92.印の魔法
そのころ、シアードとセレスとロイドの三人は、図書館にいた。
隣で、何度も何度もため息をつくロイドが、セレスは少々うっとおしく感じていた。
だが、同じように片思いをしているからか、彼の気持ちは分からないでもない。
レンジの恋を応援しているものの、目の前で落ち込んでいるロイドの事を放っておくことも出来ないでいた。
何て言葉をかけたらいいのか分からない。
セレスはただ無言で、ロイドの肩を二回、慰めるように優しく叩いた。
「ところでシアード。
ここへ来て何を調べるつもりなの?」
「……印の魔法について。」
その言葉に、ロイドはぴくっと反応した。
「あの時、大地の精霊がハープに言っていた。
印の魔法がどういうものか分かっているのか、とな。
俺達の旅は、謎が多すぎる。
そろそろ、印の魔法がどんなものか知っておいてもいいんじゃないかと思ってな。」
シアードはそう言いながら、ユニベルの歴史について書かれた書物の棚に目を凝らしている。
彼の言葉に、ロイドは深呼吸をした後、重い口を開く。
「……そうか。
そうだよな、一緒に旅をしてるんだ。
知りたいと思うのは当然の事だ。
……ちょうどいい、二人にはいつか話しておこうと思っていたんだ。
ハープにはきつく口止めされていたんだがな。」
「何よ口止めって。
どういう事?
そんなに良くないことなの?」
セレスはロイドに思わず詰め寄った。
シアードは歴史書を手に取ろうとしていたが、その手を引っ込めて視線をロイドに向ける。
「印の魔法は、古代の究極魔法。
強大な悪しき力を封じ込めるために、人間の心と、精霊の力が生み出した魔法だ。」
「へぇ……私達が精霊の加護を受けるってのは、そういう意味合いだったのね。」
「ただし印の魔法は、禁断の魔法とも呼ばれているんだ。」
「禁断の魔法?
何故だ。」
シアードは何か引っかかったようで、ロイドに聞き返した。
「……印の魔法は、術者の全精神を解き放つ魔法なんだ。
術者の精神を常闇の異空間に飛ばし、悪しき力を封印する。」
「そ、それじゃあ、印の魔法を使った人はどうなるの?」
「……。」
セレスは、黙り込むロイドの様子から悟った。
それは想像するだけでも恐ろしい。
ラクベールの民は、「使命」をハープたった一人に背負わせていた。
その事実にセレスは怒りが込み上げてくるのを覚えた。
そして、ロイドの肩を掴んで詰め寄った。
「あの子の使命って……そうなの?
自分の命を犠牲にしなくちゃならないの?
ロイド……あなた、どうして止めなかったの、どうして!?」
「僕だって止められるものなら止めてる、代われるものなら代わってやりたいさ!
だけど……印の魔法は、ハープにしか使えない。
ゼロの恐ろしさを、君も見たんじゃないのか。
誰も奴を倒すことなんか出来ないんだ。」
「そんな……そんなのってないよ……。」
セレスは、膝から崩れ落ちそうになるのを、誰かに後ろから支えられた。
後ろを振り向くと、そこには中年男性が立っていた。
どうやら彼は、長らくこの図書館に勤めている者らしい。
「まさか君達のような若い子が、印の魔法について知っているなんてね……。
いやいや、盗み聞きするつもりはなかったんだよ、ごめん。」
肩幅の広い、ややずんぐりむっくりした男は、ロイドの説明に付け足す様に語り出す。
「ただ、君が思うように死んで何もかも無くした方が、術者にとってははるかに楽だろう。
術者の精神───すなわち寿命が尽きるまで、常闇の異空間でたった一人、悪しき力を封じ込めておかなければならない。
それが印の魔法だ。
そうやって、ユニベルは平和な時代を手に入れていたんだ。
印の魔法を使った者の精神を、犠牲にしたうえでね。」
ここまで黙って話を聞いていたシアードは、ある矛盾を感じた。
「人間の寿命は、長くて100年だろう。
それなら、ゼロは何故三百年も封印されていたんですか。」
「それはね、ある組織が意図的に術者の寿命を延ばしているからだよ。」
「その組織って、まさか……。」
「そう、アカデミーだ。
彼らはユニベルの平和のために研究していると豪語するが、俺にはそう思えない。
ただ……彼らがいなきゃ、ユニベルは三百年も平和な時を過ごすことは出来なかった。」
知るんじゃなかった。
旅に出ず、アレス島で普通に生活していれば、ただ平和に過ごすことが出来ていただろう。
このユニベルの理とは、何とおぞましいものか。
シアードもセレスも、印の魔法を知っていたロイドでさえも、そう思わずにはいられなかった。




