81.風の精霊
「ちょっとぉ、いつまで泣いてんのよっ。」
透き通るような幼いその声に、ロイドは顔を上げた。
すると、そこには淡い黄緑色のオーラを放つ、少女の姿があった。
「ヴォルスってさぁ~……他にもうちょっとマシな名前はなかったの?」
腕を組んで宙に浮いているその少女は、エイル族と同じ翼が生えていた。
「あなたが一人で寂しそうだったから、今まで力を貸してあげたのよ。
それよりも、あたしがあそこで止めなかったら、あなた死んでたんだからね!」
少女は、未だ涙を拭わずぼーっと見つめてくるロイドに、びしっと指を指した。
その後すぐに、少女らしい弾けるような笑みを浮かべ、茫然としている彼に告げた。
「うふふふ、見せてもらったわよ。
あなたの、種族を超えて相手を思う心の強さをね。
人間の言葉だと、思いやりっていうのかな?
決ーめた、あたし、これからもあなたに風の力を貸してあげる!
あたしは、風の精霊エアロラよ。
よろしくね、っていうのも変ね。
だってずっと一緒にいたんだもの!」
早口で喋る少女が細い手を天にかざすと、ロイドに一粒の光が舞い降りる。
光が頭上で弾けると、先程まで泣いて熱をもっていた身体に、感じたことのないほどの清涼感が走る。
その後、ロイドは自分の身体が再び、徐々に熱くなるのを感じた。
「これが……風の力。」
ロイドは、少女が本当に風の精霊なのかどうか半信半疑でいたが、自分の身体が変化するのを感じ、それは確信へと変わった。
「それじゃあ、あなたは本当に風の精霊……。」
「何よう、今更。
それよりも、あたしの得意技も伝授するわ!
天絶防御というとっても便利な技よ。
風の力が衝撃を分散することで、少しの間だけ相手の攻撃を半減することができるの。
ただし、そう何度も使えないから気を付けてね。
まっ、それもあなたの魔力次第なんだけどね!」
風の聖霊は早口で説明し、そして軽くウインクをしてみせた。
「それと、これもあげる。
風と龍の力が込められてるだけあって、軽くて強力な武器よ!」
何やら忙しい奴だな、とロイドは思っていた。
すると、風の聖霊はぶーっと頬を膨らませた。
「何よう。
あたしだって、エイル族と同じように相手の心が読めるんだからねっ。」
ロイドは、しまった、という表情を浮かべ、ぱっと口元を隠した。
風の聖霊は目を閉じて、手を上にかざすと、二本の剣が現れた。
剣というよりも、不透明なアイボリーの見た目であるそれは、まるで何かの牙のようにも見えた。
先程までの少女が、嘘のように神々しく見える。
綺麗だ、とロイドは素直にそう感じた。
「うふふふ、ありがと。
綺麗だなんて、照れるわ。」
「……もう……イヤだ……。」
完璧に、風の精霊のペースにはまってしまっているロイドは、みるみるうちに耳まで真っ赤になった。
「これはね、風龍の牙っていうの。
あたしの風の力が込められているだけあって、とっても軽いの!
あたしはこれ以上あなたと一緒には行けないけど、もう大丈夫よね。」
ロイドは、風の精霊の言葉にレンジとセレス、そしてハープに目をやった。
そこには、微笑みながら頷く三人の姿があった。
レンジは少しばかり悔しそうにも見えたが、良かったな、と彼の唇は確かにそう動いた。
「さてと、長い事留守にしてたからね。
しばらくは風の谷に戻って、ユニベルに風を運ばなきゃ。
あなたたちも、協力してよねっ!」
風の精霊は、生き残ったオーガとエイル族たちに向かってそう告げた。
エイル族は手を上にあげて賛同するが、オーガ達は何やら腑に落ちない様子でいる。
「どうしたの?」
「……オーガ、つばさ、持ってない。
風、おこせない。
それに、住むところ、なくなった。」
「なぁに?
そんなこと心配してるの?
意外と繊細なのね、あなた達。
あなた達には強い力がある、それでいいじゃない!
風の谷も、あなたたちの住む谷底も壊されちゃったけど、また作り直せばいいのよ。
そのためには、あなたたちオーガの力が必要なの。
どう、分かった?」
ものの見事に言いくるめられたオーガ達は、突然やる気になった。
「うがっ、うがっ、オーガ、岩、ほる。
ほって、家、つくる!」
「エイル族、オーガ、おろして!」
「はーい、了解!」
「僕たち狭いとこ苦手だから、大きく掘ってよね!」
オーガとエイル族は、次々に谷へと向かっていった。
その中で、ロイドが助けたオーガの子供は、未だ俯いたままでいる。
そこに、ゲイルとエイル族の子供が話しかける。
「オーガ、もう、親、いない。
オーガ……ひとりぼっち。」
「一人じゃないさ。
私達がいるじゃないか。
うちにおいで、一緒に暮らそう。」
「やったぁ!
家族が増えたね!
ねぇねぇ、オーガの子供達ってどうやって遊んでるの?
僕達にも教えてよ!」
エイル族の子供達は、オーガの子供を囲んで次々に話しかける。
最初は悲しみと困惑した表情を浮かべていたオーガの子供は、次第に笑顔へと変わる。
そして、ゲイルやエイル族と共に谷へと帰っていった。
こうして、オーガとエイル族は手を取り合い、「共存」というかたちをとった。
「さてさて、それじゃ、あたしはもう行くね。」
全員が谷へと向かったことを確認し、風の精霊はその場を去ろうとした。
だが、ロイドの言葉がそれを遮った。
「ひとつ、聞かせてくれ!
あのゴーレム……いや、ヴォルスには、意思があったのか?」
その言葉に、エアロラの動きが止まった。
だが、彼女は振り向かないままでいる。
「……どっちだったら良かったの?
あたし?
それとも、ゴーレム?」
「な、何だよそれ。」
風の精霊───少女はくるりと振り向き、そのままロイドに口づけた。
その衝撃的な出来事に、三人も、ロイド本人も固まった。
少女の唇が離れると、少女は頬を膨らまして、沈黙を破る。
「……分かってよ、ばか。」
一言そう言うと、少女は風の如く、その場から姿を消した。
未だ固まったままでいるロイドをレンジがつつくが、反応が返ってこない。
「ほらね、やっぱりヴォルスは女の子だったのよ。」
ゴーレムが女の子に見えた理由がようやく見つかったことで、セレスは妙にすっきりした。
「気持ちいい……。」
風の谷からは、春風のような柔らかい風が吹く。
風は生きている。
そう感じずにはいられない、レンジ達であった。




