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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
グリーン・ヴァレ 歴史と考古学の街ブックガーデン
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93/207

93.平和

 三人は、旅の目的を当たり触らず男に話すことにした。

 印の魔法を知っているこの男なら、何か情報を引き出せるかもしれないと、シアードがそう踏んだのだ。

 復活したゼロを再び封印するために精霊の力を借りようと、そのために自分達は、アレス島から旅立ったのだと話した。

 「アレス島」という言葉に、男の顔色が豹変する。


「アレス島だって!?」


「ちょ、ちょっと。」


 男は目を見開き、セレスの肩を掴んだ。

 ユニベルの最果ての島の名前に、ここまで興味を示した者は未だかつて見たことがない。

 セレスが驚いて戸惑っている様子を見ると、男は、はっと我に返り、一つ咳払いをして詫びた。


「驚かせてすまない。

 俺は、十五年前にアレス島に渡った友人の意志を継いで学者になったんだ。

 アレス島の火山の噴火原因を突き止めるべく、島に渡ったんだ。」


「けど……アレス島に火山なんてないわよ。」


「いいや!」


 男は、アレス島で育ったセレスの言葉を咄嗟に否定した。


「確かに、火山は存在するはずだ!

 カインとリラと、そしてオリバは火山の噴火原因を突き止めるべくアレス島に渡ったんだ!」


「けど、あるのはイラプの村とポートベリーの港町と、森だけよ。

 十年以上そこで育った私が言うんだもの、間違いないわ。」


 目の前にいる赤髪の少女が、ウソをついているとは思えない。

 男は長いため息をついて、心を落ち着かせる。

 そして、恐る恐る、願うように彼らに聞いた。


「なぁ、ひとつ聞かせてくれないか。

 君たちが本当に、アレス島の出身であるのなら……その……オリバという女性は生きているのか?」


「生き───。」


 セレスの言葉を、シアードが遮った。

 口元に当てられた手に、彼女は胸が高鳴った。

 そして、シアードは彼女の代わりに口を開く。


「その前に、こちらも聞きたいことがあります。

 アレス島の火山について、あれから何か分かった事はありますか?」


「あれから研究して分かったのは……火山の噴火原因は、自然現象ではなかったということだけだ。

 海洋変動や地層など、データや地図上でしか調べていないが、噴火するまでの原因が何処にも見当たらなかった。

 俺には、何か人智を超えた力が作用したとしか思えない。」


「そうですか。

 それと、あなたはオリバ……さんとはどういう関係なんですか?」


 凛とした青年の態度に、男は思わずたじろぐ。

 だが、次の瞬間、男は似つかわしくない表情を浮かべた。

 切ない、そして、何処か照れくさそうな顔をしている。


「いやぁ……実は、ずっと彼女に想いを寄せていたんだ。

 こーんな幼いころからね。

 だが、幼い俺は素直になれないで、団子鼻だの、何かとつけて苛めていたんだ。

 おかげですっかり嫌われしまっていたけどね。」


「そう……ですか。」


「なぁ、是非また会うことがあったら伝えておいてくれないか……。

 あの時はごめん、と。

 それと、その……モーリスがお前の事を想っていた、と。」


 男の名が明らかになったところで、シアードも男の質問に答えることにした。


「オリバさんは生きています。

 俺達をここまで育ててくれた、立派な方です。

 アレス島に帰ったら、必ず伝えておきます。」


 シアードは彼にそう告げると、図書館の外に出た。

 我慢していたのか、はたまたそうではないのか、図書館を出るとすぐ、ポケットから煙草の箱を取り出して火を付ける。

 ふうっ、とひとつ、白い煙を吐いたところで、彼は後をついてきたセレスに忠告した。


「……印の魔法のことは、レンジには黙っておいた方がいい。」


「そうね。

 もし印の魔法のことを知っちゃったら、あの子は火の精霊に会うことすらしないわ。

 ねぇ、ロイド。」


「僕は……。」


 ロイドは、両手の握りこぶしに力を入れ、ずっと秘めていた胸の内を語り出す。


「僕は、ハープが印の魔法を使うくらいなら、ユニベルが平和にならなくてもいいとさえ思っているよ。」


「あなた……本当にハープを愛しているのね。」


 セレスの言葉に、ロイドは静かに頷いた。


「二人に頼みがある。

 印の魔法のことをレンジに言わない他に、ゼロを封印してユニベルを平和にしようとか、軽々しくハープの前で口にしないでほしいんだ。

 ハープ自身も、印の魔法についてもちろん理解している。

 だからこそ、それを言われると、彼女にとっては間接的に死ねといわれているようなものなんだ。」


 印の魔法を使うためには、精霊の加護を受けなければならない。

 だが、印の魔法を習得し、それを使ってしまえば、ハープは精神が尽き果てるまでゼロを封じておかなければならない。

 ハープと関わりのない者たちならば、どうってことないだろう。

 自分を犠牲にして平和を取り戻せば、何も知らない者たちは彼女を女神としてたたえるだろう。

 シアードとセレスは、彼女がラクベールを旅立つときを思い出した。

 ラクベールの都で、民がハープに向けた歓声の意味を、二人は初めて理解した。

 不自然に感じてならなかった、「自分でなくて良かった」と、薄々そう感じていたのはこのためだった。


 すでに精霊の加護を授かった三人は、頭を悩ませていた。

 自分達が精霊の加護を授かるたび、印の魔法の習得へと近づいていく。

 それは、ユニベルの平和に近づくと共に、ハープを犠牲にするということにも近づいていくということなのだ。

 だが、ゼロを封印する他に手立てはない。


 彼らもまた、少女の力に頼るしか方法がないのだ。

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