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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
アレス島再び
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98/207

98.さよならだよ

「あの人が……おじいさんが言ってた人?」


「あぁ、恐らくな。」


 部下に手を差し延べることなく、むしろ踏みつけた黒髪の男の性格は、残忍極まりない。

 出会ってからの短時間でそれを察知した三人は、倒れている部下達に同情した。

 そしてカインは、黒髪の男が置いていった鍵を拾い上げ、檻の扉を開けようとした。


「うわっち!」


 手に特殊な電流が走る。

 鍵を刺そうと格子に手をかけた左手に火傷を負った。


「制御装置の……赤いボタンを……押すんだ。

 そうすれば……電流を止められる。」


 手を踏まれた男が、呟くような声で話しかけてきた。

 そしてリラは言われた通り、制御装置の赤いボタンを押した。

 すると電流が止まり、カインの目の前にあった檻はただの鉄格子の姿となった。


「おいっ、大丈夫か!?」


 カインは檻の扉を開け、気を失いかけている青年───火の精霊を檻から運び出した。

 カインの呼び声に、火の精霊はばっと飛び起きて、辺りを見回した。

 そして、制御装置の傍にいるリラを目掛けて、灼熱の火の球を投げつけたのだ。


「リラーーーッ!!」


 彼女は、叫ぶ間もなく倒れ込んだ。

 火の精霊は、彼女の左足を消滅させたのだ。


「う……うわあぁっ!!」


 その恐ろしい光景に、倒れていた男達も気力を振り絞って四つん這いになりながら逃げようとした。

 だが、身を焦がすほど怒り狂う火の精霊を前に、彼らの身体は呆気なく炭へと化す。

 その最中、カインはレンジを抱くオリバに伝えた。


「オリバ、レンジを連れて今すぐここから逃げてくれ!」


「でも、カイン、あんた!」


「いいから早く!」


 今、オリバの目の前にはカインの顔がある。

 そして、その真後ろでは男達が火の精霊に焼かれ、熱さから断末魔の叫び声を上げている。

 彼女は悟った。

 此処にいては確実に死ぬ、と。

 そして、カインは命を賭して火の精霊を止めるつもりでいる事も。

 最期まで彼の傍にいるのは、自分ではなく、リラの役目だ。

 ならば───。


「……さよならだよ。」


 オリバは、カインにそっと口づけ、レンジを抱いて走り抜けた。

 その後の表情を確認することなく、溢れる涙を拭うことなく、ひたすら出口を目指して。


「うっ……ううっ……カイン、リラ……!!」


 自分の役目は、二人の忘れ形見と共に、生き延びる事。

 それだけであった。


「よくもやってくれたな、人間……!

 俺をあんなところに閉じ込めやがって……!」


 怒り狂う火の精霊に、きっと何を話しても通じないだろう。

 ならば、残された時間を賭けて説得してみせる。

 カインはそう決意し、辺りを見回した。

 そこには、白衣を着た五人の男から成る黒炭と、左足を失い、倒れている妻の姿があった。

 やがて、人の焼ける匂いが空間を漂う。


「醜い人間風情が……!」


 カインは、言われ放しやられ放しで終わる性格ではない。

 ここまで言われ、無実の、むしろ火の精霊を助けた妻を攻撃された事で、今までになく激憤する。


「……何だと!!

 無実の人間まで攻撃しやがって!

 アレス島の人々まで苦しめやがって!

 俺から言わせたら、てめぇだって十分醜いぜ!」


 カインは怒りによって説得する気はとうに消え失せていた。

 そして、火の精霊に拳を振りかざした時、リラの声が洞穴に響いた。


「カイン、やめて……。

 しょうがないよ……ずっと長い間……あんなところに閉じ込められていたんだもの。

 私だって……同じことをされたら、きっと恨むわ……。」


「リラ!!」


 カインは、すぐさまリラの元へと駆け寄った。

 地に這いつくばった状態でいるリラを抱き起こす。


「レン……ジは……?」


「レンジは、オリバが連れていったよ。

 きっと無事だ。

 だからもう、お前は何も喋るな!」


 先程までカインは、リラに話しかけていた。

 だが、今は違う。

 火の精霊が放った煉獄の火炎弾により、カインの顔と肩の半分が焼かれたのだ。

 灼熱が身体中を駆け巡り、焼けるように熱い。

 そして皮膚はただれ落ち、右目は垂れ下がった瞼の肉で開けることも出来ない。

 かろうじて開けていられる左目で、カインはリラの顔を見る。

 うっすらと開けられた目と、意識が薄れていく中で、最後の言葉を振り絞る。


「リラ……一緒に、いて、くれ、る……か?」


 リラ自身も、痛みで意識が薄れ、口を開くことも、頷くことも出来ない状況だった。

 彼女もまた、最後の力を振り絞り、彼の左手に指を絡ませた。

 一度だけ、きゅっ、と握られたその手は、程なくして力なくうな垂れた。

 リラの遺体をそっと地面に置くと、火傷とは言い難い大怪我を負ったカインは立ち上がり、火の精霊に対して震える両手をかざした。


「何をする気だ?

 それだけの大怪我を負ってりゃ、何も出来まい。」


 どうせ放っておいてもくたばるだろう。

 火の精霊は、ぼろ雑巾の様になったカインの目の前で腕を組み、その光景を眺めていた。

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