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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
グリーン・ヴァレ 歴史と考古学の街ブックガーデン
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94/207

94.帰ろうか

「そろそろ、皆のところに戻ろうよ。」


 日が暮れるころ、ハープがレンジにそう伝えた。

 ハープの胸元を転がるネックレスは、時折夕日に当たって光る。

 自分が選んだものを身に着けてくれていることに、レンジは心の奥底で喜びを感じていた。

 その一方で、先程の老婆の話が脳裏を掠める。

 両親とオリバはブックガーデンの学者であったこと、自分がこの街に生まれた事、オリバは何一つ話してくれなかった。

 自分自身も、知ろうとしなかった。

 両親がいなくても、オリバやシアード、セレスに囲まれて十分幸せな日々を送っていたからだ。

 レンジは、初めて心の底から自分の両親について知りたいと思った。

 セレスやシアードの過去が明らかになっていった時も少しは思ったが、知りたいという気持ちでここまで胸が熱くなるのは、初めてだった。


「ハープ。

 旅が少し、遠回りしてもいいか?」


 足を止めて話す彼に対して、ハープは笑顔で頷いた。


「うん、行きたいんだよね。

 アレス島に。」


「俺は……心の何処かでずっと逃げていたのかもしれねぇ。

 オリバおばさんやシアード、セレスがいるからいいって、確かにそう思ってた。

 だけど、今は違う。

 今は、自分の両親の事も、俺の過去に何があったのかも、全部知りたいんだ。」


 レンジは意を決して、シアード達がいる図書館へと向かった。


「あらあら、いい感じじゃないの。」


 手を繋いだまま歩いていたため、一番最初に目撃したセレスに茶化される。


「う、うるせぇ!

 茶化すんじゃねぇよっ!」


 照れ臭くなったレンジは、ぱっ、とハープの手を離してしまった。

 セレスは、はっと気づいてロイドの方に目をやるが、彼はシアードと話していたため、おそらく見ていない、はずである。


「シアード、調べ物は済んだのか?」


 シアードは、何も知らないレンジの顔を見ると、込み上げてくるものがあった。

 胸を締め付けられるような感情にさいなまれるが、彼はそれを制御することが出来る。


「あぁ、何とかな。

 なぁ、レンジ……アレス島に、帰ろうか。」


 レンジは驚愕した。

 今まさに自分も言おうとした言葉を、シアードが先に言ったからである。


「アレス島には、昔火山があったらしいんだ。

 火山の噴火原因を調べるために、オリバおばさんはこの街からアレス島に渡ったらしい。

 一旦アレス島に帰って、話を聞いてみよう。」


「俺もその話、聞いたよ。

 でもよ、アレス島に火山なんてあったか?

 なかったよなぁ。」


「それは俺も引っ掛かっているんだ。

 何はともあれ、明日、アレス島に向かうぞ。」


「分かった!」


 レンジは、久しぶりの故郷を楽しみにしている。

 だが、少年は何も知らなかった。

 この旅が、少年にとって耐え難いほど残酷なものになるということを───。


「セレス……。

 起きてる?」


 その日の夜、ハープは隣のベッドで眠るセレスに話しかける。

 部屋の電気は消されているが、少女は未だ眠れないでいた。


「どうしたの?」


「セレスは、シアードのことが好きなんだよね?」


「な、何よいきなり!」


 少女の言葉に、セレスは思わず上体を起こした。


「ねぇ、好きって、何?」


 いつもの様子ではない少女の話に、セレスは耳を傾ける。


「私……分からないの。

 今まで、こんな気持ちになったことがないから……。

 今日一日、レンジと一緒にいてとっても楽しかった。

 でも、不安もあったの。」


「不安って、あなた……。」


 セレスはハープに軽い嫉妬を覚えた。

 不器用ではあるが、あれだけ力強くレンジから愛されているのに、何を不安に思うことがあるのか、と。

 それとも、あのような閉ざされた場所で育ったせいで、人間らしい感情に疎いのか、はたまた幼すぎて恋を知らないのか。

 様々な事がセレスの脳内を網羅するが、少女に対して分かっていることはただ一つであった。

 ロイドには申し訳なく思うが、セレスは同じ女として、少女の気持ちを一番に考えたい。


「好きっていうのはね、ずーっとその人が頭の中から離れなくて、ずーっと一緒にいたくて……その人の事を考えただけでもドキドキするの。

 誰にも取られたくないとも思っちゃうかな。」


 ハープは、隣でそう話すセレスの表情を見る。

 薄暗くてはっきりは見えないが、そこには、確かにシアードを思い浮かべながら話している彼女の姿があった。

 彼女の表情は輝いている。

 ハープは、いつも思っていた。

 シアードの事を話すとき、または彼と話しているときの彼女の表情は、年上にも関わらず、とても可愛らしい。

 セレスには言えないが、カリナーンでシアードの事を照れながら話すルナ姫の表情も、心底可愛いと思っていた。

 二人が同じ様に見えたのは、紛れもなく恋をしているからであろう。

 自分にはそれが分からないでいた。

 そして、羨ましいとさえ思えた。

 

「ねぇ、ハープ。

 あなたはレンジの事、どう思ってるの?」


 好きかどうかなど、分からない。

 そのような目で見た事がなかったから。

 ただ、初めて出会ってネックレスを渡した時に抱いた感情は、今でもはっきりと覚えている。

「この人がいい」と───。

 彼は、たった一日でそう思わせてくれたのだ。

 ずっと使命を全うすることだけを考えて生きてきた、曇り空のような自分の心の中に、彼は兆しを運んでくれた。


「憧れ、かな。

 真っ直ぐで正直で、私に無いもの、いっぱい持ってるもの。」


 そういうのじゃなくて!

 と、言いたいところだが、急かしても仕方がない。


「そっか、あなたの場合、まだまだ時間がかかりそうね。

 時間がかかってもいいから、自分自身で気づかなきゃね。」


「うーん……よく分かんないけど、ありがとう。

 起こしてごめんね、おやすみセレス。」


「うん、おやすみ。」


 セレスはそのまま眠りにつく。

 すぐさま寝息を立てるセレスを、ハープはちらっと横目で見る。

 ハープは彼女と話す際に、レンジの事を思い出していた。

 その時、確かに胸が高鳴ったのを覚えている。

 再び彼を思い出すと、また胸が高鳴る。

 少女は、ばっと頭から布団を被る。


「分かんない、分かんないよ……。」


 抑えようとしても抑えられない胸の高鳴りは、少女から睡眠時間を奪ったのだった。

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