82.特効薬
こうして、ロイドは風の精霊の加護を授かることが出来た。
となると、残すは火の精霊のみとなる。
ここまで来れば、火の精霊の加護を授かるのは、レンジであってほしい。
だが、当の本人は悩んでいた。
自分が、精霊に認めてもらうほどの「強さ」を持っているのかどうか。
誰にも負けないほどの強い思いが、自分にはあるのだろうか、と。
それが未だに見つからないままでいた。
加護を授かった三人はどんどん強くなり、ハープも以前にも増して魔力が上がり、魔法も上達している。
確かにレンジも力が付き、格段に強くなっているのだが、置いてけぼりにされている気分はどうしても拭えないままでいた。
「はぁ……はぁ……。」
皆が寝静まった夜、リジェの集落の宿の裏でレンジは一人、特訓に励んでいた。
明日でちょうど一週間が経つ。
シアードを迎えに行く日だ。
カリナーンではなく、リジェの集落に泊まると言い出したのはセレスであった。
彼女の事だ。
きっとカリナーンに行くとなると、待ちきれないで城に向かうからだろう。
それならば、と、少々離れた場所であるリジェの集落は、まさにうってつけだった。
セレスの気持ちは痛いほど分かる。
自分も、かたちは違えどシアードを心から慕っているからだ。
彼がいない旅は不安で不安で仕方なかったが、少しだけ自立できた気がする。
そうなれば、自分はもっと強くならなければならない。
戦いにおいてはもちろんのことだが、精神的にも強くなりたいと、少年なりにいつも考えていた。
「どうしたの?」
鈴が転がるような声が、その場に響く。
息を切らし頭を下げていたレンジは、ぱっと声のする方へと振り向いた。
「ハープ……!」
「眠れないの?」
レンジは、思わず顔を背けてしまう。
風の谷で、ゲイルに自分が焦っていたことを見透かされた時からだ。
自分のことばかり考えていた己が情けなくてたまらなかった。
それ故に、ハープに合わせる顔がどうしても思い浮かばない。
「どうして……。」
「え?」
「どうしてレンジは、そんなに精霊の加護を受けたいと思うの?」
「そんなの、決まってるだろ!」
ハープを守りたいからだよ!
と、声を大にして言いたかった。
だが、今の自分にそれを言う資格などない。
レンジは、ぶんぶんと首を大きく横に振り、偽りの言葉を紡ぐ。
「あのさ……皆、どんどん強くなってるだろ?
だ、だから、俺も強くなりたくてよ。」
「……そうなんだ。」
ハープは少し寂しい気持ちになった。
レンジが嘘をついていることを見抜いてしまったからだ。
だが、彼もまた、自分の言葉でハープが落ち込んでしまったのを見抜いていた。
かける言葉が見つからないまま、訳のわからない言葉が一人歩きしてしまう。
「あの、その……早く……ユニベルが平和になるといいな!
それじゃあ、お、おやすみ。」
ハープは悲しそうにレンジを見つめる。
そして、そそくさと宿に戻るレンジに向かって言った。
「レンジ!
私……信じてるから!
レンジはきっと、火の精霊の加護を……。」
「そうだといいけどな。
じ、じゃあ……。」
どうして自分達は、こんなにギクシャクしてしまったのだろう。
ハープは、長く重いため息をついた。
何者かの気配を感じ、ふと顔を上げると、目の前に見覚えのある者の姿があった。
「あ、あなたは……。」
その者は、以前カリナーンでシアードの毒を治した女性であった。
相変わらずフードを深く被っていたが、顔のベールが取られていた。
そのためか、今度は目のところが見えないでいた。
「彼との関係を治す特効薬が、ひとつだけあるわ。」
女性の言葉に、ハープは食いついた。
「どんなものですか!?」
「それはね……。」
女性はこそっと、ハープに耳打ちした。
すると、ハープの頬が見る見るうちに真っ赤に染まる。
その様子を見て、女性はくすくすと笑いながら去って行った。
効くわよ、と一言添えて。
ハープは、女性の顔が一瞬だけ、誰かに似ているような気がしてならなかった。
目から下の顔半分だけということもあり、暗くてよく見えなかったが、確かに見覚えのある顔だった。
そして、ハープは悶々としながら朝を迎えた。




