96.忘れ形見
「……そうかい、あんた達、ブックガーデンに行ってきたんだね。」
慣れ親しんだ食卓を囲み、レンジ達は今までの旅の経緯をオリバに話した。
レンジ達が、『三百年の平和』の作者───すなわち、オリバの母親に会ったという事も話した時、オリバは何処となく儚げに笑うだけだった。
「オリバおばさん。」
真面目な表情で、シアードはオリバに声を掛ける。
いつもよりも低いその声と彼の威厳に、オリバは思わず身が強張った。
「モーリスという学者が、オリバおばさんとレンジの両親は、アレス島の火山を調べるために此処に渡ったと言っていた。
何か知っていることがあったら、今ここですべてを話してほしい。」
「そうだよ!
ブックガーデンの街の人って、おかしなことばっかり言うんだよ!
おばさん、アレス島に火山なんかなかったよな?」
シアードの話にレンジがテーブルに手を付き、被せる様に喋り出す。
オリバは、ふぅ、とひとつため息をつくと、レンジの顔をじっと見つめている。
彼女も悩んでいるのだろう、沈黙の時間が気まずい。
オリバが身体を後ろに反らし、椅子の背もたれが軋む時、今まで話してくれなかった事を、ゆっくりと語り出した。
「いつかは、話さなきゃいけないとは思っていたさ。
だけど、どうしても言い出しにくくてね。
今まで黙っていてすまなかったね。
……レンジ、あんたはね、私の幼なじみ、カインとリラの忘れ形見なのさ。」
「……うん。
そのカインとリラって人は、俺の父さんと母さんなんだろ?」
「私がここを離れられない理由はね、カインとリラがこの島で眠るからだけじゃないんだよ。
それにね、ブックガーデンの人らはウソなんかついていない。
アレス島には、確かに火山は存在したんだ……。」
初めのうちは、話すことを躊躇っていたオリバだが、覚悟を決めたのだろう、表情が一変した。
彼女の語り口調は、絵本の作者である、あの老婆と重なった。
「ここがアレス島か……。」
ユニベルの最果ての島、アレス島に到着したカインとオリバと、幼いレンジを抱いたリラは、その地に足を踏み入れた。
島に降りた途端、乗ってきた船は逃げるように島から離れていく。
「ごほっ、ごほっ……何これ……。
硫黄の臭い……?」
リラは、慣れない強烈な硫黄臭に思わず咳込んでしまう。
そして、赤子のレンジの頭から体を覆っていた布を、今よりも深く被せた。
火山が噴火して以来、島中に火山灰が舞っているのか、目に映る景色の向こうは常に曇っている。
今三人が立っている海岸には、さほど被害が及んでいない様で、先に見える村はかろうじて生存しているという状態だ。
この硫黄の匂いがする島から皆、避難したのだろう。
もう人がほとんど残っていない。
村には、この島で生まれ育ち、この地に骨を埋める覚悟でいると話す老人が、数名いるだけあった。
煙を巻き上げる火山を眺めていると、村人が忠告してきた。
「お前さんらは、何を思ってこんなユニベルの果てに来たんじゃ。
見ての通り、島の人間はほとんど島を出て行った。
悪いことは言わん、早う引き返した方がえぇ。」
話した途端に咳込む老人の背中を、オリバは優しく擦った。
背中を撫でると背骨が浮いているのが分かる。
加齢に加え、飢えでやせ細った老人に、オリバは持参した食糧を手渡した。
だが、カインは容赦なく、いつもの強い口調で話す。
「俺達はブックガーデンから来たんだよ。
じーさん安心しろ、俺達が噴火の原因を突き止めてやるからな!」
「そうか……お前さんたち、ブックガーデンから来たのか。
じゃがもう、遅いわい。
調査の依頼したのは、何か月も前じゃろう。
何故、もっと早う来てくれなかったんじゃ。」
悲しさ、寂しさ、苦しみ、といった辛い思いを抑えきれなかったのだろう。
老人は、声を震わせながら語り、そして涙した。
その姿に、リラとオリバは言葉が出ないでいる。
だが、この男は違った。
「だあー、泣くな泣くな!
じーさん、俺が絶対に何とかしてやる。
火山の噴火が止まったら、またみんな戻ってくるさ!
だからよ、知ってることがあったら全部俺に話してくれ。」
そして老人は、村の向こうにある吊り橋まで三人を案内した。
「数か月前にの、白衣を着た男達がこの吊り橋を渡って火山の方へと向かっていったんじゃ。
何かの実験のためだとか抜かしておったのう。
ワシは止めたんじゃが、男達は気にもかけずこの吊り橋を渡っていった。
それからじゃよ、火山がまるで怒り散らしたように煙を巻き上げ、噴火するようになったのは。
白衣を着た男達の中に一人、恐ろしく冷たい目をした男がおっての。
蛇のような鋭い目つきとカラスのような黒髪……今思い出しても恐ろしいわい。」
「きっとそいつらが火山に何かしたんだよ!
俺達が調べてくるから、じーさんは村で大人しく休んでろ。
あとこれ、みんなで分けてくれ。」
カインは自分の残りの食糧を全て老人に手渡し、そしてリラの両肩に手を置いて言った。
「リラ。
お前とレンジは村に残ってろ。
この先何があるか分かんねぇ。」
「嫌……。」
「リラ!」
「嫌よ、私も行く!
家族は、離れてちゃいけないもの……。」
淑やかなリラが、珍しく声を上げて言う。
だが、このような過酷な状況に、幼子を連れてきたというだけでも異常だ。
再びカインが村に残る様に諭すが、リラは首を横に振るだけであった。
「カイン、知ってるだろ。
リラは決めたら絶対譲らないって事。
……分かってあげなよ。
たとえどんな時でも、あんたと一緒にいたいんだよ。」
「オリバ……。」
「私がレンジを抱いててあげるからさ!
カイン、忘れたのかい?
私の武術の腕前を。」
「ははっ、そりゃ安心だな。
頼もしいボディーガードがいるなら、レンジも安心だ。」
こうして三人と赤子のレンジは、火山へと向かった。




