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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
グリーン・ヴァレ 歴史と考古学の街ブックガーデン
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83/207

83.ガラット

「シアード王子、花をお持ちしました。」


「……ありがとう。」


 何度目だろう。

 この部屋で、花瓶の花が入れ替わるのは。

 しおれたり枯れたりするのはおろか、花びら一枚落ちるところすら見ていない。

 城の侍女らがシアードを目当てに、一日に何度も、何十人も訪れるのだ。

 父譲りの端正な顔立ちをいつまでも眺めていたいと、彼を知るほとんどの女性はそう思うだろう。


「シアード王子、窓を開けて空気を入れ替えましょう。」


「シアード王子、本をお持ちしました。」


 シアードは侍女らに対して、いい加減うんざりしていた。

 だが、世話をしてもらっている身であるために、強く出ることが出来ない。

 彼は過保護な侍女らに囲まれて、気が休まらないでいた。


「私はお着替えを……。」


「おっと、ごめんよ!」


 女性達の声の中に、豪快な男の声が混じる。

 そして、ずかずかと侍女らを身体で蹴散らしながらシアードの元へとやって来た。


「ガラット。」


「王子、気分転換しましょうや。

 それに見てもらいたいものがあるんです。」


「まぁ、ガラット様!

 シアード王子は安静にしていなければならないのですよ?

 もしものことがおありになったら、一体どうするのですか!」


「あーあーうるせぇな。

 男はなぁ、こんなとこに籠ってる方が休まらねぇモンよ。

 王子、さっ、行きましょう!」


 明日で一週間を迎える。

 レンジ達が迎えに来るはずの日だ。

 シアードはそろそろ外に出たくてたまらなかった。

 それ故、ガラットに誘われて非常に嬉しかったのだ。


 二人は、中庭の外れにいた。

 そこには、代々にまつわる王家の墓が存在する。

 父であるアケルを挟むように、母リーネと、マリーの墓がつくられているのが見える。

 そして、そこから少し離れたところに、カリナーンの戦いで命を落とした白馬の墓も存在した。


「王子っ。

 そのような姿を見たら、ご両親が悲しみますよ!」


 シアードは我慢できなかったのか、およそ六日ぶりの煙草を味わっていた。

 ガラットの言葉に、シアードは子供のような笑みを浮かべる。


「じいやみたいな事を言うんだな。

 それに、俺に煙草を教えたのは誰だよ。」


 ガラットはシアードの反論に、ぐっと言葉を飲んだ。

 煙草の味を覚えさせてしまったのは、紛れもなく自分だからだ。


「……さ、父上の墓前に行きますよ。」


 ガラットが話を逸らすかの様に、先代国王の墓へと向かう。

 シアードは、煙草の火を消して後ろをついていった。

 そして、墓前の前で二人は目を閉じ、手を合わせる。

 少しの沈黙の後、片膝をついて祈っていたガラットが言葉を紡いだ。


「……シアード王子。

 マリー王妃を……どうか許してやってくれませんか。

 あの方は、寂しかっただけなんです。

 俺が王妃の分まで、罪を償います。

 だから……。」


「許すも何も、俺は特に恨んではいない。

 それにもう、全て過ぎた事だ。

 ただ……。」


「……ただ?」


「彼女が結婚したのが、父上ではなくガラットなら、きっと幸せだったろうな。」


 シアードは知っていたのだ。

 ガラットが心の奥底で、マリーに惚れていたことを。


「それより、すまなかったな。

 城を出たあの日、ガラットの剣を持っていってしまって。

 今だから言えるけど、俺、あの剣がずっと欲しかったんだ。

 だが、毒屍人ポイズングールとの戦いで剣は折れてしまって、もう返すに返せないんだ、すまない。」


 頭を下げるシアードに、ガラットは慌てて顔を上げるよう促す。

 彼さえ無事に生きていれば、剣などはどうなってもよかったのだ。


「王子が俺の剣を持っていってから、俺は武器を握ることをやめ、素手で戦うことにしたんです。

 なぁに、ほんのささやかな抵抗ですよ。

 王妃が武力を強化しようとしていたことに対してのね。

 それより王子、久しぶりに手合わせを願えませんか?

 本物の剣だと俺が侍女にやられちまうんで、ちょっと木刀を取ってきます。」


「あぁ、ここで待ってる。」


 ガラットは木刀を取りに、訓練場へと走って行った。

 その場に一人残されたシアードは、マリーの墓周りの雑草が、他の墓に比べてあまり手入れされていないことに気付く。

 庭師が意図的に手を抜いているのだろう。

 そのくだらないこだわりに思わず舌打ちし、自らの手で雑草を始末した。

 そしてリジェの集落の時と同じように、人知れず祈った。

 マリーの魂が、安らかに大地へ還っていくように、と。


「王子、持ってきましたよ!」


 シアードは立ち上がり、ガラットから木刀を受け取る。


「木刀とはいえ、剣を握るのは十年ぶりです。

 思えば、剣も俺が教えたんですよね、いやー懐かしい。

 では、行きますよ!」


 ガラットは、剣をこちらに向けて構えを取る。

 その構えに一瞬懐かしさが込み上げてくるが、今、何より感じているのは、握られた木刀から伝わる違和感だ。

 たった六日、剣を握らないだけでこうも違うのか、と考えたが、そうではない。

 大地の精霊から授かった、聖剣グラディウスがあまりにも合いすぎるのだ。


「くっ!」


 シアードは、次々と上から振りかざしてくるガラットの剣技を受け止めるばかりで、一度も攻撃を仕掛けていない。

 身体が鈍っているのもあるが、それが原因ではない。

 未だ衰えぬガラットの剣技が、彼にそうさせているのだ。

 大柄な体格から繰り出されているとは思えない速さの剣技は、さすが、の一言しかない。


「もらったっ!!」


 ガラットは剣を弾こうと、下から仕掛ける。

 だがシアードは一瞬の隙をつき、上から強く剣を刀背打みねうちした。

 木と木のぶつかる、今までで一番大きな音がひとつその場に響いたかと思うと、ガラットの木刀が折れてしまっていた。

 木刀を折られては勝負にならない。


「……王子、お見事です。」


 ガラットは、感心せずにはいられなかった。

 自分の背丈の半分ほどであった少年が、こうも強くなって戻ってくるとは、と嬉しさも込み上げてきた。

 その嬉しさに浸っていると、シアードの身体がふらつき始めた。


「おっと!

 ……無茶しないで下さいよ。」


 よほど気疲れしていたのだろう。

 シアードはすぐさま静かに寝息を立てた。


 この後、ガラットが侍女ら全員に、耳を塞ぎたくなるほど責められたのは言うまでもない。

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