり高額でそこらの人間が安易に手に入れられる物ではない。
これ程の物になると城一つ購入する位の金は必要になるだろう。
それ程価値ある高級魔道具をカールトンは事も無げに贈ると言ってのけた。
エドワルド・カールトンはフェリシアの元宰相だった男だ。だが彼の私生活はいたって質素、これまで蓄えた資産は莫大。むしろ資産用途に困る程で、今更ながら彼の資産は現在どこまで増大しているのか、見当もつかずシオンは身を震わせた。
「ですがそれはとても高価な物です。お気持ちは嬉しいですが、受け取れません」
「いや、これは気持ちの問題じゃない。まぁ君の実家の財力なら買えないこともないだろうけど。お守りのような物だから持っていた方が良い。――真に恐れるべきは、有能な敵ではなく、無能な味方。これは私が現役の時学んだ教訓だよ」
師と仰ぐ男、カールトンは時折何の脈絡もなく謎めいた言葉を口にする。今がそれである。
わかりましたとシオンは頷き、魔道具を受け取る事を了承してから、これまでに起きた事を伝えた。
◇
「……そう、メロゥ領のみでなく、他の辺境地にも不可解な噂が流れているのか」
「はい。現時点ではそれだけでおさまっている様ですが、中央の監視は継続中です。ですが万一不穏な動きがあった場合は――」
報告内容はここの所巷を騒がせ話題になっているジリアン・タウンゼント侯爵令息の件だ。
その後、進展は表面上確認できず、というのが監視官達から受けた報告だ。
「そうか、シオン君も余計な仕事が増えて大変だね。本来、君の仕事は補佐官だろうに。何の因果かあの閣下に気に入られてしまったからね」
茶化すように口にしたカールトンの言葉にシオンが目を見開き否定した。
「まさか、気に入られるなど」
「ふっ、そのまさかだよ。爵位があるとは言え、まだ若輩の役人と接するなど、以前の閣下からは考えられない事なんだ」
タウンゼント侯爵は昔から気難しい性格で滅多なことで他者に気を許さないと知られている。
だがシオンはこの侯爵に呼び出される事が増え、近頃は面会するのも慣れてきた。
「確かに閣下は周囲からそのように思われているようですが、話すと案外理解力のある、実に甥思いの優しい方でした」
「そうかも知れないね。彼は一旦自分が認め懐に入れた者には、情をもって接する。そういう方だ」
さすがの侯爵も唯一の血縁ジリアンには甘い。当のジリアンも侯爵家の者として恥ずかしくないよう、日々懸命に学んでいる。
「貴族として生きると決めた以上、身に付けねばならない事が多くある。それは彼が知るこれまでの常識やルールと違う。それらを受け入れるため苦労はあるが仕方ない。それはそうとジリアン君も同じ夜会に出席するようだね」
「――はい」
淀みなく返す。予め事前に名簿を入手し把握している。ただリリアナにはその事を伝えていなかったのだが、彼女はすでに知っていた。
恐らくジリアン本人から聞いたのだろうが、シオンにとってそれが些か面白くない。
急に声のトーンが落ちたシオンをみて、カールトンが何かを悟り苦笑する。
「ジリアン君は閣下の勧めもあってか、夜会やお茶会に比較的多く出席しているみたいだね。特にそこで接近してくる怪しい者がいたと聞いてはいないけれど、ちょっと気をつけた方がいいかな」
普段彼にはタウンゼント侯爵家の護衛が同行し、身辺を常に警護している。そのためそれ程心配はいらないはずとシオンは思うのだが。
が、カールトンは念のため警戒を怠るなと口にする。シオンは頷いた。
「わかりました。出来る限り彼に近づく者には気をつけます」
「うん、申し訳ないけれど頼むよ」
シオンの返事にカールトンは少し安心したのか笑みを浮かべた。




