97.火の精霊
カイン達三人は、島に流れる川であった場所を挟む吊り橋を渡り、火山へと向かっていった。
川の水は火山灰に吸収され、既に存在していない。
「ごほっ、ごほっ……。」
リラは、酷くなっていく火山灰と硫黄臭に咳込むばかりだ。
だから残ってろって言っただろ。
そう言おうとしたが、愛しい妻が自分の傍から離れまいと腕に抱き付いてきたため、カインは言葉を飲んだ。
その二人の後姿に、オリバはほんの少し胸が締め付けられるが、それ以上に、腕の中で眠るレンジの事が心配で、大切だった。
足場はひどく不自由だ。
深く降り積もった火山灰が行く手を遮る。
灰に含まれた成分が、三人のゴム製の靴を青く変色させる。
視界が灰色ばかりで、まるで別世界に来たような感覚に陥る中、カインは大きな岩場に出来た洞穴を発見した。
「何だここ?」
洞穴の周りだけ、不自然に火山灰が少ない。
そして、何やら靴の痕が見えることから、三人は人の出入りがあることを察知した。
「もしかしたら、じーさんの言ってた奴らかもしれねぇ。
火山に何かしたっていうんなら、俺がぶっとばしてやる!」
リラは、何の用心もなく、つかつかと洞穴に向かっていく夫を止めた。
この男は本当に学者なのだろうかと、時々疑ってしまいそうになる。
「カイン!
決めつけちゃダメよ。
もしかしたら避難してる人達かもしれないし……。」
洞穴の中を覗くと、そこは薄暗かった。
地面を見てみると、オイルランプの割れた硝子の破片や、非常用の缶詰が目に入ってきた。
カインは持参したオイルランプに火を灯し、洞穴の奥へと突き進む。
すると、奥の方から何やら人の声が聞こえてくる。
三人はオイルランプの火を消して、会話に耳を傾けることにした。
「なぁ、火の精霊さんよ。
いつになったら俺達に協力してくれるんだ?」
「……ふざ……けるな……!
俺は……お前らなんかに……力は貸さん!」
「やせ我慢は良くないよ?
それになぁ、こっちも時間がないんだよねぇ。
ほらほら!」
「ぐあぁッ!!」
三人は目の前の光景を疑った。
青白い稲妻が常に通っている檻の中に、深紅の髪をした青年が閉じ込められていた。
その稲妻はどうやら魔力を含んだ特殊なもので、稲妻が檻を走るたび三人の身体に違和感が走る。
青年の目は殺気立っており、檻に触れる度に身体が跳ね返されていた。
長い黒髪を一つに束ねた男が、装置のスイッチを入れると、檻にはより強烈な稲妻が走る。
その特殊な稲妻を浴びた青年の身体は、びくん、びくん、と不規則に跳ねていた。
「なんて惨いの……!」
残酷な光景に、リラは口に手をあてがう。
レンジを抱くオリバの身体には、自然と力が入る。
そのせいか、レンジは起きてしまった。
薄暗い視界と何かしらの恐怖を感じた幼子は、火がついたように泣き叫んだ。
いるはずのない幼子の声に反応して、男がこちらに目をやると同時に、三人はその場に飛び出した。
「てめぇ、何やってんだよ!
何で同じ人間に、そんな残酷な事が出来るんだよ!」
「人間?」
カインの言葉に、黒髪の男はクックッと静かに笑った。
その歪んだ笑いは、オリバの脳裏に焼き付いた。
「何か勘違いをされてるようだけど?
こいつは人間じゃない、火の精霊さ。」
「火の精霊……!?」
檻の中にいるその姿は、何処からどう見ても深紅の髪色をした青年であった。
握り拳をつくったまま、床に伏せている青年を助けようと、カインとリラが檻に近づこうとした。
すると、黒髪の男が二人の前に立ちはだかった。
「おっと。
こいつは、我々アカデミーにとって大切な研究対象だ。
お前らごときが触れていいものじゃない。」
気配を感じた三人は辺りを見回すと、そこには白衣を着た男達が五人、ナイフや短剣を持ってこちらにじりじりと詰め寄っていた。
オリバは泣き叫ぶレンジを一旦リラに渡すと、カインと共に身構える。
そして、男達がカインとオリバに襲い掛かってきたが、二人は目にも止まらぬ連続技で五人を倒した。
二人は、研究ばかりしている学者とは違い、幼いころからケンカで鍛えられており、その延長線上で武術の腕を磨いていた。
「ザコに用はねぇんだよ。」
「そうよ。
あんたが親玉なんだろう?」
オリバは再びレンジを抱き、カインは黒髪の男に詰め寄り、胸ぐらを掴んだ。
「お前ら……火の精霊に何をした!?
そのせいで火山が噴火しているんじゃねぇのか!?」
黒髪の男は先程の彼らの戦いぶりを見て、力ではかなわない、と悟ったのだろう。
素直に白状した。
「そうさ。
火の精霊の力を制御して、アカデミーへ連れて帰るつもりだったんだよ。
だがなぁ、こいつはひどく強情な奴でね。
数か月も閉じ込めてるのに、まだいい返事をしないんだよ。
こいつの怒りと島の火山が共鳴して、噴火を起こしていたんだ。」
カインは、黒髪の男の話で噴火の原因を突き止めた。
そして、思いっきり男の頬を殴った。
吹っ飛ばされた男は一瞬、火の精霊が閉じ込められている檻に目をやると、檻の鍵を置いて立ち上がった。
「俺はこの島を出ていくよ。
どうせ此処に居ても、火の精霊はいい返事をくれないだろうしな。
鍵を此処に置いておくからさ。
だからさぁ、もう許してくれよ。」
「消えろ……。」
「え?」
「消えろっつってんだよ!!」
カインの怒鳴り声が洞穴に響いた。
黒髪の男は、一瞬顔を歪めると、平然とした様子で向きを変える。
「メ、メビウス様……。」
足にすがろうとしてくる、カインに倒された部下の手を思い切り踏みつけ、その場を後にした。
「今は退いてやる、今は……な。」
そう呟きながら。




