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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
グリーン・ヴァレ 歴史と考古学の街ブックガーデン
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86/207

86.家族のままで

「坊ちゃま!

 もう行かれるのですね。」


「あぁ、長い事世話になったな。

 じいやも、体に気を付けてな。」


 バートの隣で、ルナ姫が目を輝かせながらシアードを見つめている。

 そして、彼と目が合うと、ルナ姫は頬を淡い桃色に染めて恥ずかしがりながら喋る。


「シアード様、その……覚えておいででしょうか。

 カリナーンとリューベルクの、婚姻の約束を……。」


 シアードは寝たふりをしながら会話を全て聞いていた。

 覚えているも何も、自分自身はそのような約束をした覚えなどない。

 父アケルが交わしていたとしても、聞いたこともない約束事に自分の人生を振り回されるなど真っ平だった。


「俺も、あなたと同じ気持ちです。」


「シアード!?」


 シアードの言葉に、セレスは思わず声を上げた。

 彼はセレスを見ることなく、ただルナ姫の目を真剣な眼差しで見つめている。

 ルナ姫は、両手を組んで嬉しそうな表情を浮かべていた。


「俺も、自分の結婚する相手は自分で決めたいと思っています。

 国同士だか親同士だか、誰が決めたも分からない約束などに振り回されたくはありません。」


「ですが……ですが、私は本当にシアード様を───。」


「その先は言わないでください。

 俺などには勿体無いお言葉でしょうから。

 その先の言葉は、将来、あなたの夫となる方のために取っておいて下さい。

 では、失礼します。」


 シアードは深々とお辞儀をし、その場を去る。

 その背中を、四人は追いかけていった。

 最後に動いたセレスは、茫然としているルナ姫に同情していた。

 シアードが間接的な言葉であれ、きちんと断ってくれたはずなのに。

 本当なら、ほっとするはずなのに。

 言葉では言い表せない程、いたたまれない気持ちになった。


 私も、想いを伝えたらあんな風に断られるのかな。

 それなら、私はまだ、このままでいい。

 もう少しだけ、家族のままで───。


「……レス、セレス。

 おい、セレス!」


 レンジが自分を呼ぶ声が徐々に大きくなり、はっ、と呼ばれたことに気付く。


「何ぼーっとしてんだよ。

 どっか悪いのか?」


「う、ううん、何でもない。

 大丈夫よ。」


「今からラクベールに向かうぞ。

 またゼロと戦ったことを大長老に知らせて、火の精霊の居場所も教えてもらうんだ。」


 カリナーンの国を出た五人は、一度ラクベールへと向かった。


 ハープの瞬間移動魔法テレポートで、ラクベールには一瞬で着く。

 街に漂う魔力に、レンジ達は相変わらず慣れないでいるが、ハープとロイドにとっては慣れ親しんできたもので、肌がそれを感知すると、自然と心が落ち着いていく。

 大長老のいる巨大な神殿の中に向かうと、入り口にはすでに大長老の姿があった。

 長い髭を撫でながら、ロイドを見上げて微笑んだ。


「ほっほっほ、無事に合流出来て何よりじゃわい。」


「大長老様、お見通し……ですよね。」


 大長老は、ロイドの言葉にくるりと背を向けて神殿の奥へと進んでいく。


「まぁ、固い事言うでない。

 ロイドもハープらも、今までよくぞ頑張ったな。

 残すは火の精霊じゃ。」


「なぁ、じーさん。

 火の精霊はどこにいるんだよ。

 俺達、それが知りたくてここに来たんだぜ?」


「ほっほっほ、そう焦るでない。

 その前に、お主らはブックガーデンに行くのじゃろう?

 ワシが今この場で言わずとも、そこで自ずと知ることになるじゃろう。

 そう……何もかもな。」


 神殿の一番奥に着くと、水晶玉が置かれているテーブルの前に、大長老はゆっくりと腰を下ろす。

 ふう、と一息ついたところに、今度はハープが報告をする。


「大長老様、ゼロはまだ眠っていました。

 ただ、力は以前にも増して、強力なものになっています。」


「ふむ……。

 じゃが、火の精霊の力は……いや、ワシは何も言うまい。」


「何だよっ、もったいつけてねぇで、教えてくれよじーさん!

 見えてんだろ?」


「じゃからこそ、じゃよ。

 お主の目で直接確かめるべきじゃな。

 火の精霊は、お主がよく知る場所におるわい。」


「だからさ~、それじゃ分かんねぇよっ!」


 レンジは、大長老の肩を加減しながらもゆさゆさと揺さぶる。

 それを慌ててロイドが引き止める。

 大長老は動じることなく、髭を撫でながら目を閉じた。


(……シアードとやら。

 何を調べる気か知らぬが、余計な詮索をするでないぞ。)


 大長老は念を飛ばし、シアードの心の中に直接語り掛けてきた。


(……分かりました。)


(ワシは、お主の意思を止めることなど出来んからのう。

 忠告することしかできぬ。)


(あなたが心配するようなことはしない、ただ、知りたいだけです。)


(ならいいがの……。

 くれぐれも余計なことを口にするでないぞ。)


「なぁ、ロイド。

 エレナおばさんに会わないのか?」


 神殿の外に出ようと歩いている最中、レンジはロイドに話しかける。

 だが、彼はその問いに対して首を横に振った。


「あぁ、いいんだ。

 会えば別れが寂しくなるだけだ。」


「ふうん、そういうモンかね。」


 そして五人はブックガーデンを目指すため、一番近いであろう風の谷へと移動した。

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