87.歴史と考古学の街ブックガーデン
レンジ達一行は、瞬間移動魔法によって今は風の谷にいた。
風の谷から吹き出る風は、以前のような緊張感は漂っていない。
柔らかく、時には力強い風がグリーン・ヴァレに吹かれていた。
「良かった、みんな何とか元気そうだ。」
ロイドは吹かれている風から、エイル族やオーガの様子を思い浮かべる。
そして風の谷から北の方向へ進むと、大きな街が見えてきた。
歩いている間、ハープはずっと考え事をしていた。
リジェの集落で、謎の女性に言われた言葉が延々と頭の中を巡っている。
このままレンジとぎくしゃくした関係でいるのは、彼女にとって非常に耐え難いものだった。
何度思い返しても、原因が思い当たらない。
喉に詰まったものをぐっと飲み込めないでいる状況が、何日も続いていた。
ほんの少しでいい。
ほんの少しの勇気さえあれば、それは奥手な彼女でも実行できる……はずである。
ブックガーデンという大きな街は、全体的に落ち着いた雰囲気であった。
濃い茶色の屋根の家が規則正しく立ち並び、街中の道には石畳が敷かれている。
そして街の至る所に大きな木が植えられており、そのふもとでは読書を楽しむ人々が多く見られた。
さすが「歴史と考古学の街」と呼ばれるだけのことあってか、街の中央に大きな図書館が存在する。
それだけではなく、店の半分ほどが本屋であった。
「すげ……。
俺、この街苦手かも……。」
屋外なのに、レンジの声は自然と小声だ。
「それよりもさ、シアード、ここで何を調べるつもりなんだ?」
「ちょっとな。」
「調べものと言えば、やっぱり図書館よね。
行きましょうよ。」
セレスがそう言うと、ハープ以外の四人の足が動いた。
最後尾のハープは、咄嗟にレンジの服の裾を掴んだ。
「ハ、ハープ?」
レンジは、らしくないハープの行動に戸惑いを隠せない。
彼女は、勇気を振り絞ったのだ。
「レンジ……あのね、私、行きたいところがあるの。
ついてきてほしいな。」
「えっ、あ、その、俺?」
レンジのひっくり返ったような声に対して、ハープは顔を上げないまま、こくんと頷いた。
「ごめん、みんな。
ちょっと行ってくるね。」
ハープはレンジの服を少しだけ、ほんの少しだけ掴んだまま、その場を離れていった。
「待てよ、ハープ。
僕も───。」
身を乗り出したロイドの肩を、セレスとシアードの手が、がしっと掴む。
「ちょっとー、行かせないわよ。
ハープが自分から誘ったんだから、諦めなさい。」
「そうだ、野暮な真似はするな。」
こうしてロイドは半ば強引に、セレスとシアードと共に図書館へ、レンジとハープは街中へと別行動をとった。
「ハープ、どうしたんだよ。
行きたいところって……ここに来たことあるのか?」
「ないよ。」
「じゃあ、どうして……。」
ハープは足を止めて、レンジの方向へと振り返った。
そして彼女は、謎の女性に教えてもらった特効薬となる言葉を言い放つ。
「デート、したいの。」
「でっ……!?」
言った。
とうとう言ってしまった。
ハープは、身体中に熱を帯びてくるのを覚えた。
じんわりと身体の芯から昇ってくるそれは、少女の頬を今までにないくらい真っ赤に染めた。
これじゃあ特効薬どころか、自分が先に熱を出して倒れてしまうのではないかと、味わったことのない感情に不安も伴う。
「そ、そっか、じゃあ、俺で良ければ。
とりあえず、何処かに行こう。」
照れながらそう話す少年の顔を見て、ハープはアレス島の森で初めて出会ったあの日を思い出した。
そんなに月日は流れていないはずなのに、とても懐かしく感じる。
「レンジ。」
「ん?」
「背、ちょっと伸びたよね。
いつも隣にいてくれてるから、すぐ分かるよ。」
レンジは頬を染め、ぽりぽりと照れ臭そうに頭を掻く。
その姿は出会った時のままだと、ハープはくすくすと笑うのだった。




