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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
グリーン・ヴァレ 歴史と考古学の街ブックガーデン
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84/207

84.来客

 レンジ達一行は、カリナーンの城内にいた。

 以前とはうって変わって、城は国民にも開かれた場所となったため、とても温かい雰囲気に包まれている。

 つい先日まで、この城に大砲が設置されていた事がまるでウソであるかのように感じるほどだ。


「すげぇなぁ……。」


 王の間に続く階段には、長蛇の列が並んでいる。

 カリナーンでの商売を許可してもらうためなのか、リアンや他国の商人が多数見られる。

 レンジは、シェネルに一言声を掛けてからシアードの元へ行こうと思っていたが、それどころではなかった。


 シアードが養生する部屋に続く廊下を歩いていると、三人の侍女とすれ違う。


「素敵な人だったわね。」


「はぁ……お似合いだわ。」


「あの方になら、シアード王子を取られても仕方ないわ。」


 おしゃべりな侍女たちの会話は、否応なしにレンジ達の耳に入ってくる。


「何だ?

 誰か来てるのか?」


 会話の内容から、レンジはシアードの元へ誰かが来ていることを察知した。

 その会話に顔を曇らせたのは、セレスだった。


「どうした?

 顔色が悪いぞ。」


「ううん、何でもないの。

 ……だいじょうぶ。」


 心配してくれるロイドをよそに、セレスは自分に言い聞かせるように言った。


「シアード!

 迎えに来たぞ!!」


 心がせく気持ちを抑えられないでいたレンジは、少しばかり勢いよく扉を開けてしまった。

 その音に、バートが口元に人差し指を立てて、こちらを見ている。


「いっけね……。」


「レンジ殿。

 それに皆様も、お久しぶりでございますな。」


「シアードは?」


「今、坊ちゃまは眠っておりますじゃ。

 そうそう、来客がお見えでしてな。

 ご静かに願いますぞ。」


 バートの言葉に、静々とシアードの方へと向かう。

 美しい高貴な模様のパーテーションの向こうには、眠るシアードの傍に見覚えのある女性が品良く座っていた。


「レンジ様、セレス様、お久しゅうございますわ。」


 椅子からしゃなり、と立ち上がり、こちらに向かってくる女性は、あのリューベルクの姫君であった。


「ルナ姫、久しぶりね。」


 再会を喜ぶ彼女に対して、セレスはどうしても作り笑いを浮かべてしまう。

 そんなセレスの様子もつゆ知らず、ルナ姫は頬を桃色に染めながら視線をシアードに向けて、うっとりしながら話し始めた。


「バート様から話は伺いましたわ。

 シアード様が、行方不明になられた第一王子だったなんて……。

 これも何かのご縁ですわ。

 私、嬉しくてたまりませんの。

 あの時から、シアード様のことを考えない日は、なかったのですから……。

 あら、いやだわ、私ったら。

 恥ずかしいですわ!」


 自分の手のひらを両頬に当て、照れながら話すその姿は、まさに恋をする乙女そのものであった。

 何も知らないハープとロイドは、恋するルナ姫の姿を平常心で眺めることが出来るが、セレスは気が気でなかった。


「えっ、じゃあ、シアードはルナ姫と結婚すんのか?」


 空気の読めない少年が、素直に思ったことをぶつけた。

 「結婚」という言葉に、ルナ姫の頬がさらに熱を帯びていく。


「いやですわっ、レンジ様!

 結婚だなんてそんなっ、恥ずかしいです。

 けれど、幼いころに国同士で約束を交わしましたのよ。

 ねえ、バート様?」


 バートは、ルナ姫の言葉に困惑した。

 何故なら、この年老いた彼は豊かな人生経験から、セレスの気持ちにいち早く気付いていたからだ。

 確かに約束は交わした。

 リューベルクの姫君ということで、彼女はれっきとした王族でもある。

 だが───。

 目の前で、握り拳をつくって肩を震わせるセレスの気持ちを考えると、どうしても先の言葉が出てこない。

 それを知ってか、セレスが震え声で言葉を絞り出した。


「ルナ姫は……シアードのことが、本気で好きなの……?」


「えぇ、誰よりもお慕いしておりますのよ。

 あぁ、もう、皆様、私に恥ずかしい事ばかり言わせないで下さいまし。」


「私だって……。」


 セレスは思わず漏れた言葉に、はっ、と口を閉じた。

 

 私だって、誰にも負けないくらいシアードが好き。


 そう言いたかった。

 一緒にいた十年の中でも一度も口にしたことのない、自分にとっては大切で、危険な言葉だ。

 想いを伝えずに家族のままでいれば、ずっと傍にいられる。

 だが、ひとたびその想いを伝えてしまうと、関係にひずみが入るのは分かっていた。

 だからこそ、セレスは今までずっと口にしなかった、いや、出来なかったのだ。

 しかし、シアードとルナ姫の約束は、国同士の「王族」の約束事である。

 シアードはかつて、王族の事情には首を突っ込まないほうがいい、と自分に言った。

 もし、この約束も王族の事情に該当するとしたら、自分の出る幕など無い。

 そう考えると、いたたまれない気持ちになった。


「ごめん、私ちょっと外の空気吸ってくる!」


 セレスは誰の顔を見るわけでもなく、俯いたまま部屋を出て行った。


「おいっ、セレス!」


 誰よりもシアードとの再会を楽しみにしていた事を知っているレンジは、セレスを追いかけようとした。

 だが、自分が動くよりも先に、ハープが彼女の後を追いかけていった。

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