90.想いに蓋を
やがてオリバとカインとリラの三人は、考古学の研究員として図書館に勤めるようになる。
「あの資料、何処だっけ……。」
調べ物をしていたオリバは、資料が不足していることに気付き、人気のない地下の資料室へと向かう。
薄暗いその室内からは、若い男女の会話が聞こえてきた。
「リラ。
いつになったら返事をくれるんだ?
俺、ずっと小さいときからお前だけを見てきたんだ。」
リラは女性だけではなく、男性にもよく好かれる。
女の自分から見ても、白い肌と、絹糸のようにしなやかな水色の髪をもつリラの容姿は、ため息が出る程美しいものだった。
オリバは何気なく室内を覗いた。
だが、声の主が分かった途端、咄嗟に口元を両手で塞いだ。
声の主は、自分が小さなときから想い続けていたカインだったのだ。
「でも……私……。」
リラは知っていた。
自分と同じように、オリバもカインに想いを寄せていたことを。
友情を重んじるあまり、カインの告白を素直に喜べず、返事を随分と伸ばしていたのだ。
リラが俯いたままでいる時、カインが細身の彼女を抱きしめた。
「俺、絶対幸せにするから!
俺ン中では、リラ以外の女は考えられねぇんだ!」
盗み聞きをするつもりなど、毛頭なかった。
だが、カインがリラのことをそこまで想っていたなんて、知る由もなかった。
何故なら、彼は、自分とリラを全く同じように扱ってくれたからだ。
リラは自分との友情のせいで、幸せになれないでいる。
そのせいで、カインにもずっともどかしい思いをさせている。
ならば、自分は道化になろう。
本当に彼を愛し、彼女が大切だから───自分の恋など、自分の胸の奥に秘めておけばいい。
オリバは、すうっと一呼吸おいて二人の居る資料室へと入っていった。
「だと思った!」
「オリバ!?」
居るはずのない者の声にカインとリラは驚愕し、お互いの身を離した。
「リラ、カインはいい奴だよ。
それは私らがよーく知ってるじゃない。
カイン、それにしてもやるじゃないの。」
オリバはカインを茶化す様に、笑いながら肘で彼をつつく。
その傍らで、リラは今にも泣きそうな表情を浮かべている。
私だって、泣きたいよ。
でもね、あんたが泣いてちゃ、カインが悲しむじゃない───。
そんな想いを打ち消すかのように、オリバは明るく振舞う。
「リラ、迷う事なんかないよ。
私はふたりが幸せになってくれたら、それが何よりだよ。
でも、二人が一緒になっても、私とも変わらず仲良くしてよね、お二人さん!」
落ち着け、落ち着け。
ちゃんと、笑わなきゃ。
オリバはありったけの気力を振り絞り、笑顔でそう伝えると、資料を探すことなくその場を後にした。
それからしばらく経ったある雨の日、カインとリラがめでたく結ばれることを、彼らの口から知ることになる。
いずれかはそうなるだろうと、心に覚悟を決めていたが、いざ直接告げられると、今までの想いが込み上げる。
だが、ここで口にしてしまうと、せっかく幸せになる二人の関係をこじらせてしまう可能性がある。
オリバは今度こそ、カインを想う気持ちに蓋を閉めた。
二度と開かないように、と。
何故なら、リラのお腹にはカインの子供がいるからだ。
「オリバ、ありがとう。」
二人きりになった時、リラがオリバの隣でそう呟いた。
「何が?」
「あの時、あなたがいてくれなかったら、今の私はいなかった。
でも……本当は、あなたもカインの事を……。」
オリバは咄嗟に、リラの言葉を遮った。
「……リラ、それは言いっこなしだよ。
リラもカインも、私にとっては大切な幼なじみ。
それ以外の感情なんてないから、安心してよね!
あなたはね、幸せになる事と、お腹の子のことを考えていればいいのよ。」
「オリバ……。」
「リラ……私はね、たとえどんな事があっても、ずっとリラとカインと仲良くしていきたい。」
「私もよ、オリバ。」
「言うのが遅くなっちゃったけど、二人とも、本当におめでとう。」
そして、十月十日が経った頃、リラは玉の様に可愛らしい男の子を出産する。
カインとリラの間に誕生したその子を、オリバは自分の子供のように可愛がり、口調もすっかり女らしさのないものへと変わっていった。
父親から金色の髪を、母親からは深緑の瞳を受け継いだ息子は、レンジと名付けられ、大切に育てられた。
レンジが一つになろうとする時、ある情報がブックガーデンの学者を悩ませる。
それは、遠く離れたアレス島の火山が頻繁に噴火するようになり、作物が実らないために飢饉が起きているという事だ。
それ故、噴火の原因を突き止めてほしい、というものであった。
だが、そのような危険な場所には、もちろん誰も調査にすら行こうとしない。
そこに立ち上がったのがカインだった。
「誰も行かねぇなら、俺が行く!」
「ちょっと、カイン!?」
学者が話しているところに、カインは割って入った。
その声に、傍にいたオリバは思わず呼び止める。
だが、レンジを抱くリラは、表情一つ変えないでいる。
「今こうしている間にも、アレス島の人々は苦しんでいるんだぞ!?
困って困って困り果てた結果、俺たちに助けを求めてきたんだ。
放っておけるはずがないだろ!」
「……アレス島はもう駄目だ。
もうすぐ、溶岩に飲み込まれるだろう。」
「だからって見捨てんのかよ、ふざけるな!
何のために俺達学者がいるんだよ!?
原因さえ突き止めりゃ、何とかなるだろ!?」
正義感の強いカインには、アレス島の人々を見捨てるなどという選択肢はなかった。
リラは、それを理解していた。
カインなら必ずそう言うだろう、と。
「私も行くよ。
カインはともかく、レンジやリラに何かあったら嫌だからね!」
オリバは、そう言ってカイン一家についていくことを決意した。
そして三人は、噴火の原因を突き止めるべく、幼子を連れてアレス島へと渡っていった。
「……アレス島は確かに、今でも地図上では存在している。
その後、彼らがどうなったのかは、誰も知らないのさ。
カインも、リラも、オリバも、そしてあの幼子も……。」
老婆は、そのまま目を閉じ、物思いに耽っていた。




