99.償いの草
火の精霊を前に両手をかざして構えているカインは、目を閉じて何かを呟き始めた。
詠唱が続けられるうちに、彼の身体からはただならぬ白い光が湧き出てくる。
腕を組んで澄ましていた火の精霊は、その異変にはっと気付いた。
「な、何をする気だ!?」
カインは目を閉じたまま、気力を振り絞って口を開いた。
「俺の全魔力と……命と引き換えに……てめぇにも消えてもらう……!
お前の言うように……人間の中には……ひでぇ事する奴も……たくさんいる。
だがよ……みんながみんな……そうじゃねぇ……。
俺の妻も……オリバも……俺の息子だってきっと……心のやさ、し、い……にん、げ……んに……。」
カインは両手を上にかざし、魔法を唱えようとした。
だが、その魔法が唱えられることはなかった。
唱える前に、カインの意識が先に失われたのだ。
「……ふん。」
火の精霊はカインの亡骸を、リラの隣まで運んだ。
そして、追いかけた。
胸に抱いた疑問と、カインの言葉の真実を確かめるために。
「はぁ、はぁ……ごほっ。」
オリバは洞穴を抜け、外に出ていた。
外の空気は相変わらず酷い硫黄臭が漂っており、思わず咳込んだ。
レンジの顔色も悪く、身体が熱を帯びていた。
そして、こちらをぼーっと見つめているレンジを抱きしめ、オリバは膝から崩れ落ちた。
「……レンジ。
あんたはね、生きなきゃならないんだよ!
カインとリラの分まで、幸せにならなきゃいけないんだ。
私が……あんたを強い男に育ててやる。
だから……。」
「おい、人間。」
オリバは、頭上から聞こえてきた声に絶望した。
レンジを抱きしめて、声のした方向にきつい眼差しを向ける。
そこには、先程まで洞穴にいたはずの深紅の髪色の青年がいた。
自分も、殺されてしまうのだろうか───。
だが、それだけは何としても避けなければならない。
レンジを殺させるわけにはいかない。
オリバは隙を見て逃げようとしたが、青年の意外な言葉がそれを阻止した。
「お前ら人間の中には、優しい奴もいるのか?」
今、自分の目の前には、先程のような殺気立っていた青年の姿はない。
そこには、何も知らないというような表情を浮かべた青年がいる。
その様子に、オリバは悲しみを通り越して、ふつふつと怒りが込み上げる。
そして、歯を震わせながら青年を怒鳴り散らした。
「何だい!
優しい人間を二人も殺しておいて、お前は今更何を言うんだい!?」
「あの男は俺を倒そうと、最後の最後まで魔法を使おうとした。
己の命を賭けてまでな。
なぁ、人間は何故そこまで必死になれる?」
本当に何も知らない火の精霊に、オリバは馬鹿らしくなってきた。
無垢な青年の言葉に、熱を帯びながらもレンジがきゃっきゃと声を上げて笑ったことで、彼女は冷静さを取り戻すことが出来た。
レンジもまた、何も知らない無垢な存在であった。
「リラやレンジ……愛する人を守りたかったからだよ。
人間はね、守るべき存在があれば強くなれるのさ。
……そうか……。
カインは、あの魔法を使おうとしたんだね……。」
オリバの示唆するあの魔法とは、己の命と全魔力を引き換えに相手を葬り去るという、印の魔法とはまた違った禁断の魔法であった。
カインは印の魔法を研究していくうちに、この魔法の唱え方を密かに習得していた事を、オリバだけが知っていたのだ。
そして、彼女は目の前にいる青年の頬を叩いた。
乾いた音が、その場に響く。
そこまで彼を追い込んだ青年に、再度怒りが込み上げてくる。
「何をする!」
「……あんた怒り狂ってたから分からなかったろうけど、カインはね、苦しめられてたあんたを助けようとしたんだよ!
リラだって、そのために制御装置のスイッチを押したんだよ!
そもそも私達は、火山の噴火で苦しめられてる人達を助けたくてここに来たんだ!
なのに何でこんな思いしなくちゃならないんだい!?
……返して、二人を返しとくれよ!!」
「俺は無実の者を殺したというのか?」
「そうさ!
何が精霊だよ、笑わせんじゃないよ!!」
泣き叫ぶオリバの言葉が、火の精霊の胸に深く突き刺さる。
怒り狂って我を見失っていたとはいえ、無実の者まで殺めてしまった罪は償わなければならない。
青年は目を閉じ、大地に手のひらをかざした。
「ちょっと、あんた一体何を───。」
オリバは、言いかけた言葉を飲み込んだ。
鮮やかな赤色のオーラを身に纏う火の精霊の姿は、先程とはうって変わって言葉では言い表せないほど神秘的であった。
そして、地に広がる火山灰の下から、みるみるうちに植物の芽が生えてくる。
次々と生え出てくる芽は、やがて大木と化した。
呆然としていたオリバが辺りを見回すと、そこには既に火山は存在しなかった。
在るのは、青々とした木や植物に囲まれた一つの山だった。
青年の身体を覆っていたオーラは輝きを増した後、煙のように上に舞い上がっていく。
それと共に、半透明になっていた青年の身体は消えかかっていた。
「俺は償わなければならない。
償いの間、俺は姿を変え、別の形でお前ら人間に力を貸そう。
……だが勘違いするなよ。
俺が力を貸すのは、この島に暮らす人間にだけだからな。」
青年は、オリバにそう言い残して姿を消した。
その後、見慣れない深紅の草がオリバの足元に生える。
「これは……?」
「病に効く。
その幼子に飲ませろ。」
それからオリバは、深紅の草をイラプへ持ち帰り、レンジに煎じて飲ませようとした。
だが、レンジは渋い顔をして嫌がるばかりであった。
横でオリバと幼子の様子を見ていた老人が、深紅の草を分けてくれと頼んできた。
オリバは余った深紅の草を渡す。
しばらくすると、老人は真っ赤なスープを持ってきた。
「ほれ、これならどうじゃろうか。」
その色に躊躇しながら、オリバが先に一口、口へと運ぶ。
スープは少々の辛みはあるものの、薬草の苦味は抜けていた。
そして、レンジの口元へと少しずつ含ませる。
段々と頬に色が戻ると、レンジはオリバの腕の中ですやすやと眠りについた。
何も知らない、何も分からない、レンジの無邪気な寝顔に、残されたイラプの人々とオリバの心は徐々に癒された。




