95.おかえり
レンジ達一行は、瞬間移動魔法によって、ポートベリーへと移動していた。
昨夜、レンジ達はそれぞれが得た情報を交換し合った。
もちろん、印の魔法については触れないでいた。
共通の情報として分かったのは、アレス島にはかつて火山が存在したこと、そしてオリバとレンジの両親が、ブックガーデンの出身であるということだった。
ポートベリーの港に到着した船が、汽笛を鳴らしている。
汽笛の音が耳に入ってきた時、レンジの脳裏に、あの日の記憶が鮮明に蘇る。
「レンジとは、ここでお別れしたんだよね。」
ハープが自分と同じことを考えていたということに、レンジは驚き、彼女の顔を見やった。
するとそれに気付いたのか、彼女もこちらに視線を向ける。
二人の目が合った時、彼女はにこっ、と微笑みかけてきた。
つられて笑いそうになったが、レンジは妙な照れ臭さを感じた。
そしてそれを隠すために、頭をぽりぽりと掻く。
ハープは、レンジが照れた時に行うその癖を見抜いていた。
それが何故だか嬉しくて、可笑しくて、くすくすと笑うのだった。
二人の間に何があったのかは知らないが、ロイドにとってその光景は少々面白くない。
だが、昨日シアードに男のやきもちはみっともないものだと釘を刺された彼は、今一つ行動に移せないでいた。
本当はハープの手を引いて、かっさらってやりたいくらいだ。
体の奥底から湧き出てくる、鈍く締め付けられるような気持ちと必死になって戦っている時、レンジが口を開いた。
「なぁ、シアード。
何でまた急に帰ろうなんて言い出したんだ?」
「アレス島に火山があったという話は聞いたよな。」
「あぁ、みんなおかしなことを言うんだよ。
この島で育った俺達がないって言ってんのにな。」
「図書館の学者が、アレス島の火山の噴火原因は、人智を超えた力が関与しているかもしれないと言っていた。
……オリバ叔母さんなら、きっと何か知ってるはずだ。」
「そうだな、聞いてみるのが一番だ。」
五人はポートベリーを後にして、アレス島の中心に広がる森の中へと入って行った。
草木のところどころから、フレア草が顔を覗かせる。
懐かしがって見ている時、茂みの方から草木の擦れ合う音が聞こえてきた。
殺気が溢れる気配と草木が揺れ動く様子に、この島育ちであるレンジは、そこに何がいるのかは分かっていた。
「ガァッ!!」
案の定ベアが牙を剥き出し、鋭い爪を向けて襲い掛かろうとしてきた。
だが、今のレンジにとって、この島の魔物など敵ではなかった。
がら空きになった腹部に左右打ちを素早く決めると、ベアは口を開けたまま背中から倒れた。
どうやら気を失ったようだ。
「ありゃ。」
倒したベアの腹部には、見覚えのある火傷の痕があった。
どうやらこのベアは、ハープとフレア草を探していた時に襲ってきたベアの様だ。
いつかレンジ達に復讐してやろうと、執念深く思っていたのかもしれない。
「何やってんだ、早くとどめを刺せよ。」
ロイドが二本あるうちの片方の剣を、ベアの心臓部に構えた。
だが、シアードはロイドの手を掴み、目を見ながら首を横に振った。
「放っておけ。」
今は狩りをしにきたわけではない。
島の人々は、たとえ魔物であっても、この島の生き物の無駄な殺生を好まない。
半生以上をこの島で過ごした彼もまた、仲間であっても、余所者にベアを殺されるところを見たくなかったのだ。
「わ、わかったよ。」
シアードの真剣な眼差しに根負けしたロイドは、剣をしまう。
そして、イラプの村に着くと、村人が駆け寄ってきた。
「レンジ、随分久しぶりだな!
あれ、お前、ちょっと背が伸びたか?」
「へへ、まあな。」
イラプの村の人口は百にも満たないほど少ない。
だからこそ、村全体が和気藹々とした雰囲気に包まれている。
彼らは皆、旅に出た三人のことを心配していたのだ。
ちゃんと食事を摂っているのか。
魔物に襲われたりしていないだろうか。
シアードは無事なのだろか……これは主に村の女性陣の思いだが。
ハープとロイドは、人情味に溢れたこの村の雰囲気が落ち着かないでいた。
ラクベールの都には、旅立った自分たちを出迎えてくれるようなことは無い。
自分たちを心配してくれるような声など一切無い。
下界の人間に育てられた二人にとって、この村の和気藹々とした雰囲気は羨ましかった。
そして、心地いいとさえ思えた。
「レンジ、オリバ叔母さんに会ってやれ。
いつもいつも、お前の事、心配していたぞ。」
「あぁ、もちろんそのつもりだ。」
レンジは村人にそう告げて、家へと向かった。
「オリバ叔母さん!」
レンジは、勢いよく家の扉を開けた。
そこには旅立つ前と変わらぬ様子で、椅子に腰かけて紅茶を飲むオリバの姿があった。
そして、柄の擦れたカップをテーブルに置くと、優しい声で言った。
おかえり、と。
「お……叔母さーん!!」
気が緩んだのだろう。
レンジとセレスは、恰幅の良いオリバの身体に飛び込んでいった。
彼女の丸みを帯びた手が、二人を抱きしめる。
「元気そうで良かったよ!
あんたたちも、よく来たね。
さぁさ、こっちへ来てお座り。」
オリバの張りのある優しい声は、ただ突っ立っているだけであったハープとロイドの耳に心地よく響いた。




