第64話 破滅の指輪と離宮の話
確かに二人はエルディアから来たと転入時に渡されたタウンゼント侯爵家独自の調査書で確認している。
「ところでご子息様はどなたか意中の女性はいらっしゃるのですか?」
「は?」
「はっはっ、突然このような事を言って申し訳ございません。ですがご子息様の御家柄と御容姿でしたら周囲の女性達は黙っていないでしょう。貴方様が望めばどんな方でも受け入れるでしょうに。ああ、ですが貴方様を見ていると思い出す。タウンゼントの天上の花――マリアベル様と本当に面影がよく似ていらっしゃると」
婚約者選びの件は他の者同様よくする話題で、今回もまたかと辟易しかけた所で唐突に伯爵の口からマリアベルの名が出たため、ジリアンは心臓を大きく跳ねさせた。
「……っ、」
そんなジリアンの動揺の瞬間を一つも逃さぬよう、観察するように見ていた伯爵が不意に上着の内ポケットからキラリと光る何かを取り出した。そのままジリアンの前に広げる。
ジリアンは怪訝そうに目を細めた。
「それは?」
「よくご覧ください」
それは一見何処にでもある指輪のように見えた。中央部分が宝石の代わりに刻印が彫られている。
その周りに小ぶりの青い宝石が嵌め込まれていた。よく見ると精巧な作りで、伯爵がジリアンの手にそれを乗せた。
なぜ自分に、と奇妙に思いながら指輪を間近で見たジリアンはあるはずのない刻印に気付き、顔を上げた。
その刻印はジリアンが昔からよく知るものだった。
「これを、どこで?」
震える声でジリアンは尋ねる。予想通りの反応に伯爵は目元に皺を寄せ口角をあげた。
「それは今は亡きマリアベル様からお預かりしていた物です。ずっとお返ししなければと思っておりました。ですが彼女はもういらっしゃらない為、困り果てていたのです。だがやっと貴方という存在が現れた。指輪は本来の持ち主である貴方にお返し致します。……ああ、それにしても此度はなんとめでたい事か、御父上もさぞお喜びでしょう」
伯爵が話終えた瞬間、ジリアンと目が合う。それまでの彼はいつもの社交辞令で伯爵達を無難にやり過ごそうとしていた。だが最後の言動が彼の心を掴んだ。
またしても期待どおりの展開に伯爵はにやりと笑う。
「最後のそれ、は」
伯爵は声をひそめて答える。
「ああ、それ以上の事はここではお話できません。場所を変えて……そうだ、来週クリスティーナ離宮で夜会がおありでしたな。そこでお会いし、離宮のサロンでお話しましょう」
『父』という言葉に反応し、態度を一転させたジリアンは神妙な顔つきになり「わかった」と頷き返した。
「ありがとうございます。では私共はこの辺りで失礼致します。さあ行くぞ、ダリウス」
「はい。お祖父様」
伯爵に促されたダリウスはジリアンに礼をし、広間を出て玄関ホールに続く道を歩いていく伯爵の跡を追いかけ去っていった。
ダリウスの背が見えなくなりそうになった辺りで、ふとそばに人の気配を感じ振り向く。そこには黒髪の護衛デュークが立っていた。
彼の射貫くような目がジリアンを緊張させる。陰の気を漂わせた表情、唇が動く。
「……忠告する。その指輪は破滅を呼ぶ。悪いことは言わない、早急に手放すことだ」
「!」
地の底から這う、冷たさを含んだ暗い呟きがジリアンの耳に刺さった。ジリアンがその呟きの意味を尋ねようとするも、デュークは彼を一瞥し無言でダリウスの元へ去っていった。
「……」
残されたジリアンは手の中にある指輪を握りしめる。これに刻まれた紋章と同じ物に覚えがある。見間違えることなどあり得ない。
この紋章は昔から自分を長い間支えてきた、ある支援者の証なのだから。
――その名を、口にしては、ならない
