91.プレゼント
思わぬところで、育ての親の過去と産みの親についての話を聞くことが出来た。
ハープが何か言いたそうにこちらを見ているが、レンジは口角をかすかに上げて首を横に振った。
「大丈夫だって、ばあちゃん。
きっとみんな生きてる、元気にやってるよ!」
「そうかい。
まったく……十五年も手紙の一つ寄越さないなんて、親不孝な娘だよ。」
老婆は心の奥底で、娘は死んでしまったのだと考えていた。
だが、不思議だ。
この少年の言葉には、妙な説得力がある。
娘はまだ生きているのではないかと、そう思わせてくる。
「じゃあな、ばあちゃん。
俺、あの本大好きだよ。」
レンジは、今度は自然にハープの手を握り、扉の方へと向かった。
「お待ち、少年。
あんた、名前は何ていうんだい。」
「……レンジ!」
その後、老婆の声を聞くことはないまま、二人はその場を後にした。
「レンジ。
ねぇ、レンジ!」
老婆の家からしばらく歩いて幾分か距離が出来た時、レンジはやっと足を止めた。
「言わなくて良かったの?」
不安そうにそう話すハープに対して、レンジはくるりと振り向いた。
「今日はさ、旅とか精霊だとかそういうの忘れて楽しむんだろ?
少し驚いたけど、俺は大丈夫だよ、気にすんな。
それより、行こうぜ!」
「行こうって、何処に?」
「何処へでも!
……ほら。」
レンジはいつもと変わらない笑顔でそう言うと、ハープに手を差し出した。
心配ではあるが、レンジが大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
その言葉を信じて、ハープは差し延べられた手をぎゅっと繋ぐ。
先程繋いだ時には、緊張のあまり全く気付かなかった。
少し汗ばんでいる彼の手のひらは、自分の手よりも一回りも大きかった。
ハープはまた一つ、彼について知ることが出来た。
その事が、彼女の心を密かに踊らせた。
思い起こせば、彼はいつも、自分を守ろうと躍起になってくれている。
今なら聞ける気がする。
ずっと聞きたかった、知りたかったことを───。
「ねぇ、レンジ。
どうしてあなたは、いつも私を守ろうとしてくれるの?」
「それ……聞く?」
レンジはハープの質問に対して、手の甲を口元に当てて表情を隠した。
「ほんとに……分かんねぇのか?」
ハープはその言葉に、真顔で頷く。
彼女の澄み切った美しい瞳に見つめられると、何でも話したくなる、言いたくなる。
好きだ、と。
だが、少年は喉元まで出かかっていたその言葉を、ごくっと飲み込んだ。
今はまだ、言うべき時ではない。
自分はまだ、何も成し遂げられていない。
レンジは不自然に視線を逸らし、向きを変えて歩き出した。
「言わねぇよ、まだ。」
「まだ、って……。」
「無事にこの旅が終わったら、その時に言うよ。
それまで言わねぇ。」
「イジワル。」
「ははっ。
いいよ、イジワルで。」
笑うレンジに対して、ハープは頬を膨らませている。
すると、レンジは何かを思い出したように話し出す。
「あ、そうだ。
ハープ、目、閉じて。」
「え?」
「ほら、早く。」
ハープは言われるがまま、目を閉じた。
何も見えない、視覚以外の感覚が研ぎ澄まされる。
レンジが自分の手に触れた時、びくっと体が強張った。
何かを、手渡された……?
「いいよ、目を開けて。」
「これは?」
手の上には、水色の石がついたネックレスがあった。
「さっき露店で買ったんだ。
その、ほら、俺はハープからあの時ネックレスを貰っただろ?
ハープに似合うかなーって思ってさ。」
レンジは照れ臭そうに、にっ、と笑う。
しかし、自分はどんな顔をすればいいのかが分からなかった。
プレゼントなんて、今の今までもらったことがなかったから。
一方で、何の反応も返ってこないハープに、レンジは恐る恐る声を掛ける。
「あんまり……好みじゃなかったかな。」
「そんなことない!」
嬉しくて、嬉しくてたまらない。
ハープの胸に、今まで感じたことのない、淡く優しい気持ちが広がっていく。
ネックレスをぎゅっと握りしめ、喜びを噛みしめる。
「ありがとう……ありがとう、レンジ。
私、大切にする!」
安堵の笑みを浮かべるレンジにつられ、思わずハープの顔にも笑みが零れる。
「やっと笑ったな!」
「えっ?」
初めての気持ちに戸惑いつつも舞い上がっていたハープは、レンジの言葉がよく聞き取れないでいた。
「何でもない、行こう。」
レンジはハープの前を歩き出す。
ハープは慌ててネックレスを付け、少し遅れて歩き出す。
少年は黙ったまま、歩きながらそっと、左手を後ろに差し出す。
少女は何も言わずに、右手で彼の手を握る。
今日というこの日は、少女の心の中に深く、鮮明に刻まれるのだった。




