88.デート
レンジは、隣にいるハープの表情を何度も横目でちらちらと見ていた。
ハープがその視線に気づき、視線が合うと、少年の顔は驚くほど真っ赤に染まる。
いつものように、笑った顔をちっとも向けてくれないレンジに対し、ハープは胸が締め付けられるような感情を覚える。
「ねぇ、レンジ。
どうして私の事避けてたの?」
「避けてなんかねぇよ。」
「ウソ。」
ハープが足を止めて、レンジの正面に位置を変える。
レンジは、彼女は本当にずるいと思った。
ハープの澄み切った瞳の前では、誰も彼もがウソをつけなくなるからだ。
「……かっこ悪いトコ、見せちまったからだよ。」
「いつ?」
全く覚えのない事に、ハープは思わず首を傾げた。
「風の谷での事さ。
オーガの子供がさらわれて、エイル族もオーガも困ってるときに、俺は自分が加護を授かる事ばかり考えていたんだ。
ロイドに負けたくないとも思ってた。
なのに、ロイドはちゃんと周りのこと考えてて……。
……そうだよな。
そんな事じゃ、精霊も、そりゃあ見向きもしないよな。
こんなかっこ悪いとこ、ハープにだけは見せたくなかったんだよ。」
先程まで狼狽していたレンジは、元気なく俯いてしまった。
一方でハープは、彼が自分を避けていた理由が判明したことで、心が晴れやかな気分になった。
「私は、レンジの事、かっこ悪いだなんて思った事は一度もないよ。
怒りたいときには怒るし、悩むときには悩むし、楽しいときには笑う。
真っ直ぐで正直な、そんなあなたがいつも凄いと思うし、羨ましいって思ってるの。
私も……自分の感情を正直に出せるような人になりたいな。」
「ハープ……。」
レンジは、ハープが真剣な表情の中に、何かを隠している事を感じ取った。
だが、敢えてそこには触れないようにした。
いや、彼女が触れさせないようにした、という方が正しいのかもしれない。
「今日は、旅とか精霊だとか、そういうのは忘れよう?
今日……ううん、今だけでいいから……。」
ハープはそう言うと、そっと、レンジの左手を握った。
今まで、こんなに幸せなことがあっただろうか。
いつになく大胆な彼女の手を、レンジも優しく握る。
まるで、トリノの繊細な硝子細工に触れるかのように。
反応が返ってくるとは思いもしなかったのだろう。
ハープは驚き、思わずレンジの手を離してしまう。
頬が桃色に染まる彼女の表情は、今までに見た事のない表情だった。
「───可愛い。」
レンジは、そう呟いた。
純粋に、そう思ったからだ。
だが、ハープはその言葉に対して、耳も頬も真っ赤になりながら顔を背けた。
「ご、ごめんなさい。
何て言えばいいのか……私、どんな顔をしたらいいのか……分からないの。」
頬に手を当てて、か細い声でそう話すハープが、レンジは愛おしくてたまらなかった。
結局、再び手を繋ぐことはなく、二人は街の店が立ち並ぶ場所まで歩いた。
この街にある店の半分は本屋であるが、食べ物を売る店も数多く存在する。
レンジはこじんまりした露店の店の隣で、風の精霊の好物であるメロンで作られたシャーベットを二人分購入する。
実をいうとレンジは辛味が好きで、シャーベットのような甘い物を好まない。
だが、甘い物が好きなハープに付き合うために二人分、購入したのだ。
「これ、すっごく美味しい!」
ハープがあまりにも美味しそうに食べるので、自分も一口、口に含んだ。
メロンの慣れない風味と甘みが口いっぱいに広がる。
好んで食べない甘い物が、愛しくてたまらないハープが隣にいること、
「ほんとだ、美味いな!」
それだけで、彼にとって最高の味へと変化する。
「あっ。」
レンジは、ある本屋の店頭へと駆けて行った。
「どうしたの?」
「これ!」
興奮気味のレンジが指す方向に、ハープは目をやった。
そこには、本がずらりと並んでいる。
「『好きな女は、こう落とせ!モテない男の必勝バイブル』って。
レンジ、こういうのが読みたいの?」
ハープの言葉に、レンジは思わず本が並ぶ棚を見た。
そこには、まるでガラットのように筋肉質な男が表紙の雑誌があった。
レンジは、ぶんぶんと頭を横に振って思いっきり否定した。
少々、読みたいと思ったが。
「違ーう!!
そんなのじゃねぇ、その隣の棚だよ!」
そこには、あの世界で有名な物語、『300年の平和』の絵本が並んでいた。