以前学園の創始者エドワルド・カールトンが言った言葉だ。
創始者はジリアンに忠告をしたのだ。優しく。それ以上踏み込んではいけない。知ってはいけないと。
「破滅を呼ぶ、か」
手の中の指輪が熱を帯びる。
◇
メロゥ家での休暇はいつもより早く過ぎていく。それというのも来週は王都で催される夜会があり、それに合わせて早めに戻らなければならないからだ。
明朝早くに婚約者のシオンと王都へ帰る。その前にと私は隣のカールトンおじさまの屋敷に挨拶のため顔を出していた。
いつものようにおじさまと私は盤上遊戯をしながら世間話をする。
学園にいる時、日常や遭遇した事件の話を手紙に書き伝えているが、直接会い話ができない為微妙な差異が伝わりにくい。
だからこうして帰省した時、色々分かりやすく事細かに話すようにしていた。
「そうかクリスティーナ離宮で夜会があるんだね。あそこは古い建物で広いから迷わないようにね」
「話には聞いてるけど、相当広いんですか?」
そうだねとおばさまの淹れてくれた紅茶を飲み、おじさまが頷く。
「クリスティーナ離宮は先王より前、国内が荒れていた頃から存在していた。ざっと築百年て所かな。内外の敵から逃れる為、隠し部屋や通路が多々ある」
「すごい。隠し通路も」
「クリスティーナという名称は先王の従姉からとって名付けられた。彼女は美しく賢い姫だったが、政治上のしがらみで常に命を狙われていてね。結局彼女はフェリシアを逃げるように出奔し、エルディア国の貴族に嫁入りした――とされている」
話ながら盤上の駒がまた一つ、また一つと動く。遊戯の一手とその先を思考しながら話す。
この方がいい。より冷静に私情を置いて知ることができる。私は盤を見つめたまま口元をおさえた。
「されているということは正確な事はわからないのですか?」
「そうだね。史実では嫁入りしたとなっているが、その貴族の家名は現在すでに絶えている。姫の墓も不明。エルディアは昔から馬鹿みたいに紛争が続いていてね。危険地帯、だから調査しに行く事もままならないんだ」
とはいえ、国交のない紛争地帯でそこまで調査出来ているのだから、すごい。もしかするとフェリシア国の諜報機関『王の目』の仕事の賜物かもしれないと思った。
そしてもしクリスティーナ姫に子がいたら、と想像する。彼女の実子であればそれは紛れもなく王家の血を継いでいる。
「ははっ、姫に子がいたとしてもその子はこの国の王にはなれないよ。王家の直系でもないしね」
私の考えを読んだのか、おじさまは笑って否定した。
「その子が男子と仮定しても先王の方が遥かに血が濃い。現時点だと孫のジークハルト殿下が既定路線――あ、でも……うーん強いて言えば……」
これまで滑らかに淀みなく語っていたおじさまが突然歯切れを悪くさせた。奇妙な様子に私は首を傾げ確認する。
「陛下の御子はジークハルト殿下お一人のはずですよね。他に誰かいるんですか?」
「……」
「おじさま?」
何処か気まずそう。室内に微かな沈黙が流れた。やがて彼はゆっくりと口を開く。
「……秘密、ではないんだ。うん。これは一応公式に認知されていることだしね。本当は殿下の他に一人だけいるんだよ、王となる権利をもつ御方が。……先王には年の離れた弟君がいてね。体が弱くて、今も王宮の離れで暮らしているけれど」
その方は先王弟ジュリアス殿下。年齢は陛下と近く、血統から考えれば王位を継ぐに相応しい方だが、幼い頃から病弱で政務は殆どこなせずずっと離れに引きこもっている。
先王弟殿下の存在は私も聞いた事がある。けれど年齢迄はよく分かっていなかったので、陛下と近い年ということに驚いた。




